EC-012 王太子と公爵令嬢の自明 5
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若き補佐官は主君の表情に驚き、息を呑んだ。ほんの些細な変化だ。見慣れた者でも余程意識しなければわからない程の変化。
王太子は虚を突かれたように目を見張っていた。そんな己に驚いているようにも見える。本当にそう見えるだけかもしれないが。
(殿下の辞書には「感情」という文字はない、だったか?)
王族に携わる全ての者がまことしやかに囁く言葉である。彼の人が「自分」を見せることはない。評議や会合、宴席や閲兵式など公の場で見せる姿は完璧で、いつでもいかなる時も「パルクトゥード王太子」なのだ。
天才をも凌駕するような御方と自分が交わる事など天地が逆様にひっくり返っても起こらない筈だったのに、何の因果か悪戯か——。
パルクトゥード王国の奇跡と呼ばれる完璧な王太子の補佐官に任命され僅か半年余り。アミクスは己の力量を知っている。嫌という程に知り尽くしている。自分は凡庸で突出した才覚も力量もない。出世欲も自己顕示欲も持ち合わせていない。寧ろそんな物は不要だ。平凡な人生が一番幸せなのだ。
「平々凡々な人生」を理念に掲げ、善悪も清濁も賢愚も全て中間の位置に属し、目立たず地味に生きてきた。官吏の末端に席を置き、さあ、これからはちょっぴり優しい女性と出逢い、小さな結婚式を挙げ、ささやかな家庭を築く——そんな何処にでもあるような人生を送るぞ、と彼なりの目標を立てていた矢先の出来事である。
三等書記官 アミクス・レーベン
——王太子殿下直属 補佐官に叙す。
寝耳に水、藪から棒、青天の霹靂、序でに鳩が豆鉄砲を喰らって脳震盪、である。
泡を食って上司に渾身の平身低頭で辞退を申し出たが受け入れられず——今に至る。
未だ半年、然れど半年。
直近の主人となった王太子に侍り、その為人を間近で見続けたアミクスが、彼の相貌に感情の起伏を認めたことは一度たりともない。
だが今、エクセルシウォルが浮かべている色は”驚き”のようでもあり、”喜び”にも似た何か——。
***
「レクレディ公爵令嬢」
エクセルシウォルは居住まいを正すと黙礼を取った。これには三人一様に唖然とし眼を見張る。
「これまでの非礼を謝罪したい。そしてこれから伝える非礼も許して貰えるだろうか。もし、可能ならば——是非とも貴女に協力を仰ぎたい事がある」
瞳を伏せ目下の者に詫びる王太子を前に、公女は混乱極まり慌てて言葉を返した。
「お、おやめくださいませ殿下! わ、私も数々の御無礼を働きましたし、極刑物の愚行を、といいますか、つい調子に乗って……あ、いえ、えっと、つまりその! これって! お互い様でございますわね! だから相殺ということで……ってあああ! これも不敬かも……」
わたわたと身振り手振りで返答する姿は、先程まで堂々と王太子に渡り合っていた公爵令嬢のそれとは似ても似つかない。
齢十七の年相応な稚さが滲み出た。ころりと変容した少女と嫋やかな淑女との大きな差異を改めて認め、遂にエクセルシウォルが吹き出した。
くっくっく、と笑いを堪えるその姿に、一同呆然とするばかり。
「申し訳ない、ここで笑うとは淑女に対して失礼だな」
アミクス・レーベンは顎を外した。
(わ、私は今、夢を見ているのか!?)
目の前で起こっている事が事実なら、きっと今から雹でも降るに違いない。
セルヴィも自分の頬が熱を持つのを止められない。
(うわぁ……王太子様って、実はもの凄く麗しい顔をしていたのだわ)
先程までは怒りと恐ろしさで面立ちまでじっくりと確認する余裕もなかったが、今、目の前で笑みをたたえる王太子殿下のなんとお美しいことか。まるで神が創り賜う造形美である。
さらりと艶やかな銀色の髪が笑うたびに揺れ、細めた石灰色の瞳に煌めいて見える虹彩は虹色を灯す。すっと伸びた鼻梁、薄く淡い色の唇。焦点を何処に合わせても完璧なのだ。
対してクラリオラは、折角創り上げた非の打ち所がない公爵令嬢という人物像を、一時の気の緩みで粉砕してしまった愚に落ち込んでいた。なんという失態。あの! 天下に名を轟かせる王太子殿下と互角に渡り合えていたのに。でも、この雰囲気ならばまだやりようはあるのかしら。
未だ笑いを堪えきれていない王太子に対し、こほん、と咳払いを一つ。
クラリオラは再び淑女の顔を作り直し、扇子を広げて口元を覆う。まだ心の内が読めぬ王太子に向かって一撃を放った。
「この度の手法は、今後お使いにならない事をお勧め致します。私だからこれで済んだのです。普通の御令嬢ならば、余りの衝撃に卒倒されましてよ?」
公女本人は至って真面目に空気を戻したつもりであったが、支離滅裂に慌てながら発言した直後にどれだけ去勢を張っても後の祭りである。
瞬間、王太子が大きく吹き出した。
仮面の王太子が哄笑する様を、近衛騎士達が驚愕の表情で一斉に見つめたのは言うまでもない。
鳩は豆鉄砲を喰らうだけで脳震盪は起こしません。
(多分)




