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E-013 王太子エクセルシウォルの智慧

※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。

※更新頻度は緩やかです。

 



 公爵令嬢が推察する通りだ。エクセルシウォルが王太子妃最有力候補に考えている相手は、チェスター王国のベルクトゥス伯爵令嬢である。


 パルクトゥード王国は肥沃な大地に恵まれ、農業、林業、畜産業などの第一次産業が盛んな国家である。またザルドヴァッツ山脈南部にある鉱山資源も潤沢だ。木材や鉱石、豊かな農産物の一部を輸出し、代わりに他国から加工品や工業品を得る形で広く貿易を行っている。


 大陸南部の同盟七ヶ国の中で、パルクトゥード南西に隣接するチェスター王国は第二次産業に特化した国家だ。そして近年、経済発展が著しい。


 特に武器製造技術とその技師の水準は他国を圧倒している。チェスター王国へ技術支援を打診するも、未だ好意的な返答は得られていない。


 対してチェスター王国側も「資源確保」という意味では我が国の物資を欲している筈なのだ。


 エクセルシウォルはこの王太子妃選定を利用しようと考えていた。


 政略的な婚姻であろうとも、ベルクトゥス伯爵令嬢と縁戚を結べばチェスター王国との同盟関係にも少なからず影響するに違いない。


 双方の思惑は見えない糸で結ばれている。


 (だが——懸念事項がない訳ではない)




 ***




 エクセルシウォルの行動原理を現す()()は「国民」である。


 彼は物心がつく頃には既に自制心を身に付けていた。何かを楽しむ暇など必要なかった。悲しみも、苦しみも感じる時間が無駄だった。それが当たり前だった。


「勿論——パルクトゥード王国に(あまね)く生きる民等の"幸せ"、の為にでございます」


 公爵令嬢が発した言葉は無色透明な水の膜となってエクセルシウォルを包み込んだ。自分と同じ「想い」が身体中の細胞に染み込んでいく不思議な感覚。


 彼女は言う。


 自分がそう()()ことが全てなのだ、と。


 公女の姿が自分と重なって見えた。


 心が彼女の言葉に共鳴して微かに音を奏でる。


 何故だろう、少し胸が苦しい。


 幼い頃、一度だけ似たような感覚を持った事がある。


 共に歩もうと手を取った相手。


 互いに違う未来を心に宿していたが為に、結局は失ってしまった相手。


 エクセルシウォルは小さく息を吐いた。


 揺れ動く「感情」に気を取られて僅かに思考が停止していたようだ。それも僅か三つ下の公爵令嬢相手に、である。国王や高位貴族、官公各所の専門家相手と渡り合う時、動揺や逡巡といった物とは無縁であるというのに。


(だが、使える——)


 エクセルシウォルの手駒となり動く者は、実は意外と少ない。王権派貴族の中で純粋に国民の為に動く家門など数える程度だ。


 レクレディ公爵家は王権派と聖教会派の中立に位置している。協議の場でレクレディ公爵が主張する言説は、国や民の利益に資するものが多い。


(この女性から協力を得られるか否か——)


 王太子の頭脳は目紛(めまぐる)しく動き出した。




 ***




「レクレディ公爵令嬢」


 先ずは公女と関係を構築せねばならない。そう考えれば最初に取った態度は悪手であった。彼女の態度に憤慨した様子はないが、心の内ではどうなのか——。


 王太子は公女を前に目を伏せた。


「これまでの非礼を謝罪したい。そしてこれから伝える非礼も許して貰えるだろうか」


(——これから、私は貴女を利用する)


「もし、可能ならば——是非とも貴女に協力を仰ぎたい事がある」


(この真意にも、貴女は気付くのだろうか)


 都合の良い言い分に腹を立てるか呆れるか。


 賭けにも似た心地で王太子がゆっくり顔を上げると、瞠目した公女と目が合った。


 態度を急変した上に高位な自分からの謝罪だったからか。動揺を隠さず(隠せず、と言った方が正しい)あわあわと手を動かしたり吃ったりしながら顔を赤らめる少女の姿は、エクセルシウォルの想像と全く違っていた。


 今まで対峙していた()()()()は一体何処へ行ってしまったのか。言葉遣いも仕草も表情すらも年相応な令嬢のそれで。嫌悪感を露わに自身の無礼を非難されるかもしれない、との予想は大きく(くつがえ)された。


 エクセルシウォルとしては、公爵令嬢を此方側へ懐柔するべく(あら)ゆる反応を想定して構えていた。しかし、彼女の反応はそのどれでもない。


 エクセルシウォルは思わず吹き出していた。少女の予期せぬ態度に身体が反射的に反応した。


 止めようと思うのに漏れる笑い。


 何故だろう、特に不快感は感じない。驚いた事に自分は軽く高揚しているらしい。


「申し訳ない、ここで笑うとは淑女に対して失礼だな」


 己に起こった現象の理由に答えを見つけられぬまま公女を見ると、難しい表情で此方を睨みつけている。


 気分を害してしまったか?


 落ち着け、と抑制するが身体が伴わない。笑いを堪えても身体が揺れる。自分が制御不能に陥るなどエクセルシウォルにとって初めての経験であった。


 公女は更に不快そうな表情を飲み込むように扇子を開いた。


「この度の手法は、今後お使いにならない事をお勧め致します。私だからこれで済んだのです。普通の御令嬢ならば、余りの衝撃に卒倒されましてよ?」


 公女は完璧な公爵令嬢の顔を取り戻そうとしたのだろうが全く取り繕えていない。


 これでは、まるで居丈高な態度を誇示する令嬢ではないか——。


 その落差は完全にエクセルシウォルの背を押した。






 反射的に声を上げて笑っていたのだ。






エクセルシウォルの「ツボ」はクラリオラ。

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