後編 ある貴族夫人の人生
月下の森の奥で光を放つ刃と、無数の魔力弾が交錯する。
『太陽剣』を振るうユウトは洗い息を吐き、それを苦渋の表情でレイレノールは睨み返している。
——そんな状況下にリリィとシルヴィンは間に合ったのである。
「はあ、はあ……クソ……」
ユウトは二人の到来に安堵しながらも、苦しそうに悪態をつく。同じように到来した二人を睨み、レイレノールは怒りの表情を作って言った。
「箱庭の主よ……、貴様は本当に甘い世界に生きてきたようだな」
「……く」
「どうやら……、先の幻覚で怒りのままに相手を殺せなかったのも、リリィの事だけではなく……貴様自身が甘かったからか……」
レイレノールのある意味蔑みの籠もった目に、ユウトは静かに苦しそうな表情を作る。
——そう、実のところユウトが手に入れた『太陽剣』は圧倒的であった。それを手にしただけで、魔法使い系とは言えレイレノールの動きを完全に理解し、その放つ無数の魔力弾を撃ち落とせるまでになった。
しかし——、
そうしてレイレノールを圧倒して優位に立って冷静さを取り戻すと、やはり人生の中で「人殺しに無縁な人生」を送ってきた平凡なユウトでは、たとえ明確な敵相手でも殺すことが躊躇われた。
無論、以前リリィのために悪辣な魔種因子保有者ガーヴィンをぶっ飛ばして瀕死に追い込んだ事はある。しかし、あの時は自身の力をよく理解しておらず、そして必死な状況で、頭に血が上っていたからである。
相手は殺しに来ているのだから殺せばいい。そう簡単に言う者もいるかもしれないが、シルヴィンに戦い方を学んでいるとは言え、正しく実戦を経験していないユウトでは、実際の戦いにおいてどうしてもためらいが出てしまう。なにより、『太陽剣』でなまじっか圧倒できてしまっていることが、自分の命の危険を薄れさせてユウトから必死さを奪っていた。
結局の所、人殺しなど無縁の平和な世界に生きてきたユウトでは、理屈抜きで、相手を殺しかねない行動で手が震えて攻撃を止めてしまう、と言うことであった。
(……クソ、分かってんだよ。コイツが砦を襲撃してるボスで、コイツをなんとかしないと砦が危ないって……。分かってんのに……クソ)
荒い息を吐きながら自らの手を見つめるユウトの姿に、怒りを深くしながらレイレノールは彼を睨みつける。
「平和ボケした愚か者が、そのような剣を持っても意味はない……。貴様がリリィを守りたいというならば……、私を殺す気で戦いができなければ無理だろうに……」
「ああ……そうだな……」
怒りの籠もったレイレノールの言葉に、震える手で『太陽剣』を握るユウトは自嘲気味に笑った。
ユウトは思う——、
(俺は……どこまでいっても戦えない【最弱夫】……なのか?)
その苦しげな表情を『太陽剣』の刃に刻まれた太陽の紋章が静かに見つめていた。
「……ユウトどの……、ここは私たちにおまかせを……」
「そうじゃ……、人を傷つけることが嫌いなユウトでは荷が重い話じゃ……」
静かに、そして心配そうな表情でシルヴィン、そしてリリィが語りかける。
そして二人はユウトを庇うように二人の間に割って入った。
「ち……リリィ……。それに騎士団最強……か」
苦渋の表情を浮かべてレイレノールは割り込んできた二人を睨む。
それに相対しながらシルヴィンが隣に立つリリィに語りかけた。
「申し訳ないのですが……、リリィどのはユウトどのの保護をお願いします。この者は私一人で……」
「む? 何? それは……」
シルヴィンの言葉にリリィが少し困惑の表情を作る。
その当のシルヴィンは、静かに笑いながら、自身の胸あたりに片手を触れてそうしてリリィに答えた。
「お願いいたします……。私は……彼に言わなければならないことが……、そして使命があるのです……」
「……! それは……どういう……」
そうして聞き返した後に、リリィは少し確信した表情を作る。
「シルヴィンどの?! まさか?!」
「……」
リリィの言葉に静かに笑顔で返すシルヴィン。リリィは納得した表情でユウトの傍へと下がっていった。
その様子にユウトが困惑しながら言葉を放つ。
「リリィ……どういうことだ?」
