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E-004 王太子エクセルシウォルの来歴 3

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。




 愛娘が理不尽に心を蹂躙され続ける現状を前に、侯爵夫妻もまた深い苦悶と憂慮を抱きつつ耐え忍んでいた。


 王家の打診により結ばれた婚約である。臣下の侯爵家から辞退するなど出来る筈もない。これと言った打開策も見つけられず二の足を踏んでいた侯爵夫妻に宛て、若き王子から書簡が届いたのは九月下旬のことであった。


 流麗な筆致で綴られた信書には、風評に苦しんでいるであろう婚約者を心から案じ労わる言葉で溢れていた。更には自身の不明と未熟さを詫びる文章が続く。王族から一臣下に対して送る書状としては余りにも恐れ多いその内容に侯爵夫妻は驚きを隠せない。


 「なんと身に余る御言葉……エクセルシウォル王子殿下の御心、しかと承りましてございます。娘も殿下の御言葉にどれほど慰められることでしょう」


 すぐにでも返礼を——と応接室の長椅子から腰を浮かせた侯爵に、使者はもう一通の書簡を取り出した。


 「こちらは国王陛下より侯爵様宛の書簡にございます」


 国王陛下の書簡を王子殿下の後に差し出されるとは。侯爵は絶句した。順序が逆ではないか。それとも意図的に?


 二の句が告げないまま固まっている侯爵に使者は目線のみで「早く目を通せ」と促す。我に返った侯爵は隣に座っていた妻に目を向けた。侯爵夫人は意を得たとばかりに黙礼し席を立った。侯爵は予測も付かぬ内容に怯えつつ封蝋を解く。そしてそこに記載されている内容に驚愕した。


 曰く、今回の騒動は単純な流言などではなく。明らかな意図を持って裏で画策された可能性があるという。エクセルシウォル殿下の進言を受け、改めて各方面への聞き取りを行った結果、娘への誹謗中傷は計画的に流布されていた事実が発覚。更には王家批判に繋がる喧伝までも周到に準備されていたという。


 「こ、これはどういう……」


 想定外の内容に侯爵の呼吸は浅く、早くなっていく。おかしいと思っていた。多少の中傷は覚悟していた。見目麗しく才能溢れた王子の婚約者という座に、夢見る令嬢達が憧れやっかみを持つのは自然の流れだ。しかしその流れは過剰に膨れ上がった。多少の小火(ぼや)は致し方ないと侮っていたらあっという間に業火(ごうか)となっていた。それこそ手の施しようがないほどに。


 国王の文字は更に続く。そもそも王子が懸念を訴えたのは北方諸国の動向だったという。王子は遠い北国の不穏な噂に違和感を覚え、不測の事態までも想定していた。足並みが揃っていない我が国の現状に強い危機感を抱き進言してきた、と。


 国内の調査と同時に北方諸国に目を向けてみれば、ここ数ヶ月軍備を拡張しているのを確認できた事、目下、標的は我がパルクトゥード王国に定められているらしい——。


 震える手で侯爵は読み進める。


 この現状で侯爵令嬢に纏わる風聞を収束させるのは難しい。王子より外敵要因も含めて事態が落ち着くまで、一旦婚約を白紙に戻したいと請願され自分がそれを認めた、と。この決定は王家の独断であり侯爵家一族には何の瑕疵もない。身勝手な言い分だが対外的に婚約解消を行った後も、我々王家が王子の伴侶にと望むのは侯爵令嬢である——。


 なんということだ。我が娘の身の不運、と片付けるような問題ではなかった。今この時もパルクトゥード王国に危機が迫っているなど誰が想像できるだろうか。


 しかもこの状況に逸早(いちはや)く気付いて疑問を呈し、国王陛下を動かしたのは若干十二歳の王子殿下なのだ。その上、王家は我が娘の現状にも心を配り、自ら火の粉を被ろうとして下さっているのか——。


