表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憂いっ子メグと幽霊ネコたち  作者: 瀬賀 王詞
4/27

世直し幽霊ネコ


 メグは、週に一度、タケシたちを訪ねた。学校には毎日行くようになった。学校に行くといじめられるが、度を超したいじめではなかった。


「メグさん、学校は楽しいか?」


 ある日の夕方、タケシが訊いた。メグの制服は、背中がチョークで真っ白だった。


「楽しいよ。」とメグは答える。


「いじめられてるんだろ?」


「・・・ちょっとね。」


 メグはそう言って笑う。


「俺たちは、あっちこっち出入りしてるから、いろんな情報が入ってくる。俺たちにできることがあったら、言ってくれないか。」


「わたしは、大丈夫。我慢すればいいから。」


 タケシは、数匹のネコに、メグの背中をタオルで拭かせた。


「ありがとう、ネコさんたち。そうだ、ネコじゃないですね。人間ですね。」


「メグさん、気を遣わなくていいよ。いちいち名前を覚えていたら大変だ。」


「ここに来て、みなさんと日向ぼっこするだけで、癒されます。タケシさんは、わたしにしてほしいことはないですか?」


「いや、それは、ない。そうだ、たまに、ポテトチップスを恵んでくれると助かる。人間に化けてコンビニから盗んでくるが、気が重い。」


「いいよ、わたし、お小遣いもらってるから。」


「いつか、お金は返す。どういうわけか、俺は、人間の魂の比重が多く、煩悩が多い。」


「タケシさんたち、なにかしたいの?」


 タケシは、メグの膝に飛び乗った。メグが、自分の気持ちをわかってくれたことがうれしかった。


「メグさん、そのとおりだ。俺たちは人間には戻れないが、何匹か集まれば人間に化けることができる。この集団能力は、偶然、発見したんだ。俺は、この能力を生かして、なにかできないか、考えていた。もちろん、復讐なんかじゃない。俺が自殺したのは、俺自身の責任だ。俺は、いじめで死ぬような、弱い人間じゃなかった。」


 メグは、タケシの頭を撫でる。


「タケシさん。あなた、いじめられている子を助けたいの?」


「昨日・・・また、俺たちの仲間が増えた・・・。」


 メグは、小学校六年生が自殺したニュースを思い出して、また胸を痛めた。


「わたし、いつも、泣いてばかり。心が押しつぶされそうなときも、ただじっと、痛みが消えるのを待ってた。でも、それじゃダメだよね。わたしも、なにかしなくちゃ!」


「ずるいなあ、タケシさん!」


 突然ユウが窓から顔を出した。


「自分だけ、メグさんに抱っこしてもらって。」


 そう言うと、ユウもメグの膝の飛び乗る。


「こんにちは、ユウさん。」とおでこをなでなでする。


 すると、校内からネコたちが集まって、かわりばんこにメグの膝に飛び乗った。


「こら! 俺が乗ってたんだぞ! それに、メグさんの制服が汚れるだろ!」とタケシが怒る。


 メグが笑う。


 メグがおなかから笑うのは、初めてのことだった。


 

 その週の日曜日。メグが淀川中学校に行くと、三年六組の教室には、タケシとユウをはじめ、数匹のネコが集まっていた。


「簡単に言うと、世直しだ。」とタケシが言った。


「ほんとうだ、うまいよ、チップスター。僕、ポテトチップスしか食べてなかったからさ。メグちゃん、いつも差し入れありがとっ。」


「茶々をいれるなよ、アキラ。」とユウが窘める。


「でもさ、タケシさんの命令で、人間に化けてチップスター万引きしてたけど、やっぱり罪悪感ってあったからさ。メグさんのおかげで万引きしなくてすむから助かるよ。」


「命令してないぞ、俺。お願いしたんだよ。」


 タケシは、右頬のヒゲをひくひくさせた。


「何の話をしてるんだ?」


 体の大きいクロネコが教室に入ってきた。口周りから胸元へ白毛が滝のように生えている。細目はつり上がり、精悍な顔つきのネコだ。


「シゲル・・・。世直しをするんだよ、世直し。」とユウ。


「世直し? なんで、幽霊ネコの俺たちが?」


「シゲル、嫌そうだな。」


 タケシは、今度は左頬のヒゲをひくひくさせた。


「人間界に関わるのは、正直気が進まないね。だってそうだろう? 俺たちはあそこが嫌で自殺したんだぜ。」


「確かにそうだ!」とツトムが肯く。


「タケシさんが言うんだからさ、協力してくれたっていいじゃない。」


 ユウは丸く収めようとする。


「俺は嫌だね。人間に化けるのも今まで避けてきたし、人間なんて見たくもねえ。できれば、このままネコに生まれ変わりてえくらいだ。校門前の太田さんがくれるエサを食べて、前川さんちの庭でひなたぼっこして、橋さんの車の上で居眠りできりゃあ、俺はそれでいい。」


