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EC-016 王太子と公爵令嬢の合意 3

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。


▶︎今回は長めです。


 



 淡い緑青色の葉が茂る銀楓の木陰、王太子と公爵令嬢は長椅子に腰掛けた。この銀楓の葉は赤子が広げた小さい手に似た形状で、秋になると紅葉樹の中でも珍しい白銀色に変化する。その色はまるで王太子と公爵令嬢の瞳の色を混ぜ合わせたような色合いだ。実はクラリオラがとても好きな樹木だ。


(紅葉の時期、ここに座ってこの樹を見上げたら感動するでしょうね)


 クラリオラは、しばし春風に歌う葉擦れの声に耳を傾けた。王太子は隣に座ったまま何かを考えている風だったが、ふっ、と息を吐くと意を決した様子で語りかけた。


「単刀直入に言おう。()()()はベルクトゥス伯爵家のディーリア嬢を王太子妃に、と考えている」


 クラリオラは「やはり」と得心した。立場が同じなら自分もベルクトゥス伯爵令嬢を選ぶだろう、と。


「初めは、我が国の方からイレーニア第二王女に婚姻の申し入れを行ったのだ」


 エクセルシウォルはクラリオラを真っ直ぐに見つめて語る。その視線はとても真摯で公女は聞き漏らさぬよう静かに見つめ返した。


「ところがイレーニア王女は半年前から病に()しているとの返信が来た。此方(こちら)ではそのような噂は聞いたことがない。断られるにしてもそれが真実かどうかすら怪しい。そこでチェスター王国を探った訳だが——まあ、どういう手法で情報を得たのか、今は聞かないでくれ」


 自重気味に詳細を含む王太子に、クラリオラも苦笑で返す。出逢って間もない相手に間諜(スパイ)の存在を匂わせる行為自体、王太子にとっては賭けみたいなものだろう。


「そして得た情報では確かにイレーニア王女は半年程前より表舞台から姿を消していた。だがその理由がどれも曖昧なのだ」


「曖昧とは?」


 公女は眉を顰める。


「他国に留学している、病に臥している、聖教会にて神学の道に傾倒している等、どれも信憑性に欠けた噂ばかりでなかなか確証を得られない。証拠と呼べるような片鱗すら見つけられない。更には耳を疑う噂が見つかった。それは——」


 言葉を一旦切ったエクセルシウォルが次に放った言葉は余りにも衝撃的だった。


「——第二王女が既に天に召されている、というものだ」


 クラリオラは目を見開いた。王家の姫君が亡くなった、などという流言がある事自体が普通ではない。それを裏付ける、もしくは想起させるような何かしらの出来事があったのだろうか?


 つい思考の底に落ちそうになり、公女は慌てて深呼吸をすると王太子の続きを待った。


「チェスター王家が主張する話が真実ならば此方からの申し出を断るだけで良い筈だ。だがチェスター国王はベルクトゥス伯爵家の令嬢との縁組を逆に打診してきた。確かにディーリア嬢はチェスター王国一の才媛と名高い令嬢だ。王太子妃としてその才覚を如何なく発揮してくれるのなら我が国にとっても有益な縁組となるだろう。しかし……」


「——確かに解せませんわね」


 我が国からの申し出の意図は伝わっている筈だ。二国間の()()()()の縁組を求めてのものだと。対して提案で返そうとするのなら……。クラリオラはチェスター王家の家系を頭の中で辿る。


「チェスター王家には第三王女マリゼル殿下がいらっしゃいます。御歳十四と御若くていらっしゃいますが、王家同士の絆を強固にと考えるならば先ずはマリゼル殿下の御名が上がるでしょう。けれどもそうではなかった……」


 的確なクラリオラの質問に王太子は首肯した。そうなのだ。何故王籍に縁も(ゆかり)もないベルクトゥス伯爵令嬢を推薦したのか。第三王女以外にもチェスター王籍に近しい令嬢は居るのに、だ。


