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EC-018 王太子と公爵令嬢の奸計

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。

 



 楽し気に手を取り合って東屋に戻る()()を、もう一対の()()が対照的な表情で待ち受けている。


 片や挙動不審極まりなく、片や意を決した鬼の形相。この対比を認めて王太子と公爵令嬢は苦笑するしかない。


 エクセルシウォルが耳元に囁く。


「我が補佐官はどうとでもなるとして……貴女の侍女は一筋縄では行かないようだ」


 肩を竦めつつクラリオラは微笑みを隣の石灰色に向けた。


「御覚悟なさいませ。彼女は感が鋭いですから」


 小さな嘆息一つが耳元に聞こえ、王太子は笑みを強めた。


「成程、覚えておこう」


 東屋に到着すると待ち受けた補佐官が上擦った声で迎え入れる。動揺を隠そうとする姿勢だけは感じられるが感情が筒抜けなのは一興。


「——殿下、レクレディ公爵令嬢。随分と御話が弾んでいらっしゃった御様子。宜しければもう一時、此方にて御休憩されませんか?」


 補佐官の視線は柔らかな笑みを湛えたままの主君に釘付けだ。そんな彼の心情に気付かぬ振りで王太子はクラリオラに更に熱い視線を送る。


「ああ……この陽気の中を随分と付き合わせてしまった。レクレディ嬢、疲れただろう。だが出来ればあと少し——ほんの一杯、紅茶を飲む時間だけでいいのだ。私に時をくれるだろうか?」


 ぱかっ、という音が聞こえる程に口を開く補佐官が視界に入り、クラリオラは苦笑しつつもうなづいた。


「まあ! 私も……もう少し殿下と御話をしたく存じます」


 その言葉を受け、侍女が静かに茶器を準備し始めた。だが漂う雰囲気は何処かひりひりとしている。此方の様子を伺う視線はまるで猛禽類のそのものだ。


(いけない。セルヴィったら殿下に噛み付く勢いだわ)


 クラリオラの侍女は良くも悪くも真っ直ぐなのだ。思い立ったら感情よりも行動が先に立つ。先程までの王太子の言動は彼女の許容範囲を超えていた。セルヴィにとってクラリオラは絶対なのだ。


 クラリオラが王太子の暴言をさらりと交わし直ぐにでも場を辞していたならば、忠臣の侍女は帰りの馬車で悪態を突くだけで溜飲を下げただろうが……。


 (てのひら)を返した態度を続ける王太子に対して、侍女の不信感は頂点に達しているらしい。


(此方に事情があるとはいえ、王太子殿下相手に一介の侍女が非礼を働けば(ただ)では済まないわ)


 逡巡していたクラリオラに王太子が静かに語りかけた。


「レクレディ嬢、改めて貴女に謝罪したい」


 真摯な声が東屋に響く。謝罪ならば先程頂いたのに、と公女は瞬いた。


「私は人の感情に疎い所がある。何かを成す時、余計な事柄は極力排して最善最短を目指す。その時、一番邪魔になるのは人間の感情だ。自分の思いも他人の物も」


 突然の告白にクラリオラは戸惑った。これも作戦の一環だろうか。


「特に私は女性が苦手だ。世の令嬢達は王太子という立場の私に興味があるらしい。常に自分達の想像や理想という色眼鏡越しに私を見る。どの瞳も同じだ。正直、辟易としていた」


 クラリオラは王太子を見つめる。石灰色の瞳は嘘をついているように見えないが……。


「だが貴女と出逢って——貴女の国を思う姿を目の当たりにして気が付いた。私は自分が……自分こそが令嬢達を一括りにして色眼鏡越しに見ていたようだ。外見だけでは図れない内面を見ようとしていなかったのは私の方だった。私は傲慢で愚かだ。貴女にだけではない。先に対面したエドヴァルド侯爵令嬢にも非礼を詫びねばならない」


 意外な物を見るように侍女の手が止まった。彼女の視線は真実を見定めるかのように王太子に向けられている。


 クラリオラは目端にそれを認めつつエクセルシウォルの謝罪を反芻していた。これは真実だろうか。それともお芝居?


「——殿下の心情に共感する部分は私にもあります」


 確証はないがこの場は話を合わせる方が得策かもしれない、とクラリオラは言葉を紡ぐ。


「申し上げましたでしょう? 私は……“それはそれは筆舌に尽くし難い程の美女”なのだそうですよ?」


 そう言うと公爵令嬢は補佐官に柔らかく微笑みかけた。急に視線が合った補佐官の頬が朱に染まる。直後にくすくすと笑い出したクラリオラに揶揄われたと悟った忖度男は襟元を正しながらこほん、と咳払いを一つ。


「“レクレディ公爵家の御令嬢は女神も格やと言わんばかりの美しさだ”と見知らぬ方々が誉めそやして下さっているとか。私は公の場に姿を現すことは殆どありません。我が家に出入りする者達と極稀(ごくまれ)に当たり障りのない言葉を交わしたりはしますが——その時の様子が人を伝わるに従って大きな噂に変化しているのでしょうね。人は……見えないからこそ何かしらの意味を見出そうとする生き物ですもの」


 公爵令嬢は苦笑交じりに語っているがその顔色は暗い。侍女が気遣わし気に主人を伺い見るのを目線で制し、公女は続ける。


「私は感情が不要だ、とまでは思っておりませんが——物事を合理的に推し進めていく時にそれが“邪魔だ”と感じる事は多々あります。殿下の仰ったのはそれに近しいのではないでしょうか」


「そうかもしれない」


 自嘲気味に円卓の上で組まれたエクセルシウォルの手を、白く小さな手がそっと包み込んだ。


「殿下は御自身の想いにとても御誠実な御方ですわ。率直に御意見を述べて下さる御姿勢には共感を抱いております」


 秘色は色めき、石灰色には熱が灯った。


「私は今まで女性の美しさという物を額面通りに受け止めていたが——貴女を見ていると胸が高鳴るのだ。この様な気持ちは初めてだ」


「まあ……」


 エクセルシウォルとクラリオラの視線が改めて交わり、どちらともなく笑顔で見つめ合った。完全に二人の世界を創り上げていた矢先、補佐官のこほん、という二度目の咳払いが響いた。先程の意趣返しか、咳払いの主は明後日の方角を向いている。王太子達は名残惜しそうに互いの手を離した。


 剣呑な空気を纏っていた筈の侍女は、いつの間にか毒気が抜けた顔で二人を見守っていた。やんごとなき御立場の王太子殿下が語った内容に虚を突かれたのである。


(今の話が本当ならば王太子殿下は只の盆暗(ぼんくら)ではないのかもしれない。頭が切れるというよりは喰えない方、と言った方がしっくりくるというか……暫くは様子見だわ。それにしてもお嬢様、大丈夫かしら。きっと()()()の事を思い出しているのだわ……)


 結局、侍女にとって大切なのはお嬢様の笑顔のみ。クラリオラが()()()幸せになれるのなら相手は何処の誰でも構いやしない。


 冷静さを取り戻した侍女を確認し、クラリオラは注がれた紅茶を飲むと話を切り替えた。


「ところで……ベルクトゥス伯爵家ディーリア様はもう御入国されていらっしゃるのですか?」


 クラリオラは更に分かり易く種を蒔く。王太子殿下は気付いて下さるかしら?


「——五日後に会う予定だ。王都には明後日到着すると聞いている。所で——」


 どうやらクラリオラの意図は伝わっていたようだ。





「貴女が許してくれるのならまたゆっくり話がしたい。もし可能なら、明日も私と会ってくれるだろうか」







こほん、となったら龍◯散。


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