142話:「皇帝の危機」
時は白いフード付きの外套を来た人物が女性冒険者二人から逃げるために路地裏へと逃げていく少し前に遡る。
ドライゴン帝国皇帝、アリシア・ティル・ドライゴンは現在、自らが統治する王都ガルヴァスのとある大通りの一角にいた。
(今思うと、こうして王都を歩くなんてなかったから少し新鮮な気分だわ)
普段の言葉遣いとは打って変わって、年齢に適した言葉遣いをアリシアは心の中で呟く。
日々の生活を城の中で過ごしていることもあり彼女はガルヴァスの街並みをあまり見たことがなかったのだ。
そう思うと彼女は感慨深い思いに浸りながら自分のお膝元というべき街を見て回った。
行き交う人は活気に満ち溢れ、店を営む者は商売に勤しみ、初めてこの都市を訪れたであろう者は期待に満ちた目で
目的地に向かって歩いてゆく。
(とってもうるさくて騒がしいけど、なんだか心地のいい感じがするわね)
そんなことを思って歩いていると突然後ろから声を掛けられる。
「よぉ嬢ちゃん、あんた一人かぃ?」
「良かったら、お姉さんとイイ事しない~?」
振り返るとそこには冒険者の風体をした二人組の女性が立っていた。
腰には使い古された片手用の剣が下げられており、冒険に必要なものを収納するための小さなポーチも装備していた。
着慣れているヨレヨレのシャツからは大人の女性らしい膨らみが主張され、冒険者らしく一般の女性よりも
筋肉質な身体をしており、野性味あふれる妖艶さを醸し出している。
二人とも目つきは鋭いものの目鼻立ちは整っており美人と言えば美人だがその顔つきはいやらしい笑みがこぼれており
何処となく嫌な予感を感じさせた。
「いや、先を急ぐので遠慮するのじゃ」
「そんなつれない事言わずにいいじゃないかぁ」
「お姉さんたちが可愛がってあ・げ・るっ!」
踵を返しその場から去ろうとするアリシアの手を掴み、彼女を押し止めようとする。
そこで彼女たちのただならぬ雰囲気を見て理解してしまった。
この世界は大和が元居た世界とは貞操観念が逆転している。
通常男が女を口説くところをこの世界では女が男を口説くのが常識となっているのだ。
同じように男が男を好む男色家という特殊な性癖を持つ者がいるのなら
この世界には女が女を好む女色家という者がいても不思議ではない。
まあ大和の元居た世界でも同性愛者という存在は少なからずいるのだが
この世界の同性愛者という存在は主に女が女を好むというのが一般的だとされている。
アリシアは目の前の女性二人がその類の人間だという事をすぐさま看破した。
そして、このままでは自分の身が危ういと感じた彼女は掴まれた手を払いのけると一目散に逃げだした。
「あっ待てこら!」
「逃がしゃしないよ!」
掴んだ腕を払われ逃げていくアリシアをまるで獲物を追いかけるハンターの目つきで追いかけてくる。
そのねっとりとした雰囲気のそれはアリシアに性的不快感を与えるのには十分な効果だったらしく思わず身を震わせる。
捕まれば自分の身体が蹂躙されることを理解している彼女はわき目も振らず必死に走った。
しばらく逃げ続け、とある路地へと無我夢中で逃げ込む。
そこは普段人通りの少ない裏路地のような場所であり、建物に遮られ日当たりもよくないところだ。
アリシアはひたすらに、ただただひらすらに自分を毒牙に掛けようとする二人の女性から逃げ惑った。
だが不運にも行きついた先はそれ以上先のない袋小路、行き止まりだ。
そこは三方を高い建物が覆っており登る場所など皆無に等しい。
そう思って踵を返そうと振り返るとそこにはもうすでに彼女たちが追いついてきてしまっていた。
「はあはあ・・・・・・手こずらせやがってもう逃げらんねえぞ!」
「大人しくあたいらのもんになりな!」
このあとの顛末を想像しているのか、いやらしい獣のようなニヤケ顔を張り付けながら一歩また一歩と近づいてくる。
(どっどうしよう・・・・・・このままじゃあたし・・・・・・)
震えた小動物のように女性冒険者が一歩近寄ると一歩下がる。
だが残念なことに後方は逃げ場のない袋小路、その距離が開くことは決してない。
アリシアと彼女たちの距離がもうほとんどなくなってしまい建物の壁際まで追いつめられると
女性冒険者の一人がアリシアの顔のすぐ横の壁に勢い良く自分の手をつきながら少し艶のある声で話しかけてくる。
「そんなに逃げなくたって大丈夫痛いことは何もしないさ。 お互いに気持ちいい事しようじゃないかぁ~」
彼女がそう言い放つと壁についた手とは反対の手で深くかぶったフードを剥ぎ取ろうと手を伸ばした刹那―――。




