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第二十話

「どっどうしてそれを!?」


突然大きな声を出して立ち上がった宮田を見て、麻理は少々面食らうと同時に自分の予想が当たっていることに気づいた。


麻理は人は色々なことを偽って生きているものだと思っている。誰もが正直に自分を偽らずに生きていたら、人と協力する事など叶わないだろう。

かく言う麻理も、男子には敬語を使っているので本来の自分を偽っていると言える。


しかし、麻理は近しい人達になら自分を偽らず仮面を外したそのままの自分み見せてもいいのではないかとも思っている。


そう考えると、麻理に仮面を付けたまま接する宮田と一緒にいて楽しいと感じるはずがない。それに、麻理は宮田の本性を林間学校の時に垣間見ているため宮田の仮面を外した素顔など見たくもなかった。そんな宮田を好きになるはずがない。


そんな事を考えていたため宮田がこちらに手を伸ばしていることに気づかなかった。


「どうしてそれがわかった!?どうして俺を好きにならない!?」


麻理は本性を隠さずに叫ぶ宮田に両肩を掴まれ、激しく揺さぶられた。何とかして手を離そうと宮田の腕を掴むが麻理の細い腕ではびくともしない。


麻理が男の力に驚愕してされるがままになっていることに気付いた宮田が嗜虐的な笑みを浮かべる。


「痛っ!」


麻理が宮田の指が食い込んだ両肩に痛みを感じ、身を捩ったがそれでも離れない。


麻理が痛みで目に涙を浮かべていると揺れる視界を誰かの腕が横切った。


「おい。その辺にしとけよ」


ようやく視界の揺れが止まり腕が横切った方を見ると悟仙が少し長めの前髪を風に揺らしながら、宮田の腕を掴んでいた。


「っ!何だよ。お前には関係ないだろ」


宮田が麻理の肩から離して、悟仙を睨みつけながら言う。

悟仙は宮田の睨みに少しも怯む様子なく溜め息を吐いた。


「あのな、それなら俺に仲介人なんて頼まないでくれ。本当なら俺だって無関係でいたいんだ」


「じゃあ、もう頼まない。帰ってくれ!」


呆れたように言う悟仙に宮田が叫ぶ。

麻理は口ぶりからして悟仙が帰ってしまうだろうと思い背筋に寒気が走った。悟仙が帰りこのまま宮田と二人で話をすることなんて絶対に有り得ない。何をされるかも分からないし、それにどうしてか、悟仙だけにはここで帰って欲しくなかった。


すると、麻理の願いが通じたのか悟仙は首を振った。


「嫌だね」


事もなげに言う悟仙に宮田は顔が真っ赤になるが、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせていた。


「どうしてだ?」


声を押し殺して言う宮田に対して、悟仙はニヤリと笑った。


「どうしてだと思う?」


宮田は馬鹿にされたと思ったのか、何かを吐き出すように早口でまくし立てた。


「お前はっ!お前はいつも何でも分かったような事言いやがって!そういう所が気に食わないんだよ!このまま帰らずに俺を力ずくで止めるつもりか?弱っちいくせに!」


唾を飛ばして罵声を浴びせる宮田に悟仙は肩を竦めた。


「何でも分かっているつもりはないが、俺が弱いことは当たってるな。周りの人間の強さなんて興味ないが、弱い方だろうな」


麻理はその言葉に首を傾げた。悟仙は自分が喧嘩などに弱いと言っているのだろう。しかし、麻理の肩を掴む宮田の腕を止めたのは悟仙だった。あの時宮田は完全に我を忘れており、悟仙に止められたから麻理を揺さぶるのを止めた訳ではない。悟仙が自分で止めたのだ。