「……かつて、【旅の魔法使い】によって引き起こされた魔種因子保有者による災厄……、それは数百年前の話なのじゃ……」
「え?」
「しかしながら……、その災厄を生き残った者は居て……、シルヴィンの祖先はそういった者なのだろう……。レイレノール……アヤツと因縁を持った……な」
その言葉に黙って二人は見つめ合い……、そして前に立つシルヴィンの背中を見つめた。
そこには決意の表情をしたシルヴィンが、その手の剣を構えてレイレノールに相対していた。
「フン? 何だ? どういうつもりだ? 騎士団最強……」
「貴方と話がしたい……」
「……?!」
レイレノールはシルヴィンのその言葉に驚愕の表情を作る。そして蠢く杖を掲げながら答えた。
「話し合い?! 馬鹿が……、私が貴様らとそんな事をすると?」
杖に魔力が収束し、シルヴィンは剣を構え直して戦闘態勢を整える。そうしながらも彼はレイレノールに向かって答えた。
「闇紳士レイレノール……、いやエドワード・エイムズ子爵閣下……。私は第七代ウィンドルフ男爵としてお話がしたいのです……」
「……!!」
そのシルヴィンの言葉に今までにない驚きの表情を作るレイレノール、その反応にシルヴィンは確信を得たと言う表情で見つめた。
「やはり……そうでしたかエドワード子爵閣下……」
「……く……貴様……、なぜ?! ……! そうか……、ウィンドルフ男爵!!」
レイレノールの持つ蠢く杖に収束した魔力が爆発して無数の魔力弾が放たれる。それはシルヴィンに向かって放たれて、そしてシルヴィンはそれを素早い動きで躱していった。
「ち……」
「エドワード子爵閣下!!」
「黙れ!!」
シルヴィンの訴えにレイレノールは怒りの表情を作る。その口から怨嗟に満ちた言葉が放たれる。
「ウィンドルフ男爵! それは、あの当時のグラーベン王国国王の四男……、庶出であり放蕩者であったがゆえに、王家から追い出されて男爵位と小さな領地……ウィンドルフ一帯だけを与えられ放置されたとされる者……!」
「……」
「……しかし……、それでも王家の血筋……! 私を……王家に仇なした者として……、ラウントリー伯爵家を裏切り……、バウアー侯爵家を滅ぼした者として討ちに来たか!!」
レイレノールは、そう叫びながら怒りのままに魔力弾を放ってゆく。それをシルヴィンは必死に躱してゆき……。
(これでは……話ができない!!)
シルヴィンは決意の表情で、魔力弾の間を縫ってレイレノールの下へと突撃する。そのまま両者が交錯した。
「……ぐ!」
「あ!」
レイレノールの上着が破れて胸元が顕になり、そしてその胸にある魔石のペンダントが顕になった。
シルヴィンはそれを見て、深く納得したようすで頷いた。
「……やはり……それは貴方が持っていたのですね?」
「なに?!」
静かに、優しげな笑顔で言うシルヴィンに動きが止まるレイレノール。
シルヴィンは、敢えてその場の地面に剣を突き立てて、無防備な姿で胸元の胴鎧の奥に隠された物を取り出す。
——それは——、
「……!!」
レイレノール……いやエドワードにとって、大きな驚きとそして深い悲しみをもたらすものであった。
「ば、かな……そ、れは……」
「……はい」
シルヴィンが胸元から取り出したそれは……、レイレノールが持つものと寸分たがわぬ、しかし魔石の中心に刀傷らしきものをもった——
——魔石のペンダントであった。
「……ああ……ああああああ……、クラリス……」
そのペンダントは……、この世に二つしかないはずのもの。
自分が持っている、義妹ネリィにあげたものと対になる、愛する女性——クラリスにあげたもの。
「き、さま……、なぜ……」
「ええ……、わが初代……アーサー・リフキンド……。初代ウィンドルフ男爵……のその奥様が……、その人生をかけて探し出したのですよ……」
「な……に?」
それを聞いたレイレノールは、目を見開いてシルヴィンを見つめる。
「我が家は……、初代様を除いて、魔種の血を受け継いでおり……、代々その力をもって聖騎士を輩出している家系であります」
——そして——、
「その魔種の血統の源流は……、その奥様となっております」
