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EC-014 王太子と公爵令嬢の合意

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。

 



 若き補佐官は、目の前に広がる光景に完全に虚を突かれ混乱の極みに達していた。


(なんだこの笑い声は! まるで人間と同じじゃないか!)


 なんとも失礼な発見である。人間でなければ何だと思っていたのだろう。しかし王太子が大笑いする場面に遭遇するなど非現実的過ぎてアミクスは頭の処理能力が追いつかないらしい。


 動揺していたのは補佐官だけではない。近衛騎士達は広場に響く王太子の笑い声に(おのの)き、完全に自分達の職責を忘失していた。実に職務怠慢、馘首(クビ)に値する所業ではあるが彼等を責める者など王宮中を探しても見つからないだろう。皆が皆、この場に居合わせたならば同様の状態になるのは疑いようがないからだ。


 王太子は一頻(ひとしき)り笑い続けた後、未だ慣れぬ感覚にひとまず背を向けた。こほん、と咳払いの後表情を整える。その音で周囲の者達は微かな動揺を残しつつもなんとか己の職務を思い出した。


 落ち着きを取り戻した王太子は公女に向き直る。公爵令嬢は少しだけ逡巡した後、確認するように口を開いた。その顔はまだ僅かに赤味が差している。


「あの、殿下——もしや、エドヴァルド侯爵令嬢とは既に御対面を?」


 王太子の応えは簡潔だ。


「二日前に」


「エドヴァルド嬢にもあの様な態度を?」


 意外と大胆に問うてくる、とエクセルシウォルは思った。


「まあ、そういう事だ」


 素直に認めると、公女は眉を(ひそ)めて呟いた。


「それは……お可哀想に。エドヴァルド嬢もさぞかし生きた心地がしなかったことでしょう」


 少女の軽い非難にエクセルシウォルは疑問で答えた。


「——もしかして、貴女もそのような心地だったのか?」


「いえ、全く」


 悪びれる様子もなく、間髪入れずにすっぱりと否定するクラリオラの度量に好感を覚え、王太子はまたもや相好を崩す。発言する度に笑われる公女は今度こそ腹を立てたようだ。軽く眉尻を上げ扇で口元を隠す仕草には棘がある。


「——ああ、すまない。貴女を馬鹿にしているわけではない。ところで、先程の続きを話しても構わないだろうか」


「大変失礼を——私もかなり不敬な物言いを重ねてしまいました」


 怒り顔の少女から仮面の笑顔(公爵令嬢)に戻っていく変化に気付いて、エクセルシウォルはほんの少し「残念だ」と()()()


「いや、出来れば余計な装飾語や美辞麗句は省いてくれ。率直な言葉で構わない。妙な忖度や前置きは時間の無駄でしかない。正直、儀礼的なやりとりには辟易としているのだ。無論、心配せずとも不敬は問わぬと誓おう」


「まあ」


 相手を伺う言葉など時間の浪費でしかない。王太子の一面が垣間見得た。


「実際、私は常にそのつもりでいるのだが——なかなか周囲には伝わらない」


 クラリオラは自分の中で王太子の印象が大きく変化するのを感じていた。


 ——王太子殿下はとても実直で合理的な御方なのね。そしてかなりの笑上戸(わらいじょうご)だわ。 


 後者は完全なる思い違いだがクラリオラには知る由もない。


 逆に主君の言葉は後ろに控えた若き補佐官を二重の意味で悶えさせた。何度も言うが、アミクス・レーベンは城一番の忖度(そんたく)体質男と自負をしている。(おもね)(はべ)る胡麻を()る、はアミクスの十八番(おはこ)なのだ。それが全て逆効果だったという事実——哀れな補佐官は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。


 (皆んなが(へりくだ)るのは殿下の面立ちに迫力が有り過ぎるからじゃないか!)


 背後で忖度男が負け惜しみを呟いているのには気付かず、エクセルシウォルがクラリオラに訊ねた。


「貴女は今回の王太子妃選考についてどう見ている?」


「率直に申し上げるのですね?」


 エクセルシウォルは首肯する。王太子殿下の言質を取ったクラリオラは表情を引き締め答えた。


「今回の選考基準は一見とても熟考された形——のように見えますが、少々違和感を覚えると言いますか……」


 銀髪の王太子は黙してクラリオラに続きを促した。公女はその意を読み取り、自身の考察を語る。


「実際、選ばれたのは我がレクレディ公爵家、エドヴァルド侯爵家、そして隣国、チェスター王国のベルクトゥス伯爵家の三家でございます。我が家門は王権派と聖教会派の何処にも属しておりません。所謂(いわゆる)中立派、そしてエドヴァルド侯爵家は王権派です」


 公女は頭の中を整理しているのか目線が上空を彷徨っている。


「我が国の家門のみで候補者を擁立するのなら、多分カスペル侯爵家が選出されたと拝察致します。三女のサリエ嬢は十四歳と御若いですが未だ婚約者がおりませんので。ですがその三家ならば、きっと私が筆頭に躍り出ることでしょう」


 驕りではない。厳然たる事実だ。国内でレクレディ公爵家を超える家門はない。領内の隅々まで行き渡るレクレディ公爵の統治力は国内でも傑出している。エクセルシウォルは了承するようにうなづく。


「であるのに。チェスター王国の伯爵家が候補に名を連ねたのは何故なのでしょう」


 やはりこの令嬢は聡い。考察力、胆力は言わずもがな年若い令嬢とは思えぬ俯瞰した視野の広さ、王族相手にも物怖じせず意見を述べる度量。とても得難い人材だ。


(——やはり欲しいな)


 エクセルシウォルは石灰色の瞳を眇めた。公女は続ける。


「チェスター王国と我が国は、現在とても良好な関係を維持しております。もし我がパルクトゥードとの同盟をより強固にするのが目的であれば、真っ先に御名が上がるのは第二王女イレーニア様だと思うのですが……」


 反応を伺い見る公爵令嬢に王太子は言葉を返した。


「貴女の推察は鋭い。私もそこがどうも腑に落ちない」


 自分の考えに同意が得られて安堵したのか、公女は軽く息をついて続きを語る。


「両王家の御縁談となればわざわざ私共(わたくしども)が名を連ねる必要はございませんでしょう? チェスター王国と誼を繋ぐこの上ない良縁でごさいます。パルクトゥード王国中が祝福することでしょう」


 その情景を思い浮かべているのか公爵令嬢は緩やかに微笑み、その後懸案するように眉を寄せた。


「——ですが我が国からの打診に返ってきたのがベルクトゥス伯爵家のディーリア様でございます。無論、チェスター王国一の才女と名高い御方だからこそ御推挙あそばされたのでしょう。でも……」


 しばしの沈黙。


「——申し訳ありません。違和感は感じているのです。ですが上手く申し上げる事が出来ません」


 恐縮した面持ちで公女は言葉を切った。


 公爵令嬢が語った内容を咀嚼しているのか。


 王太子は黙して語らない。


(調子に乗って話し過ぎたかしら)


 沈黙が続く東屋に、居心地悪くクラリオラは小さく身じろいだその時——。


「——レクレディ公爵令嬢」


 王太子が緩やかに双眸を開くとその視界にクラリオラを捉えた。石灰色の虹彩には強い色が輝いている。


「私が——」


 絡め取られるな視線の強さ。クラリオラは自分が捕食される寸前の蝶にでもなった気分でたじろいだ。


 







「——貴女を恋願うことを許してくれるだろうか?」







アミクスはこの物語の「筋弛緩剤」です。



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