其の五「クラゲと怒り」
「行くぞリルカッ!」
『――――おう!』
剣を構え、白井目掛けて俺は駆け出す。
もう迷わない。もう逃げない。久美姉も、白井も、俺が助けるんだ!
「ユルセナイ……ユルセナイッ!」
白井は憎しみに満ちた声音でそう言うと、右腕を俺目掛けて伸ばした。俺はその右腕を弾くようにして――剣で切り裂いた。
「ギィィィィィッ」
白井の奇声と共に、切り離されたロープ状の右腕が地面へ落下し、ビクビクと痙攣するように蠢いた。白井は右腕を元の長さに戻すと、再び奇声を発した。白井の右腕からは止め処なく血が流れ、地面に血溜まりを作っている。
「くッ……!」
目を背けたくなるのを堪え、剣を構えて白井を凝視していた時だった。
「ハァ……ァァァァァッ!」
奇怪な音を立てて、白井の右腕から更に大量の血が一気に放出された。
『なんだ……!?』
リルカが声を上げる頃には、白井の出血はピタリと止まっていた。その代わりに、切断されたハズの右腕はまるで生えてくるかのように再生していく。
「嘘だろ……ッ!?」
俺が驚愕の声を上げた頃には、切断したハズの白井の左腕は完全に復活していた。
白井は復活した左腕を見つめ、確かめるように握ったり開いたりしている。
「天海君……」
不意に聞こえたのは、白井の声だった。魔人化した後の、ボイスチェンジャーで変換されたような不自然な声ではない。人間としての、白井の声だった。
「白井!」
「天海君……私を見て」
両手を広げ、白井は俺の元へゆっくりと歩み寄って来る。それに対して俺は、警戒を解かずに剣を構えた。
「私だけ、見て」
俺と白井。人と魔人。
白井が人へ戻れないなら、戦うしかない。
破壊衝動から解放するためにも、戦うしかない。
「殺す罪は、俺が背負う」
言い聞かせるように、俺はそう呟いた。
「天海君、好きだよ」
ニコリと。白井が笑ったように感じた。
「天海君は私のこと、嫌い?」
首を傾げて、白井は問うた。それに対して、俺は首を左右に振った。
「そっか。ありがとう。じゃあ――」
来る。と、咄嗟に判断した。
「イッショニ、イコ」
白井は右腕をロープ状に変化させて、俺目掛けて勢いよく伸ばす。伸ばされた右腕を剣で弾き、そのまま白井目掛けて駆ける。
白井は右腕を弾かれた勢いのまま身体を右にそらすと同時に、ロープ状へ変化させた左腕を俺へと伸ばしてくる。
「キアッ!」
白井の奇声が、俺の耳をつんざいた。
『クラゲ、伏せろっ!』
リルカの指示通りに俺が伏せると、その頭上を白井の左腕が通過する。俺は伏せた勢いのまま前転し、白井との距離を詰める。
剣の切っ先を白井に向け、胸元へ突き立てようとするが、それは白井の蹴りによって阻止される。
「ぐッ……ッ!」
白井に腹部を蹴られた俺は呻き声を上げつつ数歩後退した――その時だった。
伸ばされた白井の右腕が、俺の左足へ巻きついた。
『く、クラゲっ!』
リルカの声が聞こえたのとほぼ同時に、白井は俺の左足へ巻きつけた右腕を高く振り上げた。魔人化しているせいか腕力が数倍にもなっているらしく、俺の身体はそのまま吊り上げられる形になる。
「クラゲ君っ!」
「来るなッ!」
今来たら、サバトまで戦いに巻き込まれる。俺は駆け寄ってこようとしたサバトを大声で制止した。
「キィァァァアアッ!」
奇声と共に、白井は右腕を思い切り振り下ろした。背中から地面へ激突し、その衝撃で、俺は一時的に意識を手放した。
天海月人は、地面に叩きつけられたまま動かなくなった。背中から地面へ激突した彼は、恐らくそのまま意識を失ったのだろう。
「嘘……クラゲ君……?」
サバトの悲痛な声に、月人はおろかリルカすら答えなかった。
「ユルサナイ……」
そう呟きつつ、白井はゆっくりとサバトの方――否、サバトの後ろにいる久美子の方へと近づいていく。
「くっ……!」
やむを得ない。といった表情でサバトが身構えた――その時だった。
「待てよ、おい……」