「……ま、さか……」
レイレノールはまさしく狼狽えて……、後退りながらシルヴィンを見つめる。
その様子にシルヴィンは優しく微笑みながら答えた。
「初代様……アーサー・リフキンド様の奥様の名前は……」
——ネリィ夫人……です。
「……!!」
その言葉にレイレノールは悲しいまでに狼狽えて頭を抱えた。
「ば、かな……そんな……」
その弱々しい姿のレイレノールに、シルヴィンは答えを返す。
「……アーサー・リフキンド様は御存知の通り自由人で、よく旅をされておいででした。そして、その旅先で……、魔種の血を持つ者として排斥されながらも、何かを探して旅を続ける魔種の血を持つ女性と出会いました。アーサー様は姿を見ていられずに旅に同行して……、その果てにお互い愛し合うようになって彼女を妻としました」
「……」
「無論、様々な障害がありました。探し物もそうそう見つかるものではなかった。そして……、アーサー様とその女性……ネリィ夫人は、男爵としての地位も財産も利用してやっと……、裏世界で流れていたこのペンダント……、自分の姉の形見を見つけ出したのです」
シルヴィンは静かに魔石のペンダントを首から外す。そして狼狽えるレイレノールの下へと歩いてゆく。
「あ、あああ……」
レイレノールはそのペンダントを前に哀れに涙を流しつつ後退る。シルヴィンはその前で静かに膝をついて、そしてそのペンダントをレイレノールへと差し出した。
「ネリィ夫人の残した遺言に従い……、エドワード子爵閣下……これを貴方にお返しいたします。これは……貴方の奥様……クラリス様のもの……、ならば貴方が持つべきでしょう……」
「う、あああ……」
レイレノール……いや、エドワード子爵は泣きながらそれを手にする、そしてそんな彼にシルヴィンはさらに続けた。
「ネリィ夫人の探しものはもう一つありました……。行方不明になり……、そしておそらくは魔種因子保有者になったであろう義兄……、しかし、当時の災厄に逃げ惑うばかりのネリィ夫人は、貴方が——レイレノールと呼ばれる者が本人とは当然理解していませんでした。しかし、その道に堕ちた事だけは理解していた彼女は、災厄が終わってから——、貴方は生きているかもしれない……その一欠片の希望に縋って貴方を探しておいででした」
「ネリィ」
シルヴィンは静かに目を瞑ってそして次の言葉を紡ぐ。
「ネリィ夫人よりの貴方への遺言を、間違いなく一言一句違わぬ形で、今ここでお伝えいたします」
「……!」
「……ごめんなさい」
その一言でエドワード子爵の表情が苦しげに歪む。
「あの時、クラリス姉様を失って一番苦しんでいたのは兄様だったのに……、あんなふうに罵ってしまって。そのまま姿を消して……あんな風になったのは私のせい……」
「ね、リィ」
「お願い兄様……」
——私たちのところに帰ってきて。
——もう泣きながら恨まなくてもいい。
——もう苦しみ続けないで。
「……以上が、貴方様への遺言でございます」
それを聞いて、そしてレイレノールはやっと理解する。
シルヴィンのその表情に……、たしかにネリィの面影が見えた。
彼は……、レイレノールがかつて愛したクラリスの妹……大切な義妹の子孫だったのだ。
(ネリィ)
レイレノールは静かにその魔石のペンダントを握る。その瞬間——、今まで何故か忘れていた記憶が蘇ってきた。
「……これ、は……」
その記憶は領民たちとの日常——、彼の領民たちは素朴で優しい人達だった。
クラリスやネリィなどの本来ならば差別を受ける人たちも、優しく受け入れてくれていた。
だかこそ、その領地でクラリスとネリィは笑顔で生活できたのだ。
(なぜだ?! なぜこんな大切なことを忘れていた?! 今までなぜ?!)
記憶が蘇るとともに、レイレノールの心に言いようのない不安が溢れ出してくる。
その記憶があれば彼の人間に対する態度は違っていたし、そもそも【旅の魔法使い】によるグラーベン王国全土での災厄を手伝うことも……、
【おい】
「?」
不意になにかの言葉がレイレノールの心のなかで響く。
それは重く威圧感を感じさせて……、
ドン!!
