江戸川中学校への転入生
「九州は博多から来ました。堂下翔太です。よろしく頼むたい!」
メグのクラスに転入生がやってきた。顔はまあまあのイケメン。メグは、珍しく笑顔で座っていた。その顔を、北条莉子は怪訝な顔で見つめている。
「前の学校では、『どうした? 翔太!』ってよくからかわれましたが、べつにどうもしてません!」
クラスに笑い声が上がる。
「ふん、いなかもんが・・・。」と北条莉子はつぶやいた。
二年職員室では、学年主任が生徒の出席状況を確認していた。
「あれ? 転入生は三組に配置のはずだったぞ・・・。」
学年主任は、教室から帰ったきた二組担任の皆川先生に訊ねる。
「皆川先生、さっき転入生を教室に連れて行ってましたね。堂下翔太。あの生徒は三組ですよ。」
皆川先生は、出席簿を見ながら答えた。
「そんなはずはありませんよ。ほら、昨日の打合せのプリント、転入生は二組に配置って書いてありますし、出席簿にも名前がありますよ。主任がネーム印を押してくださったんじゃないんですか?」
「プリント?」と主任は自分の机に戻って確認する。「おかしいな、三組って打ったはずだが・・・。皆川先生、出席簿、見せて。」
職員室の屋上では、タケシとユウ、ツトムが様子を伺っていた。
「今から三組に変更しますか?」と皆川先生が言うと、主任は、
「もういいでしょ。クラスで紹介してしまったし。三組だと生徒数が均一になるから当てはめたまで。大した支障はありませんから、二組のままで。」とお茶を啜った。
職員室屋上の三人は顔を見合わせた。
「うまくいきましたね。」とユウ。
「当然だ。もしダメでも、二人目を送ればいいんだから。」とタケシが言うと、ツトムが口を開いた。
「その二人目だけど、あと三匹だってさ。」
中学生くらいの体格を作るには、ネコ六匹から七匹分は必要だった。堂下翔太は七匹が合体した。
「でもさ、福岡出身って、どっから出てきたの?」とユウ。
「わからん。頭部はシンジだから、たぶん、シンジが言ってるんだろ。思いつきで。」
「きちんと打合せしておけばよかったね。」
タケシは、先の会議でこう言った。
「もう一度、中学生になろうじゃないか。俺たちは、大人になれなかったから、大人に化けてもいい。とにかく、人間に変身できるというメリットを生かして、人間界に関わっていこうじゃないか。人間になれば、少なくとも悪い人間を凝らしめる権利を手に入れることができる。」
総勢百名近くの幽霊ネコ。合体して化けることのできる人間の数は、たかが知れている。気の合う仲間同士で合体し、人間になりすまし、人間をやり直す。いざとなれば、いつでもネコ元に戻れる。タケシの言葉は、ネコたちの人間魂を揺り動かした。
タケシにはさらに野望があった。それは、人間に乗り移ること。いい人間が増えれば、それだけで世直しになる。人間の魂を操作できれば、世直しの大望は安易に成就できる。ただ、それは神の領域だった。人間の尊厳に関わる問題でもあった。
「せめて、成り代わるぐらいのことができると楽なんだが・・・。」
ネコたちの合体は、人間に変身したときの顔を予想できない。合体するネコの構成が変われば顔も変わるし体型も変わる。実際に存在する人間に成り代わるなんて不可能に近い。
すでに試行錯誤が始まっていた。体育館では、シゲルがリーダーとなり、あれこれネコたちに叫んでいた。
「ちがうちがう! もっとスピードを上げるんだよ!」
どうやら、体がぶつかり合うときのスピードに問題があると考えているようだ。
体育館の壁には、ポスターが貼ってある。ジャニーズ事務所のタレントがにっこり笑っている。
「いいかあ、この顔をしっかり頭にたたき込むんだぞ!」
一匹が反論する。
「シゲルさん、ほんとにこんなやり方で、この顔に変身できるのかあ?」