聞こえたその声に、サバトも白井もとっさに同じ方向へ視線を向けた。
剣を杖のようにして、よろめきながら月人が、天海月人が立ち上がった。
「まだ……終わってねェぞ……」
「あれ、ここは?」
気がつくと、俺は教室にいた。窓からは夕日が差し込んでおり、教室を赤く染めていた。席に座って机にうつぶせになっていることから察すると、どうやら俺は教室で眠ってしまっていたらしい。
「おはよう、天海君」
不意にそんな声がして、顔を上げるとそこには一人の少女――白井がいた。俺の前の席に座り、俺の方を向いてニコリと微笑んでいる。
「お、おう……」
「グッスリ寝ちゃってたよ」
「そう、みたいだな……。今何時だ?」
俺の問いに、白井はわからない、とだけ答えた。
「何言ってんだよ。教室には時計あるだろ」
そう言って教室の中を見渡すが、時計らしきものは一切見当たらなかった。そのことに首を傾げていると、白井は突然悲しそうな顔をして、ごめんね、と呟いた。
「何がだよ?」
俺の言葉に、白井は答えない。
「おい、どうしたんだよ」
「いっぱい迷惑かけて、ごめんね」
白井の瞳に、涙が浮かんだ。
「こんな私を、助けようとしてくれて、ありがとう」
「おい、何言い出すんだよ……! 意味わかんねえよ! おい!」
白井の両肩を掴んで揺さぶるが、白井は何も説明しようとしなかった。
「背負わせちゃって、ごめんね」
瞳に涙を浮かべたまま、白井は無理に微笑んで見せた。
「し、白井……?」
徐々に、白井の姿が薄れていく。少しずつ、少しずつ薄れていって、段々透明になって、後ろの景色が見えるようになって。
「おい、白井! 消えんなよ! おい!」
必死に手を伸ばしても、俺の手は空を掴むだけだった。
「白井ーッ!」
彼女の姿が完全に消えると同時に、俺の意識も薄れていった。
剣を杖のようにして立ち上がり。白井へ視線を据えると、俺は剣を構えた。叩き落された衝撃で、背中だけでなく身体の節々が痛い。少し動くだけでも痛みが走る。
『クラゲ……大丈夫なのか!?』
「ああ……なんとか、な」
この程度の苦痛が何だ。白井はもっと、苦しんでる。
「おおおおおおぉぉぉぉッ!」
自分に活を入れるように叫び、俺は白井目掛けて駆け出した。
「キ……キァァァァッ!」
白井は奇声を上げると同時に両手を広げ、それを合わせるようにして両手を前に突き出す。と、同時に両腕がロープ状へ変化し、俺の方へ伸ばされる。
「おおッ!」
身をかわし、伸ばされた両腕を避けると同時に剣を振り上げ、俺は白井の両腕目掛けて思い切り振り下ろした。
まるで包丁で野菜を切るかのように、白井の両腕は切り裂かれた。ボトリと音を立てて地面へ落ちた両腕は、血を流しながらピクピクと痙攣している。
『今だっ!』
「わかってるッ!」
両腕を元の長さに戻し、先程と同じように再生させようとしている白井まで素早く接近する。
剣を振り上げた瞬間、迷いがあった。白井の声、白井の仕草、白井の笑顔。今までに見てきた色んな白井が頭の中を駆け巡り、俺を一瞬だけ惑わせた。
――――背負わせちゃって、ごめんね。
「うわあああッ!」
迷いを振り切るかのように絶叫し、俺は剣を――白井へ振り下ろした。
ザックリと。白井の左肩から腰にかけてが、剣によって切り裂かれる。噴き出した鮮血が、俺の顔を、服を、剣を赤く汚した。
「ァ……ァァ……ッ」
切り裂かれた白井は、ビクビクと痙攣しながら呻き声を漏らした。再生するのは腕だけらしく、切り裂かれた白井の胸部は再生しようとしなかった。
『やったの……か?』
リルカが呟くと同時に剣から光が溢れ、剣はリルカの姿へと戻り、俺の隣に立っていた。
「多分、な……」
俺がリルカへそう答えるのと同時にゆらりと揺れ、そのまま後ろに倒れ込んだ白井の身体へ駆け寄り、俺は白井の身体を抱き寄せた。
彼女の身体は、冷たかった。
「白井ッ!」
俺の腕の中で、白井の身体は魔人へ変化する時と同じように、ぐにゃぐにゃと変形していく。
