A-024 補佐官アミクスの独白
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
つい先程まで、王太子執務室が試着室と化していた。
「レクレディ嬢はどんな装いが好みだろうか」
とか
「この色ならば彼女は気に入ってくれるだろうか」
とか
脳内お花畑、としか思えない発言を延々と聞かされながら御衣装を選ばされた。
何が“女性の扱いには自信があります”だ!
嘘っぱちな言葉を自信あり気に吐いた過去の自分を歯が折れるぐらい殴り飛ばしたい。
私の極小で矮小な虚栄心が引き起こした大事故だ。
——敢えて言おう。
エクセルシウォル殿下に似合わない御召物などない!
何を御召しになっても殿下御自身が不足分を補って余りあるのだから!
大体、洗練された美的感覚まで無自覚にお持ちの殿下が何故に私に問うのだ!?
「アミクス、これは私に似合っているか?」などと!
意図的だ。絶対にわざとだ!
そうだと分かっていても過去は消せやしない。
どれもこれもお似合い過ぎて眩しさに目を眩ませながらも、どうにかこうにかお選び頂いた豪奢な御衣装を御召しになったエクセルシウォル殿下はいつにも増して輝いていらっしゃる。
そんな主君が今、まさに目の前で繰り広げているこの光景はなんなのだ!
レクレディ嬢を自ら御出迎えになり、その御手を取って細く美しい指先に唇を落とされたかと思いきや「逢いたくてたまらなかった」と極上の微笑みで愛の言葉を紡ぎ、それから今の今まで片時も公女から目を離さない。勿論、甘く蕩ける様な微笑みのままで。
砂糖菓子も食べ過ぎたら毒になるんだぞ!?
目にした事も無いエクセルシウォル殿下の御尊顔に当てられた者達全員、目頭と眦が裂けんばかりに眼を見開いていたではないか。
馬車止まりの御者なんか一人は鼻に手を当てて天を仰いでいたし、事務官二人(そういえば片方はさっきも執務室に来ていたな)は手に持った書類をばさばさと落として慌てふためいていたし、今、この場で控えている侍女達は頰を染めて目を輝かせているし……ってあれ? 侍女達の目線は殿下ではなくてレクレディ公爵令嬢に向けられているのか? うむ、本日も実にお美しい……ではなくて!
この応接室だって普段は格式高く静謐とした雰囲気なのに、殿下の命でがらりと様相を変えたんだ。女性好みの意匠を凝らした長椅子を持ち込み、季節の花々を色取り取りに飾って……あ、でも絨毯は若草色の方が良かったかもしれない……いや、もう少し明るい蒲公英色の方が……ってだからそうではなくて!!
相も変わらず殿下の猛攻が続いている!
「このまま貴女を私の元に囲ってしまいたい」
「その瞳に映すのは私だけにしてくれないか」
「貴女の秘色に閉じ込めて欲しい」
——いや、だから誰だよこの人。
さっきから首筋が痒くて仕方がない。
パルクトゥードの奇跡は何処に行った!
これでは只の色呆けではないか!
おっと、いけない。口調が素になっていた。
歯が浮くような言葉を一身に受けている公女は柔らかな笑みにほんのりと朱を混ぜつつ殿下を見つめている。
そりゃあ、芸術の域をも超えた面立ちの殿下の口から、こんな歯が浮くような台詞を聞かせられりゃそうなるでしょうよ。わかるよ? わかるけども!
一目惚れってこんなに強烈なものなのか?
そもそも、産まれてから今に至るまで王太子殿下は女性に懸想した事がないのだと思う。
昨日の御二人の会話で感じたのは、公爵令嬢は普通の貴族令嬢とは全く種類が異なる、という事だ。
何に於いても合理的で無駄がなく、目的の為には相手の心情など意にも介さない王太子殿下の詰問を難なく躱わし、更には何度も主導権を握った公女の話術から垣間見えたのは、淑女では持ち得ない筈の政治的手腕だ。
社交界には一切姿を現さず、公爵領から出た事もないと噂の公女は、まさに箱入り娘で世間知らずの御令嬢だと思っていたが……何故だかさっきから違和感を感じるのは気の所為だろうか。
今だって熱烈な殿下の御言葉に含羞んでいらっしゃるけど——頬を染めていらっしゃるけど——何というか……淡く光る秘色の瞳が物語るのは、愛や恋や憧れといったあの御年頃に良く見られる甘やかなものではなく……もっとこう、冷ややかで——強かで狡猾な——。
——公女と一瞬、目が合った。
なんだこれは……まるで心の内を見透かされているみたいだ。思考の淵に手を掛けていたら急に現実に引き戻されたように。
レクレディ公爵令嬢は先程と変わらず笑みを浮かべているのに……。
ああ、この瞳はこれまでに何度も、何度も見た事がある。
例えば協議の場で。
例えば高位貴族達が集まった場で。
これは——。
——権力と野心とが入り混じった瞳だ。
ぶるり、と身体が震えた。
殿下の求愛に戸惑いながらも喜びを隠せない風に微笑を浮かべているが、その実、本心は違うのかもしれない。
昨日は違うと言っていたが、もしかして公女は“王太子妃”という立場を欲しているのか?
心臓がばくばくと鼓動を早めるのを感じる。
——気の所為であって欲しいが、何故だかこういう予感は外れないんだ。
殿下はお気付きなのだろうか。
真意は那辺にあるのか見極めなければならない。
私の仕事は“見極め、お伝えする事”なのだから。
アミクスは忖度男だから空気を読むのが上手いんです。
さて、「本当の」真実に辿り着けるかな?




