C-006 公爵令嬢クラリオラの辞書
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
▶︎お待たせ致しました。やっと公爵令嬢の登場です(笑)
公爵令嬢クラリオラの辞書に「妥協」という文字は存在するや否や——この問いは彼女の側仕え達に永遠の難問として君臨し続けている。
クラリオラの為人を一言で現すならば、正に「努力の人」である。それも並大抵の努力ではない。己に対しての妥協は一切許さない。針の穴を通す隙間もないほどに完璧を目指して突き進む。彼女の思考は、常に合理的な判断を基軸に構築されている。
クラリオラは公爵家の繁栄と公爵領に住まう全ての民のため、引いてはこのパルクトゥード王国のためだけに日々邁進しているのである。
「お嬢様、王都の邸宅まであと一時間程掛かります。少しお休みになられてはいかがですか?」
侍女のセルヴィは、書類に目を通している主人に声を掛けた。公爵領から馬車で二時間、亜麻色の髪を一括りに結び簡素なドレスに身を包んだ少女は、手元の書類を無心に読み耽っている。
——絶対聞こえてないでしょ、これ。
セルヴィは大仰に溜息をついて主人の手から諸悪の根源を取り上げた。クラリオラの細い指先から数枚の紙が落ちる。
「ああ! セルヴィ何をするの!」
「いい加減になさいませお嬢様! 少しぐらい休んだって書類は逃げていきません!」
足元に落ちた用紙を拾い上げ尚も目を通そうとする主人から、残りの書類もひったくりセルヴィはふんす、と鼻を鳴らした。
レクレディ公爵領から王都ガレイニュスの邸宅までは馬車で三時間の距離。放っておけば到着まで延々と読み続けるに違いない。よくもまあ、ここまで集中できるものだ——と感心しつつもセルヴィは表情を引き締めた。だって、少しでも甘い顔をしたらこの方は倒れるまで頑張ってしまうのだから。
「お嬢様、今回は視察に赴いている訳ではないのですよ?」
「わかっているわ、それくらい」
不満を訴えるように口を尖らせるクラリオラに「そんな顔しても駄目です」と纏めた書類を自分が座る横に置く。
「まったく! そんな幼子みたいな顔をして。淑女失格でございます。さあ、折角ですから王都の街並みでもご覧になったら如何ですか? そろそろ市街地に入る頃です」
王都ガレイニュスはパルクトゥード城を中心に八方に伸びる主要道路と同心円状に広がる街路で成り立っている。クラリオラ達が向かっているレクレディ公爵所有の邸宅は、各貴族の王都邸宅や官僚邸宅が立ち並ぶ中心部に位置した。
その外側、北部には聖教会や治療院などの各種施設。そこから円を描くように、騎士団駐屯所と官舎、厩舎、円形闘技場、各官公省詰所などが併設されている。
王城から外側へと広がる街並みは、主要施設から商業施設、一般庶民の居住地域へと変化する。クラリオラ達は今まさに豊かな農場風景から簡素な住宅街へと切り替わる幹線道路を走っていた。
「まあ! 流石王都ね! この道幅といい舗装といい……計算し尽くされた素晴らしい造りだわ!」
感嘆の声を上げつつ車窓にへばりつく姿も淑女としてはどうなのだ? と口に出し掛けたが、セルヴィは軽めの咳払いのみで我慢した。ひとまず主人の意識を書類から外す事には成功したからだ。
「凄いわ、この道は王国騎士団の駐屯所に続いているはず。この道幅ならばいざという時に騎馬が二十騎併走してもお釣りが出るわ!」
だから淑女はそのような話を、というか道路? なんの話を……いや、言うまい。言っても無駄なのだ。お嬢様の頭の中は世間一般の令嬢のそれと全く、全然! これっぽっちも! 違うのだから。
クラリオラ嬢の侍女に必要なのは、奇抜な発想・妄想を繰り広げる主人に対する柔軟な対応力と諦めの境地なのである。セルヴィとて未だその境地には達していないが。
「それにしてもお嬢様。王太子殿下はどのような方なのでしょうね。見目麗しく天賦の才をお持ちでありながら武芸にも秀でていらっしゃるとか」
本来、人の噂など当てにはならないが。パルクトゥード王国のみならず諸外国にまで轟く高貴な方の二つ名を知らぬものは居ない。
「パルクトゥードの奇跡」
神々より天賦の才能を与えられし奇跡の人。
なんとも仰々しいというか、胡散臭いというか。実際、王太子にお目に掛かる機会なんて一介の侍女如きにあるはずもなく。でもなんの因果か、目の前の主人に白羽の矢が立った。お陰で主人の側に控えるセルヴィも噂の王太子殿下の御尊顔を拝める訳である。それこそ冥土の土産としてもお釣りが出るというものだ。(まだ死ぬ気はないけど)
「——そうみたいね、あ! セルヴィ見て! 側溝もあんなに幅広く整備してある。なんて素敵! あの蓋の石材は何かしら……強度と耐久性を考えたら…… 安山岩、粘板岩……これってどこに尋ねればいいのかしら」
お嬢様……側溝って”どぶ”ですよね? 今、さらっと王太子の話題をどぶの構造で覆い隠しましたよね?
きらきら輝く秘色*の瞳が捉えて離さないのは側溝の蓋。
哀れパルクトゥードの奇跡。レクレディ公爵令嬢クラリオラに掛かれば霞と化す。それなりに舞い上がっていた侍女の心も萎むと言うものである。
セルヴィの葛藤は尽きることがない。
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※秘色とは、青磁(焼き物)の美しい肌色を模した色名です。薄青が少し緑ががったような透明感ある色で想像して頂ければ幸いです。
アミクスとセルヴィは気が合う方に座布団10枚。