やがて、その姿は魔人から人間――白井佑香のものとなった。
「天海……君……」
掠れた声で、白井はそう言った。彼女の胸からは止め処なく血が溢れ続けている。恐らく、意識を保っているのがやっと、といった状態だろう。
「私……ね」
もう、喋るな。これ以上喋れば――いや、喋らなくても同じだった。彼女はもう、助からない。リルカで殺された魔人は、水となって地面へと染み込む。何も、残さずに。
白井だって、例外じゃない。
「天海君のこと……好き」
ニコリと。彼女は俺に微笑んで見せた。
怖くて、辛くて、痛くて、苦しくて、どうしようもないハズなのに、白井は俺に無理矢理微笑んで見せた。
「そう……か」
気の利いた言葉も返せず、当り障りのない言葉を選んだ自分がもどかしかった。
白井は無理に微笑んだまま、俺の胸の中にそっと顔を埋めた。
「やっと……言えた」
掠れているのに、苦しそうなのに、痛そうなのに、その声音は……どこか幸せそうだった。
「ずっと……好き、だった……よ。覚えて……ないかも……知れないけど、小……学生の、時から……ずっと」
「小学生の時……?」
「うん……ぬいぐるみ……探して、くれた」
ぬいぐるみ。
小学生の頃、忘れ物を学校へ取りに行った時に、泣いている女の子に出会った。大切なぬいぐるみをなくして、困り果てていた彼女のぬいぐるみ探しを手伝ったことを、今でも薄らとだが覚えている。
あの時の女の子は、白井だったんだ。
「ごめん……忘れてた」
「うぅ……ん、気に……しないで……それより……」
白井は俺の胸から顔を離し、微笑んだまま俺の顔を真っ直ぐに見据えた。
「嘘でも……良いから……私のこと、愛してるって……言って」
白井の言葉に答えるまで、数秒の逡巡があった。
「…………ごめん」
俺の言葉に、白井は一瞬寂しげな表情を見せたが、やがて先程までと同じように微笑んだ。その微笑みは、さっきより少しだけ弱々しかった。
「そういう……正直な所も……好きだっ……た」
ゆっくりと、白井の身体から力が抜けていく。
身体はよりいっそう、冷たくなっていた。まるで、水のように。
「天海……君……ありが……とう」
その言葉を最後に、白井の身体からは完全に力が抜けた。と、同時に――
大量の水が、俺の腕を濡らした。
残っているのは、血と水の混じった水溜りだけだった。
「白……井……」
虚無感と、喪失感。その二つを腕に残したまま、俺は彼女の名前を呼んだ。
「白井……」
目頭が熱くなるのを感じると同時に、俺は空を見上げた。真っ暗な夜空に、点のような星が輝いている。
涙が、俺の頬を温かく濡らした。
「クラ……ゲ……」
リルカの言葉に返事もせず、俺はただ咆哮した。
言葉にもならないような声を、ただただ喉が張り裂けんばかりに発した。
「クラゲ……」
どう声をかければ良いのかわからない。そんな感じの表情で、リルカは俺をジッと見つめていた。
「視線はずっと……感じてんだよッ!」
ギシリと。歯が軋んだ。
「どっかで見てんだろクソ野郎がッ! テメエがさっきからずっと見てんのは知ってんだ! 黙って見てねえで出てこいよコラァッ!」
俺が怒号を上げると同時に、体育倉庫の方からパチパチと拍手の音が聞こえた。
体育倉庫の裏からゆっくりと、背の高い人影が現れ、拍手を続けながらこちらへと歩み寄って来る。
「いやぁ、実に感動的でした。もう少しでもらい泣きしてしまうところでしたよ」
こちらへと歩み寄って来るその男を、俺とリルカは驚愕の表情で凝視した。
「な……ッ!」
その顔には、見覚えがあった。
「君には、こっちの喋り方の方がわかりやすいかな?」
口調を変え、男は微笑んだ。
眼鏡をかけた、黒いスーツの男性。手には黒いバッグを持ったまま、今も尚拍手をし続けている。
「さっきからずっと見てたけど、君だったんだねぇ、僕の増やした魔人を片付けてたのは」
「誰……だよ、アンタ……ッ」
わかっていた。
その男が何者なのかなんて、俺は何ヶ月も前から知っていた。
