中編 リリィの願い――、舞い降りる希望
夜の【エルデンの魔窟】――、その周囲を囲む砦の見張りを静かに始末しながら、レイレノールはその砦の上から向かうべき魔窟への入口を睨む。
「これは、……思った以上に手こずりそうですね……」
先程の暗殺――、ただの衛兵的な役割であろう一般兵士が、自分の密かな行動にかすかに反応を示していた。
「……伊達にリリィの警戒のために選ばれた者たちではない……と」
――闇の紳士レイレノールは、そう呟いて今後の作戦に修正を加える。そして――
「……聖騎士……か」
かつて……そして今も戦った【月星教会聖騎士団】――、それはまさに人間離れした戦闘術を習得した集団であった。
そもそも彼らには、魔種とその力に関する仕組みとその制御法を研究する研究機関が存在しており、ただの人間でありながら魔種の力を機能させる特別な技術を確立させ、長い訓練の果てに習得する技術という部分を除いて、普通の魔種とそれほどの力の格差は存在しなかった。
その力の名を――【月星教会】では【至天の眼】と呼んでいるらしい。
その本質は世界改変が可能なまでに強化された【理解力】――あるいは【観察力】と呼べるものである。
目で視認すれば、世界というものが目前に広がってゆく――、それを異能概念として世界そのものに適用する【観察者の思想によって世界を書き換える】行為と言える能力。
――それは魔種というものの本質にも関わってくる力でもあった。
「……眠りから目覚めよ……」
そう呟くレイレノールの、その第三の目が開いて……目前に黒い時空の穴が生まれる。そこから無数の死者らしき腐敗した兵隊たちが現れた。
「さあ……我が手足として砦で暴れなさい……、【クライド・バウアー】……」
そう言って――感情のこもらない目で、腐敗した白銀鎧の騎士の一人を見つめるレイレノール。
何もない虚ろな眼窩でレイレノールを見つめた【クライド・バウアー】は、頭を下げてその腰の剣を抜いた。
「……さあ……死に続け……、諸共彼らを道連れにして……、同化してしまいなさい……」
その――、ゾンビ映画のゾンビにも似たそれは【高位死食鬼人】と呼ばれるレイレノールが操る基本戦力である。
レイレノールが生きている限りその肉体が再生される不死の軍勢――、同時にそれに殺されて魂を喰われた者は、同じ【高位死食鬼人】として復活を遂げて、レイレノールの戦力となってしまう。まさに不死と増殖能力のみに特化した――最悪の動く死体である。
(まあ……彼らの練度的に……、疲労を誘ってからの捕食しか出来ないでしょうが……、時間を稼ぐことが出来ればそれで構いません……)
レイレノールは、彼らの戦力を正しく分析する。
この【高位死食鬼人】はこの砦の一般兵士のはるか格下――、十数体で囲んで一人の兵士と互角……と言ったところだと考えた。
でも、それでも死なない軍勢であれば彼らに対抗する術はたしかにある。
(……さて……、リリィ……の前に……彼を迎えに行きましょう……)
そしてレイレノールはニヤリと不気味に微笑んだ。
◆◇◆
その時、【エルデンの魔窟】内では突然の襲撃に戦闘態勢を整えつつあった。
――見張りであった数人の兵士と連絡がつかない、それの意味を苦しげに眉を寄せながら思うシルヴィン。
「いつかは来ると思っていましたが……、まさか……あのレイレノールとか言う……」
シルヴィンはかつて見た三つ目の紳士を思い出す。
――その姿を思い出しながら……、
……彼のあの時放った言葉を思い出していた。
『このままま皆に受け入れられる……と?』
『……ここだけの箱庭でしょうに……』
――箱庭の主……、その言葉をシルヴィンは幾度も心のなかで繰り返す。
「……まさか……、これもまた運命なのでしょうか?」
静かに目を瞑って……、そして胸を押さえるシルヴィン。
――その心の中には一つの決意があった。
「使命を……、第七代ウィンドルフ男爵としての……使命を果たさねばなりませんね……、夫人……」
静かに……決意の目で、月星教会最強の聖騎士――そして、グラーベン王国ウィンドルフ男爵家を次ぐ者である【シルヴィン・リフキンド】は、――腰の剣を静かに引き抜いたのである。
◆◇◆
砦に放たれた無数の【高位死食鬼人】と、聖騎士団との攻防が始まってしばらくが経った。
【高位死食鬼人】は、刃で切られようが、魔法の炎で灰になろうが、その元の姿を取り戻して立ち上がってくる。
もちろん、その戦闘能力は聖騎士の下っ端でも十人程度同時に相手ができるほど弱かったが、終わらない戦いに聖騎士側に疲労がたまり始めていた。
それを打開すべく【シルヴィン・リフキンド】は戦場へと向かい、その一太刀で数十体を一気に断ち切ってゆくが……、結局、それを操る【魔種因子保有者】を倒すしかないと、疲労のたまり始めた兵士を下がらせるとともに、聖騎士団の魔法使いを総動員して、欺瞞魔法で隠れているらしき【魔種因子保有者】の捜索を進めさせた。
――そんな時に【エルデンの魔窟】の奥から、その砦の作戦司令室にリリィが一人で現れたのである。
「……これは……リリィ殿?」
シルヴィンの副官を務める聖騎士ガストンがリリィの姿を見て驚く。
その様子を見てリリィは真剣な表情で問うた。
「この警報……、魔種因子保有者が攻めてきたのじゃな?」
「……は、はい……。そうだと思われますが……。あの、ユウト殿は?」
その困惑気味の表情にリリィが答えを返す。
「あやつは奥に置いてきた……。最近、妾の力を扱い方とか……、戦い方とか覚え始めてはいるが……。まだ素人に毛が生えた程度……。そもそも資本となる体力が、【吸精能力】頼みじゃし……」
その言葉にガストンは苦笑いを浮かべる。
「そうでしたね……。いきなり筋力とか反射神経とか付くわけもなし……、あくまで【吸精能力】をしたら……、それらが一時的に強化される……というだけですからね」
「あやつ……、最後まで妾を守るとか言っておったが……」
「……」
ガストンはリリィがそれ以降の言葉を濁す様を少し心配そうに眺める。
それはそのとおりだ……。今のユウトは戦場に出てきてもリリィを守ることはおろか……、その戦いの足を引っ張る役にしかたたない。
でも――、ユウトのその想いは――、
――リリィ自身ユウトに対して想っている感情ゆえに……、痛いほど分かってしまうのだ。
――と、リリィは小さくため息を付いた後に、ガストンに向かって問う。
「それで? 襲ってきておるのはだれじゃ?」
「……それが……、姿が見えないのですよ……」
「姿が見えない? では……、この剣戟はなんじゃ?」
「ああ……それは……」
ガストンは、グラーベン王国の騎士鎧を身に着けた死人の群れが襲ってきている事をリリィに話す。
リリィはそれを静かに聞いていて……、
「死人? ……それは【高位死食鬼人】……か?」
「ああ……知ってらっしゃるので?」
「うむ……、例のレイレノールという魔種因子保有者が操る……、ん?」
不意にリリィがガストンを見つめる。
困惑した表情でガストンはリリィを見つめ返した。
「……そう言うという事は……、戦場に……レイレノールはおらんのか? ……シルヴィン殿は?」
「あ、はい……、シルヴィン隊長は……、死人を操っている者を捜索せよと最前線で死人を押さえておられます……。ですからまだ魔種因子保有者は……」
そのガストンの答えにリリィの顔が蒼白に変わってゆく。その変化を見てガストンは何かを察して問うた。
「……なにか? どうしました?!」
「一度だけ……、アヤツの……、レイレノールの戦いに同行したことがある……」
「え?」
リリィは慌てた様子で作戦司令室を飛び出す。
「……リリィ殿?!」
「今砦で暴れておる死人の群れは陽動じゃ!! その間にレイレノールは姿を消して……」
――本命の首を取る……。
そのリリィの言葉に絶句するガストン。
リリィは慌ててユウトが居るであろう【エルデンの魔窟】の奥へと走る。
(……その目標が部隊の壊滅であれば……、あの作戦司令室に既に至って戦いになっておるハズ……。そうでないならば……、別の目的があると言うこと……)
リリィは、レイレノールがユウトに向けた憎しみに満ちた表情を思い出す。
――だからこそその結論に至っていた。
(く……、失敗じゃ……、妾はユウトから離れるべきではなかった……)
涙目で奥へと走るリリィの心に不安が押し寄せてくる。
そして――、それはまさしく的中してしまう。
「ユウト……」
いつも二人が団欒をしているその部屋にはユウトはいなかった。
それは最悪な状況だった。
ユウトは自分が側にいないと魔種の力を利用することは出来ない。――ただの無力な現代人になってしまうのだ。
「ゆ、うと……」
リリィはその顔を苦渋に歪めながら叫んだ。
「ゆうとおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
◆◇◆
【エルデンの魔窟】からどれほど離れたのか? その森の果てに苦しげな表情でユウトは地面に突っ伏していた。
そして――、そのユウトの無様な姿を冷たく見下ろすのは闇紳士レイレノールである。
「て……めえ」
呻きながら立ち上がるユウト。それに対して感情のない表情で言葉を放つレイレノール。
「……哀れなものよ……、リリィがいなければ何も出来ない無能め……」
「ぐ……」
そのレイレノールの言葉にユウトは苦しげに表情を歪ませる。
そんな事はユウト自身が一番よく知っている。
リリィを守る力を得るべくシルヴィンに頼み込んでその身体を鍛えてはいるが……、所詮地球生まれの戦いを知らない現代人でしかない。
即座に体力や戦闘技術が身につくわけもなく、結局こうして足手まといそのものの無様を晒している。
それでもリリィの力を代わりに扱える能力を知って以降は、それを使うことで一般兵士を頭一つ超えた戦いはできるようになっている。
――でも、今その力の根源であるリリィはそばにいない。
(くそ……、これじゃ本当にただの役立たずな【最弱夫】じゃねえか……)
苦渋に顔を歪ませるユウトにレイレノールが言う。
「ふん……、無能が……、どうやってリリィを救うつもりだったのだ? その程度で……リリィに幸福を与えるつもりだったのか?」
「く……」
「……いや、貴様は……、人間としてリリィから搾取はできても……、何かを与えることなど出来まい?」
ユウトはそのレイレノールの言葉に反論しようと口を開くが。
「箱庭の主である貴様がそれでは……、リリィは絶対に救われぬな……。搾取されて命を失うのみだ……」
「そんな事!!」
やっとそれだけを叫んだユウトをレイレノールは睨む。
「では……、貴様はリリィに何を与えられるというのだ無能め……。これではリリィは心底救われぬ……」
――やはり貴様は救いがたい存在だ……。
「貴様がリリィに間違いを教えて……、リリィを地獄に送ろうとしている……。この先にあるのはリリィの絶望のみ……。これからリリィに起こる不幸は……」
――全て貴様のせいだ……。
そのレイレノールの言葉にユウトは絶句する。それを憎悪に満ちた表情で睨むレイレノール。
「貴様に……、それを理解させてやろう……」
「何?」
レイレノールのその第三の目が大きく開かれる。それを少し怯えながらユウトは睨み返した。
「……全ては貴様のせいだ……、リリィのこれからの不幸は……、それを体験させてやろう……」
「え?」
その瞬間、ユウトの意識が真っ白に塗り替えられる。
――そうしてユウトの意識はレイレノールの第三の目によって深淵に落とされたのである。
◆◇◆
――あの戦いからもう数年の月日がたった。
辛くも困難を超えたユウトとリリィは、辺境の長閑な村に家を立てて暮らしていた。
そこに移り住んでしばらくたった時、リリィは体調の変化を訴えて――、
――ユウトは自分が子の親になったことを知った。
その村の人々は、リリィが魔種としての姿をとっておらず、その正体を知ることもなかったため、だからこそ善良な普通の主婦となっているリリィの、そのおめでたを一緒に喜んでくれた。
それはまさしくリリィが望んだ平和な日々……、その幸福は続くとユウトは信じていた。
――あの事件が起こるまでは。
「……魔種ですか?」
「ええ……、どうも最近ここらに出没したらしくて……。隣村の人も犠牲になっているそうですね……」
「……」
村人の話す言葉にユウトは静かに考えてから、玄関先から奥にいるリリィを見た。
「ということらしいぞ……、俺達も気をつけないと……」
「そう……じゃな……」
ユウトの言葉に少し落ち込んだ様子でリリィが答えた。
その村人はそのまま家を去って行き、その場にユウトとリリィだけが残った。
「……ユウト……、その魔種……」
「……駄目だぞ? 下手に手を出してリリィの正体がバレたら……」
「……う、うん……」
リリィは俯いてそして小さく答える。その時はそのままその会話は終わったが……、
――数日後……、
「きゃあああああ!!」
ユウト達が住む村に悲鳴が上がる。村に魔種が現れて暴れ始めたのである。
多くのけが人が出て……、それをリリィは見ていられなかった。
【……暗雲に雷鳴……、天翔ける金龍……。その咆哮は……我が前に在り……!!】
――【ライトニングボルト】!!
それでも、人間にも出来るであろう範囲――、【魔法】で魔種に対抗して……、そして倒すことが出来た。
それで村人は安堵したが……、同時に――リリィへの視線の変化が起こったのである。
ユウトとリリィは上手くゆくと考えていた。
上手くごまかせたと……、そう勘違いしていた。
――そして……、その夜はきた……、
「……ん?」
月がのぼった深夜――、ユウトはベッドに一緒にいるはずのリリィが居ないことに気がつく。
不審に思ったユウトが探すと、玄関扉がわずかに開いている事実を理解した。
――なにか不安を感じたユウトは玄関から出て周囲を見まわす。
その視線の先――、村の中央付近に……、明かりの群れが見えた。
「松明?」
それは人々が松明を手に集まっている姿だった。
それに嫌なものを感じて……、そして、そこに走った。
「……!」
村人が走ってくるユウトを睨んでその手の槍を向ける。
そして――言った。
「……こいつも魔種じゃないのか?」
「そうかもしれん……、警戒しろ!」
そう口々に言い放つ村人たち。その多くは彼らが親しくしていた村人だった。
「……なにを?」
「騙しやがって……魔種め!」
「……?!」
村人らがその武器を手にユウトを睨む。そしてその集団の向こう……、その中心に……、
「……リ、リィ……」
――それはあった……。
おそらくは幾度も槍を突き入れられたであろう……無惨な亡骸。
血まみれで――、その血に染まった顔が月がのぼっている空を虚ろに見上げている。
その姿の一部が魔種のものに戻っているそれは――、確かにリリィの死体だった。
お腹には自分との赤子がいたであろう彼女の――、
「……リリィ? リリ……」
一瞬思考が停止してユウトが絶叫した。
「リリぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
その顔を絶望に染めながら一歩前に進む。しかし、村人のその槍の穂先がユウトを止める。
「……魔種を妻にしていた男だ! 貴様も魔種だな!!」
「どけよ!! リリィ!!」
槍を退けようと腕を振るうと――、
グサ!
「うぐ……」
村人が槍を振るって、ユウトはその肩を貫かれてその場に倒れた。
「ぐ、う……てめえら……」
ユウトは憎々しげに村人たちを睨む。直ぐ前まで笑い合っていた村人を憎悪の籠もった目で見つめる。
「やはり貴様も……」
「お前ら! 何考えてんだ!!」
憎しみを向け合う村人とユウト……。その村人に対してユウトは怒りを表す。
「……なあ! てめえらがその槍を向けた時、リリィは抵抗したかよ?! てめえらを返り討ちにしようとしたかよ?! てめえら……怪我一つないだろうが!! リリィは抵抗しなかったんだろうが!!」
「……なに?」
「なぜ……それでここまで……!」
そのユウトの言葉に村人たちは冷酷に答える。
「はあ? 魔種は人間に害を与える存在だろ?」
「……は? この間お前らリリィに救われて……」
「そんなのは……」
――我らを騙して何かしらに利用するためだろ?
「魔種とはそういう存在だろう?」
その言葉にユウトは絶句する。そして――、
――コイツラ……。
その心の底に闇が溢れ始める。
――コイツラ……。
どこからか誰かの声が響く。
【……ほら見ろ……、これがリリィが迎える末路……】
――その声はユウトに届かなかったが、その代わりにユウトの心に暗い炎が灯った。
――ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ……。
――コロシテヤル……!!
不意にユウトがその手のひらを村人へと向ける。
――その手に力が宿る。
それはまさしく魔種因子の力……、リリィの力……。
【そうだ……、そのままソイツらを殺してしまえ……。そうすればお前は完全に堕ちる……】
狼狽える村人にユウトが憎悪の視線を向ける。
――その視線の向こうには……、
……血まみれで……、無惨な姿を晒すリリィの亡骸があって。
――それを見るユウトの視線が赤く染まってゆく。
【そうだ……、殺せ……、そうすれば貴様はもはやこの夢から逃れられぬ……。そのまま……】
――聖騎士団どもへの尖兵として使ってやろう。
その言葉はユウトには届かない。
そのままユウトが生み出す力が……、爆発しそうになって――
【……?】
ユウトが動きを止めていた。
声の主は……、レイレノールは驚きの目でユウトの動きを観察している。
【……どうし……】
「……俺の……」
その時、ユウトは涙を流していた。その顔から憎悪が消えて……、ただ後悔と、悲しみが宿っていた。
「俺のせいだ……」
【……?!】
「俺がもっとしっかりしていれば……。もっと、リリィがみんなに受け入れてもらえるように……していれば……」
そのままユウトは頭を抱えて蹲る。
「……全部俺のせいだ……。それが俺の……、リリィの夫としての……、すべき仕事だったのに……」
――戦えない俺の……、情けない俺が出来る……、たった一つの事だったのに。
「俺のせいだ……、ごめん……リリィ……」
そのままユウトはその場で涙を流し続けた。
――それをレイレノールは憎々しげに見る。
(……ち、私が……、お前のせいだ……と、言い過ぎたのが原因か? このままでは……)
レイレノールは慌てた様子で第三の目に機能を発揮させる。
すると、薄く輝くリリィの姿がユウトの傍らに浮かんだ。
『……ユウト……、くるしい……、助けて……』
「リリィ……?」
その姿をユウトは静かに見上げる。
『……痛い……、痛かったの……。彼らは許しを請いても止めてくれなかったの……』
「……」
『……それなのに何故止めるの? 何故怒ってくれないの? 私を……愛していないの?』
その姿をユウトはしばらく見つめた後、そのまま立ち上がった。
(……よし! そのまま……)
レイレノールは再びほくそ笑む。しかし――、
「……こんな未来は来させねえ……」
(……?!)
「俺が絶対にこんな未来にはしない!!」
そしてユウトは真っ直ぐレイレノールの目を睨み返した。
レイレノールは驚きの目でユウトを見返す。
「我が魔眼を……打ち消した? 自分だけの力で?」
「レイレノール……、お前はリリィの言った通りの男だ……」
そのユウトの言葉を、レイレノールは驚きに満ちた表情で聞く。
「お前は……リリィの事を考えているようで考えていない。知っているようで知ってはいない……」
――お前は、……リリィを理解していない!
