前編 ある貴族の人生
その時、魔種因子保有者の一人で、道化そのものの衣服を身に着けたその男【ルクシリア】は、涙目で身を震わせながら【旅の魔法使い】がいる玉座へと向かって歩いていた。
その姿は余りにも哀れで弱々しく、怯えているかのような彼の表情は、逆に大げさな作った表情にも見えた。
「ああああ……、消えてしまった……」
そう呟きながら玉座の【旅の魔法使い】の足元へと歩みゆく【ルクシリア】に対して、当の【旅の魔法使い】は静かに呟いた。
「父上……、何かございましたか?」
「……ああ、■■……、聞いてほしいのです……。消えてしまったのです……」
その【旅の魔法使い】の呼び名とは裏腹に、【ルクシリア】は哀れに縋る子どものごとく【旅の魔法使い】の足元に跪いて言った。
「魔種因子が……、魔種因子でなくなってしまった……。魔種因子保有者が……、ただの上位魔種になってしまった……」
「ふむ……、それはまさか……」
――【リリィ】のことですかな?
その【旅の魔法使い】の言葉に静かに頷く【ルクシリア】。
それに対して【旅の魔法使い】が静かに笑いながら言葉を発する。
「別に……、もう一度取り戻すことは不可能ではないでしょう?」
「ええ……まあ」
そうして頷く【ルクシリア】は哀れな視線を【旅の魔法使い】に向けながら言葉を続けた。
「多くの命を生贄にしねばならない上に、長い儀式が必要です……」
――とっても……、
……面倒くさいのですよ……。
その言葉に【旅の魔法使い】は笑顔を消してため息をついて答える。
「……とりあえずは、……リリィの確保が必要ですかな?」
「ええ……、面倒くさいですが……。その後に……」
――数百人ほど人間を捕獲しておく必要もあります。
「出来れば……、若い子供あたりにすべきでしょうね……。ついでに親も確保できるでしょうし……」
その余りに邪悪すぎる言葉を、【ルクシリア】は哀れな涙目で呟く。
その思考回路は――、余りに人からかけ離れているとしか思えなかった。
「……では、レイレノール……」
そう【旅の魔法使い】が呟くと、闇の向こうから一人の紳士が現れた。
「お呼びでしょうか? ……魔法使い様……」
「ああ……、以前リリィは様子見としたが……、確保してきてくれ……」
「……ふむ……、承知いたしました……」
レイレノールは一瞬も嫌をせずに深く頭を下げる。そのレイレノールは静かに心の中で思考を巡らせる。
(……やっと正式に迎えにくことが出来ますか……。人間どもの中にこれ以上長居させては……、リリィは不幸になります……)
――特にあの男……、ユウト……。
レイレノールは【旅の魔法使い】に表情を伺いながら言葉を続ける。
「以前話した……、リリィの魔種因子能力を扱えるようになった男のことですが……」
「ふむ……、そのような話もあったな……」
レイレノールの言葉に【旅の魔法使い】は興味なさそうに答えた。
レイレノールは小さく微笑んで問うた。
「これを機会に……こちらで始末してよろしいでしょうか?」
そのレイレノールの言葉に【旅の魔法使い】は、まさしく興味なさそうに答えを言った。
「勝手にするがいい……」
その【旅の魔法使い】の言葉に、レイレノールは微笑みながら深く頭を下げたのである。
◆◇◆
レイレノールは闇の中を歩きながら考える。
(やっとこの時が来た……、あの男に……、ユウトという咎人に断罪をする時が来た……)
その表情は闇色に歪み……、そしてその心にあるのは、……義妹と重ねている【リリィ】への情である。
(安心なさいリリィ……、貴方をあの人間どもの犠牲にはさせません……)
そう呟きながらレイレノールは胸元にかけた魔石のペンダントを握る。
(……あのような苦しみを……、味あわせません……)
――そして、レイレノールの心は過去へと飛ぶ。
それは自分が――、
エドワード・エイムズ子爵……、そう呼ばれていた頃の記憶であった。
◆◇◆
直属の上司である【ラウントリー伯爵家】の代理人として一つの集落の領主となった【エドワード・エイムズ子爵】若く優れた領地経営を行う人物であった。
彼の領地である小さな村は、小さいながらも笑顔に溢れており、何よりもその当時明確に被差別民族とされていた【魔種と人間の混血】も他の人間と分け隔てなく、そして仲良く暮らしているある意味で楽園とも言える場所だった。
領民らは【エドワード・エイムズ子爵】を【エド様】と呼んで親しんでおり、彼もまた領民たちを慈しんでいた名領主であった。
そして、若くして家をついで十代後半という若さであったエドには愛する女性が居た。その名を【クラリス】……、【魔種と人間の混血】である娘であった。
彼女らは妹である【ネリィ】と共に二人暮らしをしていた。……親を理由もなしに殺されて、そして国中を彷徨っていた彼女らを保護して家や仕事の斡旋をしたのがエドだった。
二人は生まれに関係なく善良で――そして働き者だった。直ぐに村に溶け込んで……、そして……、
「エド兄様!!」
「お?! ネリィ……、仕事の休憩時間かな?」
「うん! 今日納品予定の細工物は大体終わったのよ!」
その言葉――、金髪をショートボブに切りそろえた少し耳が尖った娘ネリィの返答に――エドは笑って答えを返した。
「流石だな……、あ……」
「何? 兄様……」
エドは少し申し訳なさそうな表情をしながら問いに答える。
「珍しい魔石を手に入れたんで……、それ……ペンダントにできるかな?」
「ふ~~ん?」
そのエドの言葉にネリィはいたずらっぽく笑ってエドに言った。
「それは……クラリス姉様へのプレゼント?」
「う……ぐ……」
そのネリィの言葉にエドは狼狽えた表情を作る。
「いや……その……、魔石は二つあるから……、もう一つのはネリィにって……」
「……」
そのエドの言葉に少しびっくりした表情になってネリィは答えた。
「え? 私? 私は別に……」
「……いや、もらってほしいんだ……。僕の……義理の妹……として……」
「――!」
そのエドの言葉にネリィの表情が輝くような笑顔に変わる。
「……それ……ホント?!」
「うん……決心した……。まあ色々困難はあるけど……、僕はクラリスを守る……。そして同じ人生を歩む……そう決めた」
「兄様……」
その決意がどれほどのものかはネリィならば理解出来ていた。
明確な被差別民族である【魔種と人間の混血】を、自分の妻に迎えるということの意味を痛いほど知っていた。
それでもその困難を乗り越えようとしてくれたエドに……、ネリィは熱い想いを抱いていた。
「エド兄様……」
「大丈夫さ……、何が在っても……、クラリス……、そしてネリィは僕が守る……」
そう言って笑顔を向けるエドに確かに頷くネリィ。そこに長い金髪碧眼で耳が少し尖った娘が現れた。
「あ……クラリス姉様……」
「どうしたの? 二人とも……、楽しそうね……」
優しい笑顔で二人に微笑みかけるクラリス。その温かな笑顔にエドは熱い想いを抱きながら彼女に近づいてその手を握った。
「エド? どうしたの?」
「……クラリス……、改めて言う……」
「……?」
その熱い想いのままにエドはクラリスに思いの丈をぶつけたのである。
「僕の伴侶になってほしい……、色々困難があって……、多分直ぐには婚姻には至れないかもしれない……」
――でも僕は君を……、
……君を幸せにしたいんだ!
その言葉を顔を真赤にして聞くクラリス。
しかし、直ぐに表情を曇らせて言った。
「……でも、そんな事をしたらエイムズ子爵家に傷が……」
「傷にはしない! 僕がさせない!! どうか……僕を信じて!!」
その言葉を幸せそうに聞くクラリスだが……、少し考えてから答えた。
「……あの、もう少し考えさせて……ください」
「姉様?!」
「伴侶になるなら……エドの……人生の一部を貰うということ……。その覚悟をしたいから……」
その答えにエドは静かに頷いた。そしてクラリスに優しい笑顔で言った。
「ずっと……待ってる……」
「はい……エド……」
そうして見つめ合う恋人同士は……、とても幸福に満ちた想いの中にあった。
――その二週間後に起こる……、あの事件までは……。
◆◇◆
それは突然……、ある昼下がりに起こった。
領民である村人の一人が、領地内を見回っているエドのもとに、悲痛な表情で現れたのである。
「エド様!! エド様!!」
その余りに絶望に満ちた表情になにかよくない予感を覚えるエド。
「……どうした? 何が……」
「今……、峠向こうのバウアー侯爵領の騎士が……」
「何?! バウアー侯爵?!」
それはエイムズ子爵領――、正しくはラウントリー伯爵家の領地に隣接している大貴族の私兵のこと。
何かと領地の境で諍いを起こしているバウアー侯爵家の騎士が現れたということは……。
「今……どこにいる?!」
「……こ……こちらです……」
悲痛な表情でエドを案内する領民。
その目前に白銀の鎧の騎士の集団が見えてきた。
「あ……、貴方がたは……」
「ふん? 貴様……【エドワード・エイムズ子爵】でよいな?」
明確に立場が上であるはずのエドに、ただの騎士が横柄に言葉をぶつける。
そして、その馬の背に乗せていた大きなズタ袋を地面に放おった。
「ゴミを処理しろ……、貴様の領地のモノであろう?」
その言葉に不審なものを覚えるエド。そのズタ袋は――ちょうど人間が一人入る大きさで……。
「……え? これは……」
「そのゴミを処理しておけ……。そして後々……、そのゴミが……我がバウアー侯爵御子息に成した所業に対する謝罪を……」
――公式な形でしてもらうぞ?
その言葉に――、言葉を失うエド。
なにか嫌な予感がする……、何故か体が震える。
「その……もしやその中身は……」
「ゴミだと言ったろう? 魔種との混血など……」
――!!
その言葉にエドの思考は一