「あれ? まだ自己紹介してなかったっけ? そんなことないよね。だって隣に住んでるんだし」
校倉喜久夫。
俺の家の隣に住んでいる、大学生だった。
「おや、君は……」
驚いたような表情で、校倉が視線を向けたのはサバトだった。
「貴方ね……この町で魔人を増やしていたのは……!」
「結社から派遣されたというのに、全く仕事をしていないみたいじゃないか。一般人に任せっ切りというのは……どうかと思うよ」
「私は貴方とそんな話をしたいんじゃないの……。クラゲ君、コイツのさっきの話……聞いてたでしょう?」
――――君だったんだねぇ、僕の増やした魔人を片付けてたのは。
校倉が、魔人を増やしていた……。だとすれば、コイツは――
「この男は、この町の人間を魔人化させていた犯人よ」
ニヤリと。校倉が厭な笑みを浮かべた。
「そうだ。この町の人間に魔湖の水を注入し、魔人へ変えていたのは――この僕だ」
「何で……何でそんなことを……ッ!」
「わからないのかい?」
校倉は俺へ嘲りの視線を向け、フン、と鼻を鳴らした。
「良いかい? 僕達魔人は君ら人間を超越した生命体だ。僕はね、君達人間を魔人へ『進化』させていたんだよ。感謝こそされても、恨まれる筋合いはないなぁ」
「ふざけんなよ……ッ! 何が進化だッ! アンタ、自分のやってることが正しいとでも思ってんのか!?」
「正しいに決まっている。こんなに強大で素敵な力を与えることの何が悪いというんだい?」
魅せられていた。
この男は完全に、魔人の強大な力に魅せられていた。何を言っても伝わらないのは、最早当然とさえ言える。
「狂ってる……貴方は、魔人の力に魅せられているだけよ!」
「嫌だね。弱者の僻みは」
クスリと。校倉は笑みをこぼした。
「弱くないっ! サバトもクラゲも、全然弱くないぞっ! 弱いのは、魔人の力に囚われているお前の心だっ!」
キッと校倉を睨みつけ、先程まで黙っていたリルカが校倉を怒鳴りつけた。だが校倉はそれに動じる様子もなく、笑みを浮かべるだけだった。
「一つ……聞かせてくれ」
「何だ?」
ゆっくりと歩み寄り、俺は校倉の眼前でピタリと止まった。
「白井を魔人にしたのは、お前か」
「答えるまでもない。彼女も当然僕が――――」
校倉が言い終わらない内に、俺は右拳を校倉の顔面へ叩き込んでいた。鈍い音と共に、校倉の身体が後方へ吹っ飛んだ。
「クラゲ!?」
「クラゲ君っ!?」
校倉はゆっくりと立ち上がると、俺をギロリと睨みつけた。
「絶対許さねェ……」
「……しょうがないな」
校倉が吐き捨てるようにそう言った。と、同時に、校倉の身体はぐにゃぐにゃと変形を始める。膨張と縮小を繰り返し、全く別の姿へと変形していく。
真っ白な、身体だった。闇の中でもハッキリと見える程に、白い身体だった。体毛も何もなく、頭部には、まるでのっぺらぼうのように顔がなかった。手足も華奢で、女性と見紛う程に細い。ほとんど装飾のない、今までの魔人と比べると逆に異質な姿をした魔人だった。
校倉は確かめるように右手を握ったり開いたりすると、こちらへ顔を向けた。
「リルカァッ!」
「おうっ!」
俺の声に答え、リルカはこちらへ駆け寄って来る。すぐにリルカを抱き寄せ、その唇へ自分の唇を素早く重ねた――瞬間、辺りを眩い光が包む。
「行くぞ……校倉ッ!」
俺の右手には、剣が握られていた。
校倉は俺の言葉には答えず、まるで挑発するかのように俺へ指を向け、くいくいと動かした。
「おおおおッ!」
『クラゲ! 挑発に乗るな! 相手のペースに呑まれるぞ!』
リルカの声も聞かず、俺は雄叫びを上げて校倉目掛けて突進し、校倉へ剣で切りかかる。が、校倉はそれをひらりとかわし、俺の顔面へ裏拳を叩き込んだ。
「ぐッ……!」
後ろへそのまま倒れそうになるのを無理矢理踏ん張り、俺は数歩後退して剣を構え直す。
「ほぅ」
