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13. こみ上げてくる不安

 それから3日間、グスタフとレティシアは、レオンが薦める料理店や食堂で昼食と早めの夕食を食べ歩いた。その行き返り、街のあちらこちらに出ている食べ物の屋台の多さに、レティシアは驚いた。ボリュームのあるものから軽食や甘味までいろいろな種類があり、グスタフと顔を見合わせて行儀が悪いと笑いながらも買い食いを楽しんだりもした。


「王都は、毎日がお祭りみたいね」

 フレルでは、祭りなどの特別な日でもなければ、食べ物の屋台が出ることはなかった。だが王都では、持ち帰りも含めて、本当に多くの人たちが日常的に屋台の料理を利用しているようだった。庶民には料理店や食堂で食事をするより手軽なのだろう。

 料理店と屋台という王都の外食状況の一端を目にしたレティシアは、王都で新たに開く料理店に漠然とした不安を感じ始めていた。


 その一方で、親子は王都の観光名所にも足を運んだ。壮麗な大神殿に詣でたり、有名な公園に行ったり、遊覧船に乗って王都の西を流れるエッベ川から街並みを眺めたり、王城や王立学院、歴史的な建物を外から見学したり、レオンが商会の従業員をガイドに付けてくれたので、不安なくお上りさん気分を満喫して、レティシアは王都滞在を楽しんでもいた。


 だが、さすがに予定を詰め込みすぎた。疲れもあって、4日目は外出せずに、グスタフは溜まっている執務を、レティシアはヘルミーネから与えられている課題をこなすことにした。


 2人はのんびりと朝食の席についていた。

「お父様、王都のお店の料理人は、どうするつもりなの?」

 前日までは、その日回る店の評判やどんな人たちが利用しているかなどの前情報を慌ただしく話し合っていたので、ようやく落ち着いて本来の目的である料理店開業に向けての話ができる。レティシアはそう思って、神殿契約の話を聞いていたときから気になっていたことをグスタフに聞くことにした。

 ミルクと卵をたっぷりと染み込ませたパンをバターで焼いてハチミツをかけたものを食べながら、グスタフに視線を送ると、グスタフは、表面をカリっと焼いた分厚いベーコンを咀嚼しながら悩まし気な顔をした。そしてナプキンで口元を拭ってから、ゆっくりと答えた。


「当面はロッコに出てきてもらって、エルマンと2人で料理店とタウンハウスを回してもらおうと思っている」

「……やっぱり、そうなのね」

 レティシアは失望を滲ませて小さくつぶやいた。


 当初、レティシアは、新しく料理店を開くのであれば、新たに料理人を雇うものだと思っていた。だが、モリンベル家の料理を作ることができる料理人が神殿契約を結んでいる者に限られているとなれば、そう簡単に新たな料理人を雇うわけにはいかない。これまで王都で食べてきたような料理の腕では、モリンベル家の料理は到底作れないし、作業の一つ一つが理解できないだろう。

 領の新規事業として力を入れるというのだから、せめてグスタフにはモリンベル家と神殿契約を結んでもいいという柔軟な思考と意欲と技術を持った新たな料理人の当てがあるのかもしれないと、淡く期待していたのだが……。


「領主館のジークの下にいるスタッフも、まだ一人で厨房を回せるほどの者はいないというしな」

「でも、それだとロッコが王都に来ている間、フレルのお店はお休みになっちゃうでしょ。せっかく評判になっているところだから、長くお休みにするわけにはいかないわよね」


 領主館の料理長を辞めたロッコは、フレルで食堂を開いて以来、時折だが宿屋や食堂の料理人たちに食材の下処理や香草の使い方、簡単なレシピなどを教えていた。それが「領主館の料理」として街で評判になっていったのだ。そうした料理のおいしさが行商人たちの間でも評判になっていることを、ついこの間聞いた。いわばロッコの店がそうした評判の発端であるのだから、長く休業状態になるのは望ましくない。


 また、元領主館の料理長という肩書のせいか、生来の性格のせいなのか、ロッコの店には、料理人以外にも農家や商店をはじめいろいろな人が助言を求めたり、ただ話をするために訪れたりと、よろず相談処のようになっているのだった。


