EC-010 王太子と公爵令嬢の自明 3
※初心者故、気になったタイミングでこまめに加筆や修正を行います。何卒ご了承下さいませ。
※更新頻度は緩やかです。
蚤の心臓が高速で不正脈を奏でている。この張り詰めた空間に一点でもいい、穴を穿ちたい。
(命の危機に怯みはすれど、ここで行かなきゃ誰が行く! 男アミクス、覚悟を決めろ!)
改めて断言するが、この若き補佐官はごくごく普通の男なのだ。それでも彼は無け無しの勇気を振り絞った。この中で、エクセルシウォルに諫言出来る者が居るとするならば……それは自分しかいないじゃないか!
と意気込みだけは勇ましく。アミクスは冷気を纏う主君に恐る恐る問いかけた。
「——殿下、お話の続きはお掛けになってからでも宜しいのでは?」
(よし! よしっ!! どうだ! これは絶妙な”間”だった! 今のは完璧だった!)
脳内で自画自賛の雄叫びを上げるアミクス。どう考えても諫言と呼べる代物ではない言葉だが、ひとまず一石は投じた。水面に波紋を浮かべるほどの大きさではないけれど。小石よりも更に小さな砂粒程度のものだけれども! さあ、乗ってくれ! 頼むからこの提案に乗ってくれ!
王太子と公女は互いの態度に納得が行かぬのか、はたまた相手の次の手が気になるのか——とりあえず(瀕死の)補佐官の提案を受け入れそうだ。
この機を逃すまいとアミクスは目にも止まらぬ速さで移動し王太子の椅子を引いた。すると視界の端に残像が見える。同じく公女の後方に控えていた侍女が、自分と対を成す速さで動き椅子を引いていた。
嗚呼、この侍女からは私と同じ匂いがする……。そっと侍女に視線を送れば、薄茶の瞳も心得たように目配せをした。
補佐官と侍女の一糸乱れぬ連携が功を奏し、王太子と公爵令嬢は静かに着座した。顔面蒼白だった王宮侍女達も我に返り、何事もなかった(何も見ていなかった)かのように動き出す。
目の前に茶器を置かれたクラリオラが微笑みながら願い出た。
「非礼は承知ながら、お人払いをお願いしても宜しゅうございますか?」
エクセルシウォルは右手を挙げ、侍女達に辞去を命じた。臣下達に”あの時と同じように”つまらぬ餌を撒くつもりはない。
***
残ったのは王太子と補佐官、公爵令嬢とその侍女の四名と、東屋から離れた位置で警戒を続ける近衛騎士達のみ。
石灰色の双眸が秘色を見つめる。
秘色の瞳が石灰色を見つめる。
ごくり、と鳴ったのは補佐官の喉。
ふぅぅ、と漏れたのは侍女の呼吸。
どちらから口火を切るのか。側仕え達が緊張の面持ちで構える中、王太子が口を開いた。
「さて。先程貴女が言い掛けた、なにも——という言葉の、真の意味を答える気はあるか?」
冷めた視線が公女に刺さる。しかしクラリオラは穏やかな微笑みを崩さず、姿勢を正した。
「王太子殿下の御前に於いて、レクレディ公爵家公女の名に恥じぬ立ち振る舞いをしたまでのこと。それ以上の意図もそれ以下の他意もございません」
公女は続ける。しかしその言葉は意外なものだった。
「どうやら私は”絶世の美女”というものらしいのです」
小さな顎に扇子の先を当て、小首を傾げる姿は美女というより宛ら少女のようだ。
「私は、微笑み一つで人を虜にするのだそうです。眉唾物な話ではありますが—— ですがもし、多少なりとも私の微笑みにそのような効果があるのならば、それを使わない手はございませんでしょう?」
公爵令嬢は一息ついて微笑んだ。秘色の中には自重めいた何かを映している。
「己の武器は磨くもの——力のない女性ならば尚更武器は必要ですわ。社交に於いても人心を掌握するにも。公爵令嬢として完璧を期するのならばそれを駆使するのは当然のこと。先程は王太子殿下の御前にて”完璧な公爵令嬢”を御披露しただけにございます」
まるで他人の話をしているようだ、とエクセルシウォルは思った。自分に、上辺だけで笑んだ理由をただ淡々と説明しているだけ。ならば野心か? 未来の国母という地位を得る為の駆け引きを仕掛けて来ているのだろうか。それとも——なにかもっと別の思惑があるのか。
「その武器を最大限に活用し、私を惑わすつもりだったのなら無駄な事だ。またはその武器が有用だと私に認めさせる為に披露をしたとでも? 或いは、候補者達の中で自分が一番”王太子妃”に相応しいと主張したかっただけか? であるならば実に愚かしい手法を用いたものだ。結局、王太子妃の座を欲した余り、貴女は短慮から愚を犯したのだ」
「——いいえ」
敢えて蔑む口調をぶつけたにも関わらず、公女は仮面の微笑みで反論した。
ひた、と王太子を見つめる秘色の瞳が、逆にエクセルシウォルの真意を問い糺すように光る。
「だって。殿下は私をお選びになるおつもりはない——そうでございましょう?」
アミクスは、サ◯ボーグ009の加速装置を、
セルヴィは、音速のソニックの残像分身を、
各々体得済み(笑)




