第22話 新たなる目的
昌平セクター第十四中継局でのミッションを無事クリアし、拠点へと帰還した翌朝。
朝の冷気とともに、拠点にカモフラージュ塗装の施された旧式の軍用四輪駆動トラックが滑り込んできた。
その運転席から降りてきたのは、高という名の、彫りの深い無骨な男だった。彼は元・軍の特殊輸送部隊に籍を置いていた経歴を持ち、天網の死角やGPSの圏外となった荒涼たる泥道であっても、重いトラックの車体を完璧にコントロールできる組織随一の凄腕ドライバーだった。
その高の助手席から、一人の女性が降りてきた。男勝りな機能性重視のダークグレーのタクティカルウェアを着こなした、理知的で無駄のない佇まいの女性。彼女の名は陸。長老派閥の組織内で天網の内部構造を解析し、今回林たちが使用した『偽装遮断モジュール』の回路設計にも深く携わっていた、新進気鋭の女性システム開発者だった。
高の指示に従って、拠点の他のメンバーたちが荷台に積み込まれた物資を下ろし始めたところ、周は陸に声をかけた。
「陸さん、今回のミッションは、白さんだけでなく新戦力が加わったおかげで、中央に一切の痕跡を残さずにプロットできたと思う。思った以上にうまく行ったはずだ。」
「だが、周さん。今回あなたたちは昌平の第十四ノード(一地域)を引き剥がしただけです。今は一時的に一部地域が救われましたが、また他の地域から侵食されると思います。」
陸は手元の検証用パームトップ端末画面をもう一度見て、周と林とアヤたちを見据えた。
「他国プログラムが仕掛けた時間の歪みは、今も全土の幹線網に感染を広げ、中央フレームに負荷をかけ続けています。システムがエラーなしで勝手に狂っていくこの全土の状況を根本から止めなければいけないと思います。」
「それには、貴州のデータセンターで処置をしなければいけないってことかい?」
「そうです。周さん。天網のすべての基準時計を統括する貴州のデータセンター『西の心臓』のメインフレーム最下層カーネルへ直接、このモジュールを直撃させて時間を強制修正しなければいけないと思います。」
「それはとんでもないね……あっちにいる人間にやらせれば良いのではと思うけど……」
「周さん、白さん、ご存知だと思いますが、このモジュールは適用できる手順が極めて難しく、特殊な手順に長けたオペレーターを必要とするのです。」
「まさかここから我々は南西に向かって数千キロメートル移動しなければいけないってことかい?」
「これからの縦断行には、私(陸)と、高も同行します。現地のジッターの変調に合わせてツールのファームウェアをその場でリアルタイムにアップデートし続ける必要があります。昌平の暗号鍵のままでは、これから向かう南の幹線網の防壁には通用しないと思われますので、私が随時修正していきます。」
「それは決定事項かい?」
「はい。」
周先輩が、淡々と地図を広げ、それを見つめながら林たちに呼びかけた。
「さて、林くん、アヤちゃん。ここからの段取りですがね。僕のパジェロが捕捉される可能性は、白さんの完璧なクリーンアップのおかげでまだ全くありませんよ。……だからこそ、僕はここで一度別行動をとります。僕は天網の裏にいる長老派閥の連絡員と別の拠点で合流し、今回の昌平の成功データを手土産にして、君たちが南下して『西の心臓』の深部へ辿り着くために、途中の施設や内部のパスワードやハッチの解錠段取りを含めた手引きを、水面下で行えるよう調整してきます。背後関係を中央に悟らせないための隠密行動です。」
周先輩の指先が、地図上の北京のすぐ南西にある境界線を叩く。
「最初の難所は、ここから南西へ下る上で必ず通過しなければならない『保定セクター』の境界関門です。あそこは中央からの暗号署名チェックに最も厳格な無人治安維持区域だが、現在は時間の歪みやシステムの狂作動のせいで、何か隙がありそうに思います。」
白が決意を口にする。「いずれにせよ、僕たちは、あの窒息しかけた檻のネジをすべて引き剥がすという、新たなる目的に向かって動くから」
その後しばらく高も加わって話し合いをした後、周はパジェロに乗って拠点から去って行った。
管理局からここに連れ出され、新たな出会いと役割をくれたことに感謝しながら、林は周に手を振った。自分が世界を救うヒーローになるわけではない。ただ、それぞれの危機感を胸に、それぞれの役割を果たすために一度道を分かつだけ。次に目指すべき路を想像し、林は決意を新たにしていた。