「がああああああああああああああああああああ!!」
レイレノールの意識がいきなり闇に没して、その精神世界で何者かによってその全身を抑え込まれる。
「くうああああああ?! これ、……は?! な……」
【何を呆けている……】
「ぐ……あ?」
精神世界で抑え込まれその地面に突っ伏すレイレノールは、その首を回して抑え込んでいる存在を見る。そこに居たのは……、
「……え?」
そこに居たのは――、全身各所に巨大な角を生やし、筋肉が異様に肥大化しており、サーベルの如き牙が口に並んだ竜角の生えたサメの如き頭部を持った怪獣であった。
【殺せ……】
「な?」
【とっとと、目の前の人間を殺せ】
「それ、は……」
【……】
その言葉に顔を歪めるレイレノールに、その怪獣は一瞬静かになって……そして。
【返事をせんかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!】
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
凄まじい圧力がレイレノールの心を押し潰そうとする。その怪獣は全身から禍々しいオーラを放出しつつ咆哮を上げる。
【くだらぬ記憶を取り戻している暇があったら! 早く人間どもを殺せ!! それをすべて我に捧げろ!! それが貴様ら人間の存在理由だろうが!!】
「ひぎああああああああああああああああああああああ!!」
——早く殺せ!!
——今直ぐ殺せ!!
——皆殺しにして我に捧げろ!!
——我が肉体の復活のために!!
——それ以外のくだらぬことを考えることは許さん!!
貴様ら人間は——、
――我が玩具!!
――我が奴隷!!
――我が食料!!
——貴様らに自由意志など必要ない!!
——我のために生きて死ぬのが貴様らが存在する意味だ!!
——貴様らのような小虫の如き弱者が存在できる理由だ!!
その圧倒的な魔力の籠もった言葉にレイレノールは押しつぶされてゆく。
何も言葉を返せずにただ苦しげに呻くばかりで……。
(……なんだ、なんだこれは?! コイツはいったい?!)
そして、さらに圧力が大きくなって怪獣が咆哮する。
【唱えろ!! 貴様は我に従って糧を集めると!! 我に逆らわないと!!】
「……う、ぐ……」
【レイレノール……】
そして——、
【返事をせんかあああああああああああああ!! この小虫があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!】
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その圧力に押しつぶされながらレイレノールはやっと理解する。自分の心に巣食っていたモノの正体——、バウアー侯爵家への怒りを利用し、記憶を改ざんして人間全体への憎しみを煽って自分を操っていた存在。そしてそれはおそらく——、
(……ま、さか……、魔性の渇望……、その正体……)
そう、それこそが……、今目の前にいる怪獣。
【我が肉体の復活のために殺し続けろ!! この我——】
――【焦魔帝グラムザグ】様復活のために!!
それはまさに心に巣食って心を蝕む、——邪悪そのものであった。
◆◇◆
「がああああああああ!!」
「エドワード子爵?!」
現実の方でもレイレノールの身に異変が起こっていた。いきなり頭を抱えて絶叫し始めたのである。
シルヴィンはレイレノールの肩を掴んで訴える。
「エドワード子爵……、気をしっかり!!」
「ころ、して……くれ」
「な?!」
「はやく……わた、し……」
苦しみながらシルヴィンに訴えかけるレイレノール。その様子を離れた場所で見るユウトとリリィも心配そうな表情を浮かべていた。
「お、おい……大丈夫なのか?!」
「レイレノール……貴様……」
その言葉に呼応するようにレイレノールは二人に視線を向ける。
「すま、ない……わたし、は……ああ」
哀しげな表情で苦しみ続けるレイレノールに思わず二人も近づこうと動くが……、
「あ!! シルヴィン!! あぶねえ!!」
不意にユウトがそう叫んだ。それと同時にリリィも叫ぶ。
「ルクシリア!! 貴様!!」
そう——、いつの間にかシルヴィンの背後にニヤけた嘲笑を浮かべた【ルクシリア】が立っていたのだ。
その腕は魔力光を宿し——そして、それをシルヴィンの心臓に向けていた。
「ああ……、悲しいね? シルヴィン……君はここで死ぬんだよ? ククク……」
ククク……ははははははははははは!!