感心したような声を上げる校倉へ、俺は前進しながら剣を横へ薙いだ。校倉はそれを数歩だけ退いてかわすと、前のめりになり、俺の顔面を右手で思い切り掴んだ。
「握り潰そうか?」
余裕のある声音で、校倉はそう言った。その顔に口があれば、ニヤリと笑みを浮かべていたことだろう。
右腕を振り上げ、俺は剣を校倉へ振り下ろそうとしたが、その右腕はガッシリと校倉の左手によって掴まれた。
「クッソ……ッ!」
悪態を吐き、左手で校倉の右腕を掴む。何とか引き離そうと引っ張るが、校倉の――魔人の腕力には素手じゃ適わない。
「クラゲ君っ!」
不意に、サバトが校倉へ駆け寄った。
『サバトっ!?』
サバトは校倉の右側に回り込み、校倉の顔面目掛けて、右拳を突き出した。
「む……?」
すかさず、校倉は俺の顔面から手を離してサバトの右拳を右手で受けると、身体をサバトの方へ少し向け、サバトの腹部に蹴りを叩き込む。
「うっ……!」
サバトは呻き声と共に、その場へ崩れた。
「テメエッ!」
校倉の腹部目掛けて、俺は左足で回し蹴りを叩き込む。少しは効いたのか、校倉は少しだけ体勢を崩した。その拍子に緩んだ校倉の左手から、俺はすぐさま右手を逃がした。
素早く距離を取り、剣を構え直して俺は校倉を睨みつける。
「サバト! 大丈夫か!?」
サバトへ視線を向けると、既にサバトはよろめきつつも立ち上がっていた。
「……大丈夫」
『良かった……』
サバトが無事だとわかると、リルカの安堵した声が聞こえた。
「二対一……いや、正確には三対一か」
余裕のある声音で、校倉は言った。
「魔力のない魔女と、剣を持っただけの一般人……。なるほど、この数はハンデってことかな」
そう言って、校倉はクスリと笑みをこぼした。
「馬鹿にしやがって……ッ!」
悪態を吐くと同時に、俺は校倉へ素早く斜めに切りかかる。が、校倉は後退してそれを回避する。すかさず俺は一歩踏み出し、振り下ろした剣をそのまま斜め上に振り上げる。
しかし、それは防がれていた。
「なッ……!?」
校倉の右腕から、真っ白な刃が生えていた。その刃で、校倉は剣を防いでいたのだ。見れば、左腕からも同じように真っ白な刃が生えている。まるで、刃の付いたトンファーのようだった。
「はははッ!」
校倉は豪快に笑い飛ばすと、がら空きになっている俺の腹部目掛けて左腕を振った。
「クラゲ君っ!」
『クラゲぇ!』
二人の声が同時に聞こえると共に、俺の腹部は校倉によって切り裂かれた。鮮血が飛び散り、校倉の白い身体と刃を赤く汚した。
「がッ……ッ!」
あまりの激痛に、俺は剣を取り落としてその場へ膝から崩れ落ちる。左手で傷口を抑えるが、血は止め処なく流れ続けている。
「次はお前だ、魔女」
ゆっくりと。校倉がサバトへ身体を向けた。
「ク……ソッ……!」
『クラゲ! 大丈夫か!? クラゲ!』
リルカの声に返事する余裕はなかった。とにかく、今はこの血を止めないと。
「お手並み拝見と行こうか。結社の魔女」
サバトが満足に戦えないのをわかった上での、挑発の意味を込めた言葉だった。ちらりと視線を向ければ、サバトが悔しそうに唇を噛んでいるのがわかった。
『クラゲ!』
「まだ……戦える……元に戻んじゃねえぞ……」
リルカにそう言って、俺は着ていたシャツを脱ぎ、上半身を露にする。そしてシャツを切り裂かれた腹部に巻きつけ、強引に止血をする。何もしないよりはマシだ。これで少しは動ける。
「まだ戦う気かい?」
「当たり前……だろ」
剣を拾い上げ、よろめきながらも何とか立ち上がり、校倉をキッと睨みつけた。
「彼女のため、か?」
「……白井のことか」
俺の問いに、校倉はコクリと頷いて見せた。
「酔狂だね。あんな女のためにそこまで出来るとは……」
「何だと……ッ」
「嫉妬心を剥き出しにし、魔人の力に溺れてお前の幼馴染を殺そうとした女だぞ? あの女が君にもっと早く想いを伝えておけば、こんなことにはならなかっただろうに……」
プツンと。俺の中で何かが切れる音がした。
「……だろうが」