 侯爵は、滂沱の涙を流した。


 「——なんと、なんと御礼を申し上げれば良いものか。なにも……私達は何も分かっておりませんでした。ただただ娘の悲運に心を痛め途方に暮れるばかりで——」


 手にした国王直筆の書体が涙で滲みそうになり、侯爵は慌ててそれを胸に掻き抱いた。敬愛する君主の御心のなんと温かなことか。


 「しかと——承りましてございます。国王陛下の良きように御差配賜りとう存じます」


 この言葉を持って、エクセルシウォル王子と侯爵令嬢の婚約解消は確定したのだった。



***



 「そんな……なぜですか!」


 父がもたらした言葉は少女の心を打ち砕いた。

 婚約を解消する?

 エクセルシウォル殿下がそれを望んだなんて。


 「一旦、白紙に戻す、というだけだ。国王陛下も王子殿下もお前を守る為にお決めになったのだよ?」


 はらはらと涙を(こぼ)す娘に、侯爵は静かに告げる。しかし其処(そこ)に王国の危機という事実を織り交ぜることは出来ない。


 今回の事象が実は「水面下で暗躍された謀略のひとつ」などと年端もゆかぬ娘に伝えられるわけがない。未だ不確定要素が多いこの件を外部に漏らすわけにはいかないのだ。


 止まらぬ涙を娘の隣に座った妻が拭う。


 「落ち着いて、ね? 今回は時期が少しだけ早かっただけ。王子殿下のお手紙を読んだでしょう? あなたの事をとても大切に()()()下さっているではないの」


 「私のことを本当に……本当に()()()下さっているのなら! 婚約を解消するなんて仰るはずないわ!」


 溢れる涙は止まることを知らない。


 「殿下は……王子殿下は私の事など、なんとも思っていないのよ!」


 「やめないか! もし、お前の事を本当に歯牙にも掛けていないのなら一方的に破棄を申し付ければいいだけだ。過分にも国王陛下や王子殿下はお前の為に御心を砕いて下さっているのだぞ!」


 父の諫める言葉は少女には届かない。


 だって——王子殿下が掛けてくださる言葉はいつも。いつだって同じ温度だった。


 ——あなたは本当に努力家だね。

 (あなたに認めてほしいだけ)


 ——口さがない妄言など気にする必要はない。あなたが素晴らしい令嬢だということは私が一番良く知っている。

 (そうじゃない。努力を認めて欲しいんじゃない、私を見て欲しいの)


 ——私はあなたの事を大切に()()()いる。

 (それは私の()()とは違うわ)


 想いが募れば募るほど苦しい。私が耐えてきたのは……悔しくても辛くても耐えてきたのは……王子殿下の婚約者で居たかったからだ。それ以外にあの方の側に居る方法はなかったから。


 泣き止まない娘に掛ける言葉も尽きて、侯爵は途方に暮れる。親の欲目か、実は似合いの二人だと鼻が高かった。娘の器量は王子に遜色ない、娘の努力は王子の()()に届いていると。だが——。


 「パルクトゥードの奇跡(王子)

 神々より天賦の才能を与えられし奇跡の人。


 (あの(王子)とこの()が見ている景色は絶望的に違うのだ……)


 母親に縋り泣き続ける娘を憐れと思う。エクセルシウォル王子殿下が普通の御方であれば……きっと幸せになれたのだろう。そして、不敬ながらも侯爵は思う。


 孤高の人、王子殿下の幸せとは一体どのようなものなのだろうか——。



***



 初めてお会いしたあのとき。


 私は恋に落ちたの。


 艶やかな銀髪は印象と違って柔らかそうで。


 冷ややかな石灰色の瞳に少しでも映りたくて。


 あなたのそばに居たい。


 頑張らなければ。


 あなたのためならなんでも我慢できる。


 すき。


 あなたがすき。


 だからわたしを見て——。




 

オトンの葛藤、オカンの達観、ムスメの落胆。

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