 シゲルはそう言うと、机から降りた。どこへ行こうかと首を振る。


「全員賛成、というわけにはいかないくらい、俺だってわかってる。これだけの幽霊ネコがいるんだ。歳も違うし、それぞれ、いろんな思いがあるだろう。でもな、シゲル。ひとつ考えてほしいんだ。俺たちは、なんのためにここにいる? 自殺したはいいが成仏できず、ネコの魂を借りて、辛うじて自己認識ができている。」


「ジコニンシキ? タケシさん、やっぱり頭いいんだな。使う言葉が違うぜ。」


「なめてんのか? シゲル。」とタケシが立ち上がる。


 それまで黙っていたメグが口を開いた。


「みんな、冷静に、話し合おうよ。」


「シゲル、ネコと同じように生活したって、なんの意味もない。俺たち幽霊ネコは、それなりに、役割があってここに存在しているんだ。俺たちにしかできない、なにかがある。俺は、それがなんなのか、ずっと考えてきた。そんなときに、メグさんが来た。メグさんは、いじめられてる。でも、じっと耐えてる。俺は、メグさんを助けたいって思った。そしたら、メグさんは、自分は大丈夫だから、他の人を助けてあげたいと言う。自分の場合は、人間として生きているときは、そんなこと、考える余裕はなかった。苦しかったからな・・・。でも、メグさんに会ってわかった。俺たちの役割は、俺たちのように苦しんでる子どもたちを救うことだって。」


 シゲルは尻尾をぴんと立てた。


「タケシさん、グッとくる演説だったけどよ、俺はメグさんとやらがここに来るのだって、歓迎してないのさ。」


「ごめんなさい、シゲルさん。」とメグは立ち上がって頭を下げる。


 シゲルは、戸口に歩き出す。


「タケシさん、やればいいさ。賛成するネコたちで。悪いけど、俺は抜けさせてもらうよ。ネコになってまで組織に縛られてたら、ここにいる意味がないじゃないか。俺たちは幽霊なんだろ? 幽霊にはなんの役割もないと俺は思うぜ。」


 シゲルはそう言うと、かけ足で去った。


 しばらくみんな黙る。それまで明るかった外が、雲がかかったせいか暗くなる。


「みんなどうしたの? チップスターでも食べれば?」


 アキラが脳天気に話しかけた。


「わたしが来たせいで、みんなの心が、ばらばらになってしまった。」とメグが涙を浮かべる。


 ツトムは、アキラの机に飛び乗り、チップスターのにおいを嗅ぎながら言った。


「メグさん、気にしない、気にしない。最初っから、心なんてひとつになってないし。っていうか、逆にメグさんが来てまとまりだしたよね、タケシさん。」


「そうだな。そう・・・有志だ。志のある者と、そうでない者がはっきりした。志のある者は、確かに、まとまってきた。」


 ユウは、シゲルの去った戸口を見て、ひとつため息をついた。


「でも、シゲルはほんとはいいやつだよ。よっぽど、つらい目にあったんだよ。」


「だからだ。」とタケシが言う。「つらい目にあったからこそ、なにかをしなくちゃいけないんだ。あいつは、逃げてるんだ!」


 ツトムはチップスターを一口食べてから何度も口を拭く。


「僕、メグさん好きだから、なんでもやるよ。」


「ありがとう、アキラさん。」


「俺だって、メグさんを大好きだから、協力するぜ。」


「あ、ありがとう、ツトムさん。」


「ツトム、大好きって、やけに強調するじゃないか。おーい、リョウマとリンタロウは、手伝ってくれるのか?」


 毛繕いに夢中だった二匹は、顔を上げてタケシを見つめたが、やがてこっくりと肯いた。


「あのふたり、無口なんだ。」とアキラがメグに説明する。


 タケシは大きな欠伸をした。


「いざとなったら、他のネコたちも協力してくれる。さてと、メグさん、最初になにをしようか?」


 メグは、窓から外を見る。視線の先には、メグが通う中学校がかすかに見えた。


 タケシたちも、メグの視線の先に目を向ける。


「決まってるじゃない、いじめっこをやっつけて、世直し!」とアキラ。


「わくわくしてきた! 俺たちも、いじめたやつらに復讐してる気分を味わえる!」


 ツトムはアキラとハイタッチをするが、肉球と肉球だから音がしない。


「だから、そうじゃないって。」


 そう言うと、ユウはメグを見上げた。


 メグは、なにを思ったか、急に振り返ると、タケシに向かって言った。


「タケシさん、わたし、ネコに化けたいな。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