「うん?」
剣の柄を握り締め、先程よりいっそう強く校倉を睨みつける。
「お前がいなきゃ、最初からこんなことにはならなかっただろうがッッ!」
叫んだ瞬間、俺の周囲が眩い光に包まれた。リルカが剣に変化する時に発せられる光と全く同じ……否、それよりももっと強い光だった。
「この光……っ!」
サバトが驚愕の声を上げた頃には、既に光は収まっていた。
「何だ……それは……ッ!?」
剣を持っていた右腕は、ズッシリと重かった。いや、右腕が重いんじゃない。右手で持っている物が重いんだ。
『どうなってるんだ……?』
リルカの困惑した声が、脳内に響いた。
「何だ……これ……!」
俺が持っていたのは、俺の座高程はある大剣だった。先程までの小柄な剣とは違う、一振りで敵を薙ぎ払うことが出来そうな大剣だった。
ギュッと柄を握り締め、その感触を確かめる。
「すごい……クラゲ君の感情の昂ぶりに、魔力とリルカが応えたっていうの……!?」
口元に手を当て、サバトは驚愕の表情で俺を見ていた。
『すごい力だ……クラゲ、これなら!』
「ああ。行くぞ、校倉……!」
片手じゃ重い。柄を両手でしっかりと握り、持ち上げて構え直す。大剣はズッシリと重く、力強かった。
これならいける。と、直感した。
「そんな重い武器で、今まで通りに動けるのかい?」
先程までの驚愕した様子からは打って変わって、余裕めいた声音で校倉は言った。
確かに、この重い大剣を振るうのは、前の剣と違って力がいる。その上、止血しているとは言え腹部の傷はまだズキズキと痛む。
しかしそれでも、いける気がした。
「おおおおッ!」
唸り、大剣を振り上げて俺は校倉の眼前まで接近し――その大剣を振り下ろす。しかし校倉はひらりと身をかわし、大剣をかわした。
轟音と共に大剣が地面を穿った。
「遅いッ!」
校倉は右腕の刃で、俺の顔面へ切りかかる。
「ッ!」
咄嗟に首を後ろへ動かし、校倉の右腕をギリギリで回避すると、俺は緩慢な動作で大剣を地面から抜き、バックステップで校倉から距離を取る。しかし校倉はすかさず距離を詰め、今度は左腕の刃で俺へ切りかかる。
「クソッ!」
避けるので精一杯だった。とてもじゃないが、この重い大剣で反撃する余裕などなかった。
「ははははッ! 状況は変わらなかったようだね!」
高笑いし、校倉は俺へ詰めよりながら両腕の刃で交互に切りかかる。重い大剣を引きずったまま、後退しながら俺は刃を避けるが、傷のせいでそう長くは持たないだろう。
『これじゃ、反撃出来ないじゃないか……っ!』
弱音を吐くリルカに、俺は大丈夫だ、と呟いた。
防戦一方だと、確実に俺が殺られる。
「重くて使い辛ぇなら……」
無理に使うことはない。
右手を大剣から離し、校倉の刃を避けると同時に右拳を校倉の腹部へ思い切り叩きこむ。
少しだけ怯んだ隙に、俺は素早く大剣を両手で振り上げた。
ズキリと。大剣の重みで腹部の傷が痛んだ。
――――天海……君……ありが……とう。
脳裏を過ったのは、死に際に微笑んだ白井の顔だった。
白井の思いも、コイツのせいで魔人になった人達の思いも、魔人の犠牲になった人々の思いも――全部この一振りに乗っけてやる!
「『おおおおおおッッ!』」
リルカと共に声を上げ、校倉目掛けて俺は大剣を思い切り振り下ろした。しかし校倉は、両腕の刃でその大剣を防ぐ。
「防げなくはないッ!」
はははッと、校倉が笑みを漏らすのとほぼ同時に、校倉の刃にピシリと傷が生じた。
「な……ッ!?」
「勘違いしてんじゃねえよ。お前一人で……」
たった一人で。
「何人もの思いを乗っけたコイツが防げると思ってんじゃねえッ!」
校倉の刃が、完全に砕けた。
後はもう脆いもので、そのまま腕を両断し、校倉の頭部から股関節までを完全に大剣は一刀両断した。
「馬鹿……な……ッ」
左右に分かれた身体の断面から、大量の血を噴き出しつつ、校倉は呟いた。
「じゃあな、魔人」
パシャリと。水の跳ねる音がした。




