EC-008 王太子と公爵令嬢の自明 1
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▶︎さあ、ご対面です(笑)
新緑鮮やかなこの時期、王宮庭園には色とりどりの花々が咲き誇っていた。東屋へ向かう園路の一つに高い生垣で造られた迷路がある。話題作りの意味合いも大きいその園路は別名「王宮庭師の悪戯」と呼ばれていた。背丈を越す高さの生垣は美しい薔薇で覆われている。
多くの花弁を持つ薔薇は、生地が幾重にも重なったドレスを纏う貴婦人に例えられ「艶やかな淑女」と名付けられている。その香りはとても柔らかく上品で、それでいて優雅だ。
予定の時間までわずかばかりお楽しみ下さい……と案内された園路、クラリオラは足を止めて可憐に咲く”淑女”を眺める。
「——本当に美しい薔薇だこと」
感動に瞳を潤ませ薔薇を見つめる公爵令嬢の頬が、ほんのり薄紅色に色付いた。令嬢の異次元の色香は側に控えていた護衛騎士達や侍女達の呼吸を奪った。彼等は心の中で絶叫する。
(いえ! 貴女様の美しさには敵いません!)
クラリオラの背後に控えたセルヴィは、新たな被害者達に心から同情するばかり。
——嗚呼、(以下同文)
迷路を抜けると無数の花々が咲き乱れる花園の奥に、白東屋が現れた。
その両側には王宮侍女達が整列して公爵令嬢を出迎えている。寸分違わぬ姿勢で低頭し腰を折る王宮侍女達は、誰もが厳しい淑女教育を得た才媛で、高位の貴族達からの推挙を受けた者ばかり。淑女達の歓待、正に圧巻。
また広場の周囲に近衛騎士が等間隔に並ぶ。微動だにしないその立ち姿は勇壮というより優雅という表現が相応しい。王国騎士団は実践を重視した団服を身に付けるが、近衛騎士団の制服は華やかで、腰に下げた大剣ですら一目で意匠を凝らした品だとわかる。
——やはり格が違うわ!
セルヴィは心中で感嘆した。公爵が有する騎士団も品格、風格共に秀でて本当に素晴らしいが……この方達は次元が違う。今回は心穏やかにお嬢様を見守ることができそうだわ!
その中で深緑の官服を着用した黒髪の若者が 白東屋の入り口に立ち、訪問者一同に向けて静かに一礼した。
「レクレディ公爵家御令嬢クラリオラ様、ようこそお越し下さいました。心より歓待申し上げます。私はエクセルシウォル王太子殿下の補佐官を務めておりますアミクス・レーベンと申します」
アミクスと名乗った青年はゆっくりと顔を上げる。クラリオラの姿を見た瞬間、僅かに驚いた顔をしたが直ぐに柔和な笑顔に戻した。
公爵令嬢は笑顔のみでそれに答える。
「王太子殿下がお待ちでございます。どうぞ此方へ——」
補佐官のこの一声で静止していた侍女達がゆっくりと動き出した。クラリオラは視線のみで是を唱えると補佐官に導かれて東屋に入る。
中央に置かれた円卓には二脚の椅子が用意されていた。その少し先に背の高い銀髪の男性が起立して待ち受けている。彼こそがエクセルシウォル王太子殿下その人であろう。公爵令嬢の背後に続いたセルヴィは入口から少し進んだ位置で足を止めて深く頭を下げた。
クラリオラは王太子の前へと進むと視線を下げたままゆっくりと辞儀し、拝謁の弁を述べた。
「パルクトゥード王国の奇跡、エクセルシウォル王太子殿下の御前にて拝謁の栄、誠に恐れ入ります。レクレディ公爵家公女クラリオラに御座います」
だが——
高貴な御方からの応えはない。
沈黙が続く。
クラリオラは膝折礼の姿勢を崩さない。
誰もが王太子殿下の応えを待つが静寂が続くばかり。
春風に小さく木々の葉が囁き、鳥達が囀る音が何故だか遠い。東屋の中では尚も無音の時が過ぎていく。
主人の後方で礼の姿勢を取り続けていたセルヴィは、この異常事態に困惑していた。
(——な、なんなの? なにが起こっているの!? お嬢様がなにか粗相を? どうしてなにも仰らないの? いやなにこれ怖い!)
同じく公爵令嬢を案内したアミクスはと言えば、この異常事態に脳内がしっちゃかめっちゃかに混乱して頭がまとまらない。
(は? まさかの既視感? ちょっと殿下! 性懲りもなく、またか弱き令嬢を虐め……いや! ここは私がなんとか場を取り繕って……)
尚も沈黙は続く。
クラリオラも膝折礼の姿勢を崩さない。
茶器の準備をしていた侍女達も二日前の光景を思い出し顔面から血の気が引いている、というよりも青い。とても青い。青いというか若干白い。小刻みに震える侍女達。暖かな春の陽気は何処へ消えたか。東屋の温度のみ下がり続けている。
どれほどの間、そうしていたのか。
アミクスが決死の覚悟を決めたその時、東屋に鋭利な声が響いた。
「レクレディ嬢——面を上げよ」
一同が息を呑む中、声の主に呼応してクラリオラはゆっくりとした動作で姿勢を正した。その所作には焦りも、憤りも、戸惑いも、全く感じられない。真っ直ぐに顔を上げたクラリオラは、秘色の瞳で王太子を見つめ小さく口角を上げた。
なんという胆力だろう。
その場に居た者達は呆気に取られ、ただただ事の成り行きを見守っている。他者を魅了する見目ばかりに気を取られていたが、令嬢の内面に秘められた矜持は誰よりも気高いのか。
亜麻色の前髪が春風に揺れる。柔らかく笑みを浮かべたクラリオラに向けて、エクセルシウォルは次の矢を放った。
「——まるで仮面のような笑顔だ」
王太子殿下の余りにも礼を欠く物言いにセルヴィは我に返り、次に憤った。敬愛する主人を侮辱されて腹が立たないわけがない。大切なお嬢様に向かってなんて酷いことを! お嬢様が何をしたと言うの! それでもたかが侍女風情が王太子殿下に口を開くなど言語道断。セルヴィは小さく下唇を噛む。
だが当のクラリオラは軽く目を見開いた後、更に微笑みを深めて即答した。
「お分かりになるのですか?」
「認めるのか?」
「はい、殿下」
想定外の返しに固唾を飲んで見守る一同とは裏腹に、エクセルシウォルは全く表情を崩さない。またクラリオラも笑んだまま。
「非礼な態度で何を得るつもりだ」
追撃(?)の手を緩めぬ主君の言葉に、アミクスの心の臓は乱れた鼓動で葬送曲を奏でた。
殿下! 貴方が無礼です!
補佐官は心中で泣きながら地団駄を踏みつつ、別の思考では冷静に公爵令嬢を観察していた。彼女は「仮面のような笑顔を作って王太子殿下に対面した」と自白したようなものなのだ。
どういう意図が? なんの目的で?
主人が主人なら令嬢も令嬢である。受けた言葉に腹を立て反発しているのか、それとも単なる意趣返しか。
皆が注目する中、令嬢はやはり笑顔を崩さずに答えた。
「——なにも」
エクセルシウォル、いきなりカウンターパンチを仕掛けるもクラリオラがジャブで応戦。
(ジャブってじわじわ効いてくるのよね)




