第6話 偽りの緑
周の放電工作によって物理的に有線回線を焼き切られ、電波のホワイトアウト状態に陥っていた公安部情報管理局・第七分局。その最上階にある分局長室では、趙分局長と残された取り巻きの官僚たちが、息の詰まるような熱気の中で、端末のキーボードを一心不乱に叩き続けていた。
床には、通信を失ってただの鉄くずと化した警備ドローンたちが無様に転がっている。
「――よし、これでいい。中央への緊急暗号報告書の送信を再試行しろ」
趙分局長は額の脂汗を拭い、目の前のローカルコンソールを睨み据えた。
彼らが必死の思いで推敲し、事実を巧妙に隠蔽した報告書のタイトルは、『華北山岳地帯における突発的な地滑り、および局所的な落雷パルスに伴う、第十四中継鉄塔の損壊について』。
地下四階の監視室で王室長たちがドローンに襲撃され、システムが未知の暗号化コードによって侵食されているという決定的な破綻の事実は、この「不可抗力の天災による一時的なハードウェアトラブル」という作文の中に完全に隠蔽された。
現代のデジタル官僚制(数治)において、上層部への報告は「システムの健全度百パーセント」が絶対の正義だった。もしここで「他国プログラムの潜入を許した可能性がある」などと正直に報告すれば、自らの管理能力の欠如を中央に露呈し、一瞬で政治的粛清を意味する。だからこそ、画面の数字さえ正常に書き換えれば、それが国家にとっての絶対の事実になる。趙分の背中には、保身と権力への執着という、この檻のシステムそのものが生み出した生々しい歪みが塗れていた。
分局のメイン回線が復旧し、宇宙の量子衛星との同期セッションが「正常」に再確立されたその瞬間、第七分局の統合ダッシュボードの画面は、再び瑞々しい緑色を灯し始めた。エラーフラグは一枚も立っていない。中央のデータセンターも、この都市のインフラも、すべてが完璧であることを示している。
だが、そのダッシュボードの数値の裏側で、第七分局が管轄する超巨大モール『万達未来城』の自動化システムは、夕方の買い物客で最も混雑し始める時間帯に向けて、不可解な障害が始まっていた。
モールの一階にある高級スーパーのガラス窓の向こうでは、生鮮食品の陳列棚の温度管理データが、画面上は「摂氏四度・最適」を示し続けながらも、物理的な冷却コンプレッサーがなぜか停止し、陳列品がじわじわと劣化し始めていた。二階の量子ガジェットフロアでは、最新のスマートウォッチのデモ機たちが、誰の入力もないまま、全く同じ未知のコマンドラインを画面の最下層で一瞬だけ点滅させては消えるという、不可解な同期運動を繰り返している。すべては「正常」のフラグの裏側で、静かに、誰にも気づかれないまま狂い始めていた。
そして、都市の防衛フェンスの外側。
天網のカメラが捉えているはずの「山岳地帯の未開発区域」の監視画面には、相変わらず、数時間前の平穏な昼下がりの風景が完璧な静止画としてループ再生されていた。システムはその死角(欠損)に気づかない。その暗闇の奥を、一台の古いパジェロが、電子の網の目を完全に掻い潜って走り去っていることなど、分局のどのモニターも、どの官僚も、捉えることができずにいた。




