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E-002 王太子エクセルシウォルの来歴 1

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆修正を行う可能性が大でございます。何卒ご了承下さいませ。




 エクセルシウォルが第一王位継承権を得たのは十六歳の春だった。本来ならばその傍には王太子妃が寄り添っていてもおかしくはない。



***



 エクセルシウォルが十二歳になった年。

 とある侯爵令嬢との縁談が持ち上がった。歳は一つ下で愛嬌は良く、健康状態も問題ない。臣下としても公明正大な侯爵家との縁組に意を唱える者もなく、祝福をもって広く公示された。


 侯爵令嬢は、立派な王子妃となるべく数多(あまた)の教養を求め、高名な教師陣に日々学んだ。研鑽を積む姿はいじらしくも可憐であった。


 努力を続ける令嬢に周囲は安堵した。誰もが羨む幸運を手にしても決して浮き足立つことなく、あどけないながらも可憐な少女の振る舞いは、幼少より非凡な才能で他を圧倒する王子に相応しい、と諸手を挙げて称賛したのだ。


 賛辞は本人が思うより遥かに大きな(うね)りとなって広がっていった。


 そう——「()()()」である。


 期待は羨望となり、それが妬みへと変化していく。


 他国にまで轟く「パルクトゥード王国の奇跡(王子)

 エクセルシウォルの卓越した才覚は国民にも広く浸透していた。その伴侶となり得る王子妃候補へ興味が高まるのは最早(もはや)必然としか言いようがない。膨らんでいく見えない圧力、同年代の令息令嬢達から向けられる好奇、嫉妬の視線は徐々に熱を帯びていく。


 侯爵令嬢の一挙手一投足は常に話題にのぼり、彼女が発する言葉や立ち振る舞い、果てはその容貌に至るまで常に衆目を集めた。


 取るに足らない失敗は誇張され、何をせずとも噂が飛び交う。出鱈目な逸話が実話として吹聴された。


 一体なにが起こっているのか。

 あれほど祝福に沸いていた世論の旗色は、貴族を中心に暗色へ塗り替えられていった。嘘は更に歪曲され膨張し、悪意は外側へと静かに広がっていく。


 そして、まことしやかに影で囁かれ続けた。


 ——あの侯爵令嬢は、エクセルシウォル殿下に相応しくない。


 噂の(やいば)はついに幼い令嬢を襲った。


 慢心することなく努力を続けていた彼女にとって、冤罪や誹謗中傷、見えない批判を耳にした時の衝撃は如何程(いかほど)だったことだろう。


 驚きよりも戦慄で足元が(すく)んだに違いない。自信や希望を積み重ねた側から、見知らぬ第三者によって侵蝕される恐怖が彼女を打ちのめした。


 それでも確固たる想いで歩んでいく日々が、血の滲むような研鑽の日々が、彼女の矜持を辛うじて守った。


 あと一つ、心の底に抱く一筋の希望の光を信じて。


 侯爵令嬢は耐えた。これぐらい大したことはない、時が経てばきっと落ち着くはずだ、とひたすら耐え続けた。


 両親である侯爵夫妻も陰日向となり娘を支えた。友も、そして王家も彼女を事あるごとに認め支え続けた。まだ年若い王子本人も実態のない噂話を厳格に否定し、二人の関係が良好である様を知らしめた。


 味方が居なかった訳ではない。けれども彼女を取り巻く害悪の波は、それを守る周囲の防波堤をも飲み込み、暗く渦巻いた。


 逆巻く悪意は少女の心に細かな傷を付けていく。無色透明な硝子のごとく澄んでいた令嬢の心は、いつしか磨硝子(すりがらす)のように曇り、彼女の真意(ほんね)を覆い隠した。


 ——令嬢は微笑む。


 「平気よ?」


 ——令嬢は笑う。


 「本当に大丈夫だから」


 彼らは知っていたはずだ。


 侯爵令嬢がまだ「十一歳」なのだということを。

 既に限界を超えた己を尚も叱咤激励し、濁流に流されまいと踏ん張っているだけの無垢な少女なのだということを。



***



 同じ頃、エクセルシウォルは活路を見出すべく思案していた。


 いずれ自分が到達するであろうパルクトゥード王国の頂点。国王として君臨する自分の伴侶という立ち位置に何処(いずこ)の令嬢が収まろうが、少なからず波乱は起こるのは必定。予測の範囲だと(あなど)っていた。


 侯爵令嬢に一欠片(ひとかけら)瑕疵(かし)もないのは明白なのだ。同じ年頃の令嬢と比べてなんの遜色があるというのか。


 様々な形で働きかけても、悪評は治るどころか輪をかけて広がっていく。このままでは想像の範疇を超えた何かが起こるかもしれない。例えば強引に権威を振り翳し事態を終息させたとしても、その反動が何処(どこ)へ向かうかは明白だった。

 

 神々より天賦の才能を与えられし奇跡の人、と呼ばれたエクセルシウォル。完璧なる器に詰め込まれたのは溢れる叡智と輝く信念。だが天人の悪戯か、はたまた試みの類いか。神は彼の中に無知な領域を創った。


 エクセルシウォルは()()ではなかった。


 彼は愛や恋といった感情を知る機会を自ら放棄したのだ。彼自身はそれこそが完璧だと思っていたのだが。


 私的な時間は全て勉学や鍛錬に当てた。帝王学、世界史、経済学、国史、剣術、戦術論と履修すべき知識に終着点はない。知識は臣民や国体を護る剣であり盾となる。


 研鑽を積む日々に不服を覚えた記憶はない。自分は責務を果たさねばならない。例え一分一秒と言えども無駄な(私的な)事柄に時間を費やすなどあり得ない。彼の双肩には幾千万の民の安寧が掛かっている。


 既に自身の感情すら抑圧する術を身につけたエクセルシウォルにとって、侯爵令嬢は「共に高みを目指す好敵手(ライバル)」でもあった。ひたすら努力を惜しまぬ彼女の姿勢に大いに共感し、敬意すら抱いていたのだ。


 つまりは、苦楽を共にする()()としての色合いが強かったことを指す。エクセルシウォルは侯爵令嬢と自分は「同じ」だと考えていた。


 もしもこのまま、苦境を乗り越え二人で変わらず寄り添い続けていれば(ある)いは——不完全な王子も傍に立つ令嬢に恋情をも持ち得たかもしれない。


 だが王子は、自身が最善と信じる結論に至った。二人の関係に一旦区切りをつけるのが一番の()()()であると。()()を鑑みれば、聡い彼女も自分と同じ答えに帰結するだろう。一旦袂を分ち、更に力を蓄えよう。再び(よしみ)を結ぶその時こそ、誰にも反意など起こさせない。





嗚呼……胸が痛い。

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