 ほんの少し、小さな段差程度の違和感である。だがその違和感が頭の中で微かな異音を発している気がしてならない。


「そこでベルクトゥス嬢に加えて別に候補者を立て、その中から公平に選ぶ、という形を取った。此方としてはチェスター王家との縁組を一番に考えていたのだ。他国の伯爵家と誼を結ぶのを特に渇望していた訳ではない」


「だから我がレクレディ公爵家とエドヴァルド侯爵家にお声が掛かったのですね」


 チェスターへの直答を避け時間を稼ぐ為に、我々ニ家を含んでの婚約者選定という形を取ったのか。


「その上で——」


 石灰色の虹彩がきらり、と光った。


「少し、揺さぶりを掛けてみたい——」


「と、申しますと?」


 手にした扇を一撫(ひとなで)し、クラリオラは王太子に問う。


「チェスター側にはベルクトゥス伯爵令嬢が候補者筆頭だと伝える。無論、妙な画策が見つからねばこの話を進めるだけだ」


「はい」


「では周囲は私とベルクトゥス嬢との話を纏めようとしているにも拘らず、私が貴女に懸想(けそう)していたら——どうだ?」


 公爵令嬢は合点がいった。


(ああ! あの告白はそういう意味だったのね!)


 あの場に居合わせた補佐官や侍女()()真実は伏せるおつもりなのだ。


 パルクトゥード王国の奇跡と名高いエクセルシウォル殿下には今まで浮いた話など一度もない。社交の場に於いてもそれ以外でも。


「お話、良く分かりました。つまり、殿下は私に御心を奪われていらっしゃる——そして私も王太子殿下に選ばれると思っている、と。そう見せ掛けるのですね?」


 なんとも(したた)かな御方だわ。御自身の二つ名を真逆に利用するだなんて。


成程(なるほど)——先方に思惑があれば何某(なにがし)かの手を打ってくるでしょう。揺さぶる相手はベルクトゥス伯爵とチェスター国王陛下、でございますか?」


 しかしここで王太子の面差しに翳りが差した。続けて発した言葉には戸惑いの色が浮かぶ。エクセルシウォルの頭を掠めるのは苦い過去の記憶——。


「ああ。だが——貴女には何の利益もない話だ。それどころかレクレディ嬢の事を悪様(あしざま)に言う輩も出てくるかもしれない。更に言えば——」


 エクセルシウォルの小さな溜息が一つ、二人の間に落ちる。


「——貴女を危険な目に遭わせてしまうかもしれない」


 理不尽極まりない提案だ。敢えて危険な立ち位置に立ってくれ、と頼んでいるのだ。普通の令嬢ならば恐怖で(いな)やと唱えても咎められるものではない。


 しかし隣に座る令嬢は是を口にした。


「——心得まして御座います」


 その言葉に力みはない。差も当然だと言わんばかりである。


「協力してくれるのか?」


「はい殿下」


「余りにも此方に都合の良い話だと——不快には感じないのか?」


「いいえ」


 エクセルシウォルは知っている。今、自分に向けられている瞳の意味を。


 宿っているのは「覚悟」だ。


「私がお力をお貸しする事で、チェスター王国に何らかの思惑が露見した場合は——損害や危機を事前に回避できますでしょう? 逆に何事もなければ当初の目的通りベルクトゥス伯爵令嬢と婚姻しチェスター王国とも友好関係をお結びになれば良いのです。何方(どちら)にしてもパルクトゥード王国に取って利にしかならないではありませんか」


 公女は一つ、二つと指を立て、王太子の提案を飲む理由を説明していく。


 何故、そこまで己を犠牲に出来るのだ——という疑問が顔に出ていたのか。王太子の表情を見つめていた公爵令嬢はふわり、と微笑んだ。


「申し上げましたでしょう?」



 ——完璧な笑顔。




「パルクトゥード王国に(あまね)く生きる民等の”幸せ”、の為に——私は在る、のです」



 エクセルシウォルは息を呑む。






「どうか私を如何様(いかよう)にもお使い下さいませ」







この二人が組んだらある意味怖い。


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