シゲルは腕組みをして考え込んだ。
「昔、人間だった頃、モノマネ芸人のトーク番組を見たことあるんだ。そいつは言ってた。『まず、心からなりきること。』ってな。このポスターのイケメンを見ろ! 間違っても妬むんじゃねえ。これは俺だって、心から思い込むんだ。それが、まず基本だってことだよ。」
ネコたちは納得したように肯いた。
堂下翔太は、その日を問題なく過ごした。メグがサポートするまでもなく、親しみやすい人柄で男子生徒とすぐに仲よくなった。
五校時終了後、特別教室からの移動中に北条莉子がメグに話しかけた。
「あんた、今日、笑ってんじゃん。」
メグは、黙って莉子を見返した。メスネコ・メグのとき、莉子に抱き上げられたときの莉子にはほど遠く、莉子の目には憎しみの色が見えた。
「あのいなかもん、けっこう見てんじゃん。ひょっとして、好きなんじゃないの? おまえ・・・。」
莉子の背後で取り巻きが三人、笑い出す。
「うん・・・。好きだよ。」
メグはぽつりと言った。
「おい、マジかよ!」
莉子は、大笑いしながら叫んだ。
「こいつ、あのいなかもんが好きなんだってよ。」
取り巻き連中と顔を見合わせて、さらに高笑いをしている。
「嘘だろー。今日会ったばっかじゃん。」と取り巻きの一人が言った。
「莉子さん、あの・・・。」とメグは椅子から立ち上がる。
莉子の眉間に皺が寄る。
「莉子さん、だと? おまえ、気安いんだよ。許可なく俺の名前呼ぶな。許可なんか、絶対しないけどなっ!」
そう言うと、ポケットからグミを出して食べ出した。
「あの・・・。」
「なんだよ、なんか言いたいのか? じゃ言ってみろ。その変わり、聞き代千円払え。ほら、前金だよ!」
取り巻きのひとりがメグの鞄を探る。容易に見つからないので、他のふたりも机の中やら、メグのポケットに手を突っ込む。
「財布、どこへやったんだよ!」
「持ってません。」
「マジかよ。おまえ、ケータイねえし財布もねえ。ほんと、おまえ、使えねえやつだよ。だから友達のひとりもできねえんだよ。」
取り巻きがメグの胸ぐらをつかむ。
「莉子さんはな、おまえをまた友達にしてもいいって、そうおっしゃってんだよ!」
「友達会の入会金は五万円だ。明日、持ってこい。持ってこなかったらあのいなかもん、クラス全員でいじめんぞ。」
莉子は、グミをメグの茶髪には吐き出した。
タケシたちは、一部始終をコンクリートの中で聞いていた。
「完全に二重人格だね。」とユウが珍しく悲痛な表情をする。
タケシは莉子に飛びかかる勢いだったが、所詮ネコ一匹ではどうすることもできない。
「ユウ、やっぱり懲らしめなきゃ気が済まんな!」
「タケシさん、落ち着いてよ。タケシさんが感情的になってどうすんのさ。」
ツトムはさっきから何度も莉子に噛みついていた。去って行く莉子を追いかけて、そして戻ってきた。
「ツトムも、そんなことしても無駄だよ。」
「ちっくしょう。あのブス。でも、すこし、気が晴れた。」
タケシたちは、俯いているメグの足にすり寄った。幽霊ネコ状態だから姿は見えないが、メグは感じ取ったらしく、しゃがんでタケシたちに触れた。
「いるのね? ありがとう・・・。」
下校時、堂下翔太がメグに近寄ってきた。
「北条が、きみが僕を好きだって、ふれ回ってたよ。」
「うん、平気。帰りましょ。」
校門を出るふたりを、莉子たちは渡り廊下のベンチから見送っていた。
「莉子さん、あのふたり、ほんとにデキてんな。」
「ふん! どうでもいいぜ。どうせ、誰にも相手にされないかわいそうなやつらじゃん。金さえもらえりゃあね。」
取り巻きの一人が、莉子に小声で言った。
「莉子さん、今村さんが上から見てるぜ。」
莉子が見上げると、三年教室の窓から金縁の眼鏡がきらりと光った。