それなのに弱いとはよく分からない。力の強さで喧嘩の強さが決まるのか、殴り合いの喧嘩をしたことがない麻理には分からないが悟仙が喧嘩に弱いとはどうしても思えない。


しかし、それを聞いた宮田は言葉通りに受け取ったのか、不敵な笑みを浮かべた。


「それじゃあ、そこで見とけよ。俺は好きなようにさせてもらう」


そう言って、宮田はもう話をするつもりはないのか再び手を伸ばしてきた。その目は厭らしく麻理の柔らかそうな肢体を這いずり回っている。

麻理が宮田の目的に気付いて金縛りにあったように動けずにいると、悟仙が麻理の腕を掴んで力強く引き寄せた。


「きゃっ!」


麻理は突然のことに目を白黒させながら小さな悲鳴を上げるが、手を引いたのが悟仙だと分かり安堵した。

しかし、悟仙の喉の動きも見える位置まで近付いている事に気付いて顔が熱を持ち始める。

悟仙はそんな麻理の様子に気付かずに宮田に冷めた視線を向けた。


「お前、少し頭を冷やしたほうがいいぞ」


「うるせえ!そいつを返せ!」


落ち着いた悟仙の声に宮田がわめき散らした。

麻理は悟仙の制服の袖をきゅっと握った。


少しだけ、勇気を頂戴ね。


「宮田くん、私はあなたの恋人になるつもりはありません。はっきり言って、私はあなたのことが嫌いです。どうかお引き取り下さい」


「なっ!てめぇ!悟仙お前麻理ちゃんに何言った!」


麻理の発言が悟仙によるものと勘違いした宮田がそう叫ぶ。


「何も言ってねぇよ。だが、お前は帰ったほうがいい。周りを見てみろよ。元々俺はそう言うつもりで帰らなかったんだ」


悟仙に促され周りを見てみると下校途中の生徒がこちらを伺っていた。

それを見た宮田の顔が一気に青ざめる。


「お前、皆が見てるって分かっていたのか…………」


「だから、どうしてか聞いたんだろうが」


うなだれる宮田に悟仙が言う。その表情はいつになく冷ややかだ。


宮田はうちの学校では有名だ。林間学校が終わってからの女子の人気は鰻登りである。そんな有名人が中庭で乱闘騒ぎでも起こせば噂はすぐに広まるだろう。

ただでさえ宮田は仮面を着けてでも人気を欲しがっていた。そういうことは絶対に避けたいだろう。


「まぁ、周りに見られてもいいなら俺を殴ればい」


「そうか」


そう言って宮田はゆらりと拳を振り上げるとそのまま悟仙の顔にそれを振り下ろした。

骨同士がぶつかったような鈍い音がなり悟仙が少しよろけた。

どうやらまともに殴られたようだ。


「これで、許してやる」


宮田は最後に吐き捨てるように言って中庭を去った。


「陸奥くん!」


麻理が慌てて駆け寄ると悟仙がぽつり呟いた。


「まさか、本当に殴るとはな」


そう言った悟仙の顔はいつもの眠そうなものに戻っていた。





☆☆☆





「まさか、本当に殴るとはな」


悟仙はそう言って一つ息を吐いた。


「すみません。私のせいでこんなことになってしまいまして」


「いや、あんたのせいじゃないだろ」


「井上麻理です」


申し訳なさそうに俯く麻理にそう言ってやると訂正された。こういうところ、麻理は意外と潔癖なのかもしれない。


「でも、私が宮田くんにちゃんと自分の気持ちを伝えていれば、こうはならなかったと思います」


麻理はそう言って自分を責める。悟仙は損な性格だと思った。


「宮田が勝手に動いた事だ。あん、井上一人じゃどうしようもなかったんだから仕方ないだろう」


「私が一人でどうにかしようとしたのが悪かったんですね」


どうしてそうなると思ったが強ち間違っていない。協力者がこうはなっていなかったかもしれない。


「まぁ、そうかもな。前にも言ったが、井上は一人で何でもしようとする節がある。この前言った通りそういう時はちゃんと誰かに言ったほうがいい。勿論、俺いが」


「はい、これからはちゃんと言う事にします!」


「そ、そうだな。その方がいい」


悟仙は突然大きな声で遮られ少々面食らうが、何とかそう返すと麻理が元気よく言った。


「今度からはちゃんと言う事にします!陸奥くんに!」


「おい、俺以外にしろと言っただろ。俺はお前の悩み何ぞ解決する気もないし、できない」


麻理の訳の分からない発言にきっぱりと言ってやると麻理は不思議そうに首を傾げた。


「悩みを解決して欲しいなんて言ってませんよ?ただ聞いて欲しいだけです」


「そんな事なら俺じゃなくてもいいだろ?俺には関係な」


「関係なくていいんです!私が勝手に話すだけですから!」


麻理は膨れっ面でそう言う。悟仙は拒否する方が面倒だと思い、渋々頷いた。


「分かったよ。勝手に話してろ」


そう言うと麻理は膨れっ面から一転満面の笑みになった。


「はい!よろしくお願いしますね。陸奥くん」


そう言って夕陽に照らされながら柔らかく笑う麻理の姿を見て、悟仙は昔刺さった数多くの棘の一つが抜けた気がした。



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