驚くシルヴィン……、だがもはや反応できる状態ではなく……。そのまま……、
「ネリィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
不意にレイレノールが絶叫する。そのままシルヴィンを強引に押し倒して。そして——
グチャ……
そのレイレノールの胸をルクシリアの手刀が貫いた。
「エドワード子爵!!」
「おい! レイレノール!!」
「ルクシルアぁ!! 貴様!!」
三人が叫ぶ前で、レイレノールは大きく血を吐く。ルクシリアの手刀はその胸を貫き通して、そして——、
「ち……余計な邪魔を、まあいいか……、とりあえず魔種因子は回収っと……」
そうしてニヤケ顔を浮かべたルクシリアはその場から掻き消えてしまった。
その瞬間、レイレノールはその場に崩れ落ちる。それを見たシルヴィンは起き上がって彼を膝に抱え、その場にユウトとリリィのやってきた。
「リ、リィ」
「レイレノール……」
「わた、しが間違っていた……、お前が……、いやお前たちが正しかった……」
「これ以上喋るな……傷が……」
「いや……、聞け……。お前の魔種因子……、そして皆の魔種因子……、それに宿るものの正体……」
——それは、【焦魔帝グラムザグ】。
「……!」
その言葉にシルヴィンが驚きの表情を作る。
「すべ、ての元凶……。リリィ……、だから……」
「……」
「私、はお前の、こころ、がわからない、が、わからないからこそ、いわせて、くれ……」
——過去の罪はお前の罪ではない。
「む、ろん、お前は納得できないだろう、が……」
「レイレノール……」
「……そして、ユウト……」
「……ああ」
「リリィを支えてやってくれ……、彼女が、死のうと、しても、貴様が……それを、させるな……」
「分かってる……」
ユウトのその返事にレイレノールは満足そうに頷く。そして——
「……シルヴィン……どの」
「はい……」
「ネリィは……どのように生きた?」
シルヴィンは静かに頷くと言葉を紡ぐ。
「初代様の奥様になられたネリィ夫人は……、無論沢山の困難にあいました……しかし」
——初代様……アーサー様はそれを支えた。
「……老いて……、老衰で亡くなるその時まで、アーサー様と仲睦まじい御夫婦であったそうです。そしてそのアーサー様も、ネリィ夫人が亡くなった一ヶ月後に後を追うように……」
「そう、か……」
「ネリィ夫人の最後のときには家族が集まって……、そして、静かに逝ったと伝わっております」
それを聞いたレイレノール——、エドワード子爵は笑顔を得る。
「……ああ、ネリィ……、よかった……。君は……幸せな……人生を送ったのだね?」
「エドワード子爵……」
「ならば……もう……、思い残すことなど……」
笑顔で涙を流すエドワード子爵のその身が急速に老いてゆく。——そしてその体が崩れてゆく。
「……シルヴィン殿……」
「はい……」
「初代様……、アーサー・リフキンド様に感謝をお伝え願いたい……」
「承知……しました」
そのシルヴィンの言葉を聞いて、エドワード子爵は満足そうな笑顔をうかべる。
——そして——、
◆◇◆
「……なた……」
……ん?
「あなた……」
そして、エドワード子爵はまどろみから目覚める。庭にある机に体を預けて眠っていたようだ。
そんな自分を困ったような表情で見つめるのは妻であるクラリスだった。
「こんなところで居眠りをしていては風邪をひきますよ? あなた……」
「あ、ああ……すまない。何か夢を見ていたみたいだ」
「夢ですか?」
「ああ……」
……と、そんなふたりの居る庭に、二人の人影が現れる。それを見てクラリスは笑った。
「ほら……あなた……。お客様よ……」
「……!! ああそうか! 今日この時間にお出迎えする予定だったね!!」
そのように狼狽えるエドワード子爵に、来訪者の一人ネリィは苦笑いを向ける。
「もう……兄様ったら……」
そうして笑う彼女の隣には、一人の男性が立っていた。
少し緊張した様子でその男性は口を開く。
「え、ええと……、俺……じゃない、私の名前はアーサー……、アーサー・リフキンドと言いまして……」
「……ちょっと、アーサー、緊張しすぎ……」
その緊張しきった男性の口調にネリィが突っ込む。
それを見てエドワード子爵は笑っていった。
「緊張することはないよ……、爵位とかも気にすることはない」
「い……いや……、ネリィのお義兄さんですし……」
そう答える彼に、エドワード子爵は優しげな笑顔を向けた。
——その場に、我が家の庭に——、四人の笑顔がある。それを見て彼は——、
(ああ……、良い夢だ……。とてもいい夢だ……)
——この夢が……、永遠に続くといいのに……。
そして、闇紳士レイレノールは……、義妹ネリィの子孫であるシルヴィンのその腕の中で——、
——塵となって消えたのである。