「まぁ、そのあたりは、時々ジークに行ってもらって店を開けさせればいいだろう。ロッコの弟子だし、ロッコより如才ないからな」

「開店当初は仕方がないにしても、ロッコにずっと王都にいてもらうわけにもいかないでしょう? そうなると、タウンハウスには普段使用人しかいないんだし、社交もしないんだから、領主館の厨房スタッフの誰かを連れてきてタウンハウスの厨房を任せることにして、この間のナバワの干物みたいに王都の食材に詳しいエルマンには料理店に専念してもらうしかないわね」

 そもそも、モリンベル家で料理人といえるのは、3人しかいないのだ。フレルにある領主館とロッコの店、王都にあるタウンハウスと料理店という4つの中では、タウンハウスの優先順位が一番低いはずだ。


「むぅぅぅ……」

 グスタフは不機嫌に唸った。

 グスタフも、現状、そうするしかないのはわかっている。

 だが、いくら社交をしないといっても、自分は年に何度かは王都に出てこなければならないのだ。その際は、諸方面への挨拶や会合、貴族として果たさなければならない義務など、気を遣うことはなはだしい仕事が目白押しである。せめてタウンハウスでは気持ちを休めたいと思って、わざわざロッコを連れて来てエルマンを鍛えて、領主館と同じような食事ができるようにしたのだ。それがなくなる? いや、なくなるわけではないだろうが、厨房スタッフでは、とても満足のいく料理が出てくるとは思えなかった。だったらエルマンが料理長になっている店に行けばいいのだろうが、たとえ自分の店であっても外で食事をするというのは気が張って落ち着かない……。

 自分のわがままだと自覚しているが、自分の家でうまいものが食べられないという近い将来の状況が受け入れがたいのだった。


 レティシアには、グスタフの不満が手に取るようにわかったが、気づかないふりで、もう一つ、気になっていたことを聞いてみた。

「それで、お店の場所は決まっているの?」


「あぁ、いくつか候補があるそうだ。数日中にレオンから連絡があるだろう。ところで、メニューのほうはどうだ? まだ食べ歩きをするか?」

「う~ん、考えていることはあるんだけれど……。とりあえず、食べ歩きは、一旦いいわ」


 そして一つため息をついて、レティシアはキッとグスタフを睨んだ。

「いつも私の“思い付き”にアレコレ言うけど、今回のお父様の料理店の“思い付き”も大概じゃない? この間、料理人の神殿契約のことを聞いたから、てっきり新しい料理人の当てでもあるのかと思っていたら、それはないし、エルマンをお店の専任にするのも嫌だとか……」


 唇を尖らすレティシアを宥めるように、グスタフは片手を軽く前後に振った。

「すまんな。こういうのは勢いが大事だから。料理人が育つのを待っていたら、いつ店を開けるかわからんし、どうせならお前が王立学院に通っている間に事業として軌道に乗せたいと思ったんだよ。タウンハウスについては仕方ないとわかっているさ」

 最後は、本当に嫌そうに下唇を突き出した。


 不満を隠そうともしないグスタフの様子に、レティシアは大きく息を吐いて肩を落とした。

(いい年した大人がすることじゃないでしょうに。ちょっと覚悟が足りないんじゃないかしら。なんだか「殿様商売」っていう言葉が浮かんだわ。これってお父様のことかしら。大体、おいしい料理さえあればうまくいくなんて甘いことを考えているんじゃないわよね……。昔の旭光の青鹿亭はそうだったのかもしれないけれど、レオンおじ様も昔の旭光の青鹿亭に思い入れが強いみたいだし……。あぁ、お母様はどこまでご存じなのでしょう。本当に大丈夫なの?)


 レティシアは、料理店開店に不安が尽きなくなっていたが、多方面に目を配り、いつも的確な判断を下すヘルミーネが納得しているのであれば、きっと自分が知らない何かがあるのだろうと、無理やり納得することにしたのだった。



時間が思うように取れず、なかなか更新できませぬ……。

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