その瞬間、ユウトはかつてリリィと交わした言葉を思い出す。
あの【幻想都市ミガンナム】から帰還した直後に、リリィと交わした会話を……。
◆◇◆
その日、二人きりの月夜の下でリリィはユウトに願いを語った。
「ねえ……ユウト……」
「何だよ、改めて……」
「……今から言う事を覚えておいてほしいの……」
「……?」
リリィは哀しげな、そして決意に満ちた表情でユウトに話し始める。
「……もし、もし……将来……。妾が人間に……、命を奪われる事があっても……、その人間を恨まないでほしいの……」
「……!」
「それは多分……、妾が犯した過去の罪の精算……なんだろうから……」
ユウトはそんなリリィに言い返す。
「……いや……それは……」
「うん……分かってる。犯罪に巻き込まれただとか……、そういったものまで許してあげて、ってわけじゃないし……」
――ただ……、
「……ユウト……、それが断罪であっても、罪の精算であっても、人間を恨んじゃいそうだから……」
――それで恨みのままにユウトが振る舞って……、人間に憎まれるような存在になってしまうのが……、
「何より……妾は……怖いの……」
「……」
ユウトは拳を握って静かに俯く。
「……ユウトには……そんなつらい人生を歩いてほしくないの……。何より……、幸福に……生きてほしいの……」
「……でも、俺は……、それでも俺は……」
苦渋に満ちた表情でユウトはそれを聞く。――と、
「……あ」
握った拳にあたたかな温もりが生まれる。その拳がリリィの手に包まれていた。
顔を上げると――、
「ユウト……」
「……リリィ」
リリィの――目に涙を貯めた、優しい笑顔がそこにあった。
ユウトはそれを見て――、もう一度確信する。
――俺は……リリィを――、
――愛している。
月夜の下で――、想い合い……愛し合う二人は――、いつまでも見つめ合っていた。
◆◇◆
ユウトは――、苦渋に顔を歪めるレイレノールに叫ぶ。
「てめえは……、リリィの事を分かってねえ!! あんな事は……」
『……それなのに何故止めるの? 何故怒ってくれないの? 私を……愛していないの?』
「……あんな事は……」
――リリィが言うわけがねえんだよ!!
その言葉に、レイレノールは自身の失敗を理解した。そして――
「……そうか……、私は理解していなかった……か。夫である貴様ほども……」
「……」
「だが……、こうなったら……。このまま我が手で貴様を……葬る」
レイレノールがその手の蠢く杖をユウトに向ける。その杖に魔力が収束を始める。
その時、リリィたちは――、
「ユウト! 何処?!」
月夜の空を飛びながらリリィは必死でユウトの行方を探す。
その地上付近では、陽動であった【高位死食鬼人】を部下に任せて森をかけるシルヴィンが居る。
「……ユウト殿!! どうか間に合って……」
その距離は遠く離れて――、ユウトを救うものはいなかった。
「……俺は……」
――ここで死ねない……、リリィを置いてはいけない。
そう呟くユウトに向かって無慈悲にレイレノールは言い放つ。
「……これで終わりです……、箱庭の主……」
ユウトはそれでも諦められずに――、その拳を握った。
――!
「……?!」
一瞬、月が眩く輝くのをリリィは見た。
「流星?!」
その月から一つの光弾が現れて――、地上へ向けて高速で走るのをシルヴィンは見た。
「死になさい!!」
闇の奔流が、レイレノールの杖から放たれて、そしてユウトに襲いかかる。
ドン!!
そして、土煙と衝撃波が広がり――、
「……?! 何?!」
その後の光景をレイレノールは驚愕の表情で見た。
「え? あれ?」
【ソレ】をユウトもまた驚きの目で見つめる。
――【ソレ】は……、
夜闇に眩く輝く【ソレ】は――、
――厳かな声音でユウトに向かって言葉を放った。
【……前提条件の全クリアーを確認。これより戦闘に対し介入を行います】
「え? 何? これ……剣?!」
ユウトの前に現れて、その輝きでレイレノールの魔弾をかき消したのは――、
――その刀身に太陽を示すマークの刻まれた両刃長剣。
【ソレ】は――、その剣はユウトに向かって言う。
【――そうです。私は……、対根源魔種決戦兵装――、『太陽剣』――】
――ユウト……。我らが女神……、ルア・ベレーザ様、エストレーラ・ベレーザ様、よりの命に従い……、
……貴方に力をお貸しします。
【私を手に取ってください……、ユウト……】
その剣をしばらく見つめていたユウトは……、決意の表情で――、
――その【希望】をその手に取ったのである。




