【閑話】大唐栄耀の開発――演算資源(リソース)の強制徴収
1. 虚構のレンダリング
そのゲームのグラフィックは、不自然なほど美しかった。
画面上にレンダリングされた「唐代の長安城」は、夕暮れ時の黄金色の光を浴びて、瓦の一枚一枚までが精密な3Dポリゴンで再現されている。プレイヤーが画面をスワイプすれば、絹の衣装を纏った兵士たちが一斉に動き出し、城壁の防衛線をミリメートル単位で強固に構築していく。
「素晴らしい。これなら、若者どもは寝食を忘れて没頭するだろう」
情報管理局の総責任者は、手元のスマート端末に映し出されたデモ画面を眺めながら、満足そうに細い目をさらに細めた。
彼の傍らに立っていたのは、後に貴州省データセンター『西の心臓』の総責任者となる馬主任だった。馬主任の瞳には、ゲームの美しさに対する感動など微塵もない。彼は端末のバックグラウンドで動いている「別のログ」だけを冷徹にスキャンしていた。
「グラフィックの負荷ではありません」
馬主任は、手元のコンソールの数値を示した。
「プレイヤーが『長安城の防壁を強化する』というタップ操作を行うたびに、端末の量子プロセッサの最大85%が、天網の暗号処理パケットへとバイパス(迂回接続)されます。市民は、自分がゲームをプレイしていると信じ込んでいる。だがその実態は、国家全土のスマート端末の余剰計算力を強制徴収する『分散型エッジコンピューティング・ノード』です」
これこそが、国家推奨ゲーム『大唐栄耀』の正体だった。
2. シリコンバレーのガレージから
数ヶ月前。このコア・アルゴリズム(核心コード)は、皮肉にも海の向こう側、アメリカ西海岸のシリコンバレーにある薄暗いガレージで誕生していた。
天才プログラマーのジェイソンは、軍から極密裏に依頼された「自律型侵略プログラム」の開発に没頭していた。純粋な知的好奇心と技術的探求心のままに彼が組み上げたコードは、相手国のインフラにエラーを吐かせずに「無エラーのまま硬直・大渋滞させる」という怪物のような仕様だった。
フォートミード陸軍基地のサイバー作戦センターを指揮する強硬派のミラー中将は、ジェイソンのコードを手に、勝利を確信して不敵に笑った。
「中国側の仕様を逆手に取る。彼らはダッシュボードが『緑色(正常)』であれば現場の実態を見ようとしない。このプログラムを放てば、彼らはインフラが窒息していることにすら気づかないだろう」
だが、ミラー中将も、主席開発技師のウォルターも気づいていなかった。
ジェイソンが手離れしたその核心コードの土台には、後に全米のインフラをも自業自得の沈黙へと導く「マスタークロックの乖離」という致命的なバグが、すでにこの時点で静かに埋め込まれていたことを。
そして、中国側(長老派閥の顧次席監理官ら)は、そのアメリカ側の侵略プログラムの予兆を、いち早く察知していた。
「アメリカ側が何かを流し込んでくる」
馬主任は趙分局長に報告書を提出した。
「天網の脳髄(西の心臓)の計算資源だけでは、彼らの自律プログラムの複合パルスを完全に迎撃しきれません。迎撃のための暗号解読には、全土の、末端の、すべての計算資源を『盾』として強制的に同期させる必要があります」
「よろしい」
趙分局長は冷酷に言い放った。
「ならば、国民全員にその盾を持たせろ。やめられない、生存に直結する『最高のご褒美』を擬装してな」
3. そして最初の遅延
国家の総力を挙げたプロパガンダにより、『大唐栄耀』は瞬く間に社会の基盤となった。
ゲーム内での領地拡大やログイン時間は、市民の生存権そのものである「実名スコア(信用度)」の加点対象へと強固に紐付けられた。ゲーム内ランクが高い者は、高速鉄道の優先予約や配給エネルギーの優遇という実質的な利権を得る。逆にプレイを怠る者は「社会への非協力者」としてサイレントにスコアを削られる。
第七分局の地下四階、第三十四監視室。
現場管理者である李主任は、今日も職務であるはずの統合ダッシュボードの監視を他所に、私物の端末で『大唐栄耀』の画面に熱中していた。
「よし、今月の私の貢献度スコアが、またセクターの上位5%に入ったぞ。これで次の昇進は確実だ」
李主任のスマート端末は、グラフィックの負荷とは明らかに違う、異常な熱を帯びていた。彼の端末のプロセッサは今、ゲームの裏側で、アメリカ側から放たれた侵略プログラムの「一・二ミリ秒の乖離」を相殺するための、膨大なログ解析を全力で処理させられていたのだ。
画面の上では、美しい黄金色の長安城が『異常なし』を維持して輝いている。
李主任の目の前にある監視室のダッシュボードも、完璧な深緑色を表示し続けている。
だが、そのスマートな端末の熱と、完璧な緑色の画面の向こう側で。
第七居住区の監視ドローンの帰還時間が、予定よりもわずか『0.4秒』遅れ始めていることに、ゲームに夢中の李主任が気づくことは、ついになかった。
完璧を盲信したシステムが、自らが狂っていることに気づけないまま自壊していく、その最初の引き金の演算は、市民たちの楽しげなタップ音とともに、世界中で静かに、爆発的に処理され続けていた。




