S-019 侍女セルヴィの困惑
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「セルヴィ、思っている事が顔に出過ぎよ?」
王太子との対面が終わり、王都邸宅へ向かう馬車の中。クラリオラは側仕えの侍女を嗜めた。
「お嬢様」
侍女は怒りに震える右手をもう片方で包みながら主人に問うた。
「まさか、あの様な胡散臭い告白を信じていらっしゃるのではないでしょうね?」
クラリオラは軽く吹き出した。疑問をそのままぶつけてくるのは主人を心配しているからに他ならない。性根の素直さが心地良くつい笑みが溢れる。
「本当に、貴女は歯に衣着せぬ物言いをするのね」
己の言葉を軽く去なされセルヴィは語気を強めた。
「胡散臭いを胡散臭いと言って何が悪いんですか! 失礼極まりないにも程があります! 拝謁の折のあの態度だって……お嬢様をあんなに長い時間放置するなど幾ら王太子殿下と言えども無礼ではありませんか!」
無言の拝礼を思い出し、クラリオラは更に笑みを深めた。
「あれには驚いたわねぇ」
(確かに先制攻撃がだんまりだとは思わなかったわ)
王太子殿下の斬新な初手はなかなか印象深かった、と思い出している主人の心の内など気付かぬ侍女は更に言葉を紡ぐ。
「しかもこの世で一番麗しいお嬢様の笑顔を……言うに事欠いて“仮面のよう”だなんて! 王太子殿下の瞳はお美しくとも節穴ですわ!」
「節穴って——」
敬愛する主人を翻弄した王太子に対するセルヴィの怒りは収まらない。クラリオラ自身は全く気にしていないのだが、その反応が更にセルヴィの怒りに拍車を掛けているようだ。
「実際当たっていたじゃないの。私の完璧な作り笑いを見抜かれたのは今回が初めてよ? 怒るより嬉しくなったぐらいだわ」
「何言ってるんですか! まったく……お嬢様はいっつも何処か論点がずれてるんですから。でもあれは駄目です! 見目が煌びやかでも中身は腹黒に決まっています! 騙されてはいけませんよ、お嬢様にはもっと相応しい御方がいらっしゃいます!」
「あれって……セルヴィにかかったら天界の神々でさえ只人になってしまうわね」
二人きりになれば、主人第一主義の侍女は必ず爆発するだろうと予想していたクラリオラは、セルヴィの辛辣な言葉の数々に苦笑する。
「神様といっしょにするなんてそれこそ不敬です! お嬢様が少し意見すればころりと態度を変えて謝罪するし。かと思えば“私は貴女を選ばない”ですって? 何のための王太子妃選定でございますか! 偉ければ何をしても何を言っても良いと? お嬢様に覚悟を問いたかったのかどうかは存じ上げませんが、ああも仰ることが二転三転する方など絶対信用できません!」
(本当の事を伝えたら怒りを通り越して憤死しちゃうわね)
チェスター王国の動向を探る為に王太子と結託する。王太子殿下はクラリオラに懸想し、自分は我こそが候補者筆頭だと周囲に対して尊大に振舞う——という事実はセルヴィの許容範囲を大きく超える事だろう。
「でも御丁寧な謝罪と説明を頂戴したわ。しかも二度も」
「謝ればいいってものじゃないでしょう!? どうしてお嬢様はそんなにお人好しなのですか!」
信頼する侍女を騙す心苦しさに耐えかねてクラリオラは胸を押さえた。小さく息を吐き、主人としての仮面を被る。
「そろそろ落ち着きなさいセルヴィ。貴女が私の事を心配してくれているのはわかっているわ」
「——申し訳ありません。少し頭に血が昇ってしまいました」
(少し、ね)
思うままに吐き出した言葉を少し、と言い募る侍女の態度にどれだけクラリオラが救われたか分からない。セルヴィはいつもクラリオラが口にできない思いを肩代わりして発してくれるのだ。だから尚更、事実を語れないのが心苦しい。
「貴女も聞いていたでしょう? 今回の王太子妃選定については私も疑問に思っていたの。あの後、殿下とお話して確信したわ。チェスター王家との縁戚が叶わないのならば——ベルクトゥス伯爵令嬢には申し訳ないけれど、今現在の王太子妃候補者の筆頭は私となるでしょう」
「——それは誠でございますか?」
(ごめんね、セルヴィ)
「ええ。だとするならば当初の予定通り、私は王太子妃の座を手に入れるつもりよ?」
覚悟を口にした主人を前に、セルヴィは切なげな視線を向けた。彼女が何を思っているのか……それが痛い程伝わってくる。
「でも——お嬢様があの様な心の内も読めない御方と御婚姻なさるなんて……この先、お幸せになれるかどうか分からないじゃありませんか」
先程までの勢いが嘘の様にセルヴィの声が小さくなった。クラリオラは気付かぬ素振りで続ける。
「セルヴィ、貴族の私達にとって婚姻とは互いの利害関係が一致するかどうかが一番の鍵でしょう。“愛”とか“恋”なんて物は邪魔にしかならない」
「そんな事はありません! お嬢様を慈しみ愛して下さる殿方は必ずいらっしゃいます! お嬢様、もう御自分を赦して差し上げて下さい。どうか——」
「ありがとうセルヴィ。でも貴女だからわかるでしょう? 私が何を一番欲しているのか」
「それは——」
セルヴィは唇を噛み締める。頑なに己を律するクラリオラに彼女の言葉は届かない。
「王太子殿下は私の持つ知識に御興味を示されていたわ。私は王太子妃としてのお眼鏡に適ったのではないかしら。王太子殿下が私に仰ぎたい協力というのはきっと御父様との橋渡しだと思うの。中立派のレクレディ公爵家が王権派に組みすれば大きな力になるのだもの」
クラリオラが見つめるのは自身の未来ではなく、あくまでも国家と国民の行末だ。
「それに私の無駄な美貌も役に立ったみたいだし——王太子殿下の表情を見たでしょう? この顔がお好みに添っているのなら更に磨きをかけなければならないわね」
主人の真意は何処にあるのだろう。セルヴィの顔が悲哀に染まる。
「私に恋願う、と仰って下さったのを聞いたでしょう? これを利用しない手はないわ」
「お嬢様……」
「そんな顔をしないでセルヴィ。私はパルクトゥード王国と民達の為ならばどんな事でも出来るわ」
秘色の瞳には決意が宿っている。揺らがぬ意思の色にセルヴィは目を伏せた。
「それが——私の生きる意味なの」
セルヴィの長文要約。
「胡散臭い無礼なアレは目が節穴!」




