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第二十二話

七月に入り、ようやく梅雨が明けるかと思われる木曜日に悟仙は足の短いテーブルに座り、向かいにいる姉の葉子が作った夕食を食べていた。

すると、葉子が思い出したように口を開いた。


「あ、来週あんたと私でおばあちゃんの家行くわよ。多分泊まりになるわ」


「嫌だね。俺は行かないよ。ていうか姉貴、俺が行きたがらないのは分かってるだろ?」


悟仙が箸を止めて言うと葉子は溜め息を吐いた。


「あんたねぇ、私だってそれは知ってるけど偶にはおばあちゃんに顔見せなさい」


「顔を見たがってるなら行ってもいいけど、それは無いだろうな。だから行かない。親戚同士の繋がりなんて俺には」


「関係ないんでしょ。それは知ってるけど、今回はダメよ。みんな集まるみたいだからね」


セリフを遮られた事を不服に思ったが、葉子に対して申し訳なさを感じた。


悟仙達の家系は昔から親戚同士の繋がりを重んじるようで、よく悟仙の祖母の家に集まることがある。悟仙の両親は海外に行く前は月に一回は祖母の家に顔を出していた。悟仙も昔はよく行っていたが、今は全く行っていない。


葉子は先に食べ終えたようで、食器を持って立ち上がった。そのままキッチンの流しまで持って行くと思ったが、葉子は不意に立ち止まると含みのある笑みを浮かべた。


「まぁ、無いと思うけどあんたに何か用事があるなら別よ?」


そう言って立ち去る葉子を軽く睨みながら考えを巡らせる。

悟仙が脳裏に腐れ縁の顔を思い浮かべていると葉子がその思考を先読みしてきた。


「あっ。竜二くんに頼んでもダメだからね?」


「分かってるよ」


竜二以外には頼れる奴はいないな。


悟仙がそう考えていると、いつも何かと頼ろうとして悩みにならない悩みを打ち明けてくる大きな目を持った同級生を思い出した。


「初めてあいつが使えるかもしれないな」


悟仙はほくそ笑みむと、残りの夕食をかきこんだ。






翌日の放課後、悟仙は文芸部の部室で、昨夜考えた案を見直してみた。

しかし、思い出すと昨夜はたいした案が浮かばなかった。悟仙は自分が無愛想であると自覚している。そんな悟仙が例えば遊びに誘ってみても、相手は戸惑うだけだろう。


「どうかしたんですか?」


いつも通り向かいに座る麻理が不思議そうにのぞき込んでくる。

悟仙は未だに男子からの人気が衰えない麻理の顔をまじまじと見ながら再び思考する。昨夜クラスの男子を誘うことも考えたが、悟仙はクラスの男子とそこまで仲良くないと思っている。よく話す人もいるが、親しいという訳ではない。そんな人を遊びに誘っても了承を得られるか分からない。それに、昨夜葉子から「もし用事があるなら、その相手を連れてこい」という条件を出された。なので、無理矢理誰かを連れてきても鋭い姉にばれてしまうだろう。


「あの、さっきからぼーっとして、何かあったんですか?」


悟仙が改めて問題の難しさを痛感していると、見かねた麻理が聞いてきた。


「いや、何でもない」


「本当ですか?何かあるなら出来る限り力になりますけど」


悟仙は麻理に全てを話して協力を頼もうと思ったが思いとどまった。全てを話して麻理を連れてきても、きっと葉子は感づくだろう。


すると、部室のドアが開き竜二と夏子が入ってきた。


「遅かったね。どうしたの?」


麻理が悟仙から二人に目を移す。敬語じゃないということは夏子に言っているのだろう。悟仙の予想通り夏子が竜二を睨みながら口を開いた。


「また竜ちゃんが数学の追試になったのよ。それで、あたしが教えてあげてたの」


そう不満を隠すことなく言う夏子は竜二が言うには成績は良い方らしく、麻理はその夏子より遥かに優秀だそうだ。竜二は頻繁に数学の追試をくらっているが、苦手なのは数学だけでその他の科目は割と良い。

ちなみに悟仙は竜二と変わらず学年の中の上ぐらいだ。


「竜ちゃん、期末試験が来週から始まるのにそんなんで大丈夫なの?」


「大丈夫だろ。この前の中間も何とかなったし」


あっけらかんと言う竜二に夏子が抗議の声を上げる。


「そんな事言うけど、土日にしっかり勉強するんでしょうね?竜ちゃんが勉強しないっておばさんいつも言ってるわよ!」


「する!するよ!」


夏子の勢いに竜二が怯みながらも頷く。しかし、夏子は信じていないらしく、尚も詰め寄った。


「いいや。信用できないわ!土日はあたしとみっちり勉強するのよ!」


「え!?でも、お前の勉強だってあるだろ?」


「それは大丈夫!……だと思う」


竜二の指摘に夏子は言いよどむ。

そこで今まで黙っていた悟仙は妙案を思いついた。これを使わない手はない。


「じゃあ、ここにいる四人で勉強するのはどうだ?それで皆で教え合いながら勉強すれば効率も良いし、九条の負担も減るだろう」


悟仙がそう提案すると三人が目を丸くして驚く。

暫く無言が続いたが、麻理が沈黙を破った。


「どっどうしたんですか?陸奥くんがそんな事を言うとは思いませんでした。なんて言うか、意外です」


確かに意外だろう。悟仙もこういう事が無ければこんな提案していないだろうと思う。


「まぁ、俺も意外だと思うが嫌か?」


聞くと麻理はぶんぶん首を振った。


「嫌じゃないです!とても良い提案だと思います!」


「そうか、竜二と九条はどうだ?」


二人に目を向けると竜二と夏子は同時に頷いた。


「いいんじゃねえか?」


「そうね。悪くないと思うわ。麻理に教えて欲しい事もあるしね」


「じゃあ、決まりだな。場所はどうする?」


聞くと竜二が手を挙げた。


「俺んちでいいよ。教えてもらうのも俺がほとんどだと思うしな。ていうか悟仙、お前えらく積極的だな。何かあるのか?」


「偶にはそういう時もあるんだよ」


何か無いと積極的になってはいけないのか。少し腹が立つが何も言わなかった。


悟仙は最後の詰めをするために麻理に目を向ける。


「井上、竜二の家の場所知らないだろ?」


「いえ、なっちゃんの家の近くと聞いているので分かると思います」


悟仙は自分の計画の甘さに歯軋りした。竜二と夏子の家が近いことを失念していた。

ここまできて失敗する訳にもいかないため、瞬時に思考を切り替え、次の案を口にする。


「そうか。俺は竜二の家を知らないんだ案内してくれないか?」


「は?悟仙、お前俺んち来たことあるだろ?」


「忘れたんだよ。そりゃもうさっぱりとな」


精一杯の真摯さを目に宿らせて言うと、竜二は渋々頷いた。


それを確認したあと、その目を真摯さを込めたまま麻理に向けた。


「だから、悪いが俺の家まで来てくれないか?」


言うと麻理は大きな目を泳がせてこれ以上無いほど慌てふためいた。


「へ?あっと、え?わっ分かりました。行きます」


「助かる」


麻理の返答に、心の中でガッツポーズしていると、麻理が真剣な顔を近づけて最近覚えたであろう言葉を口にした。


「でも、陸奥くん。『貸し一』ですからね」


悟仙はその言葉に不穏なものを感じながらも頷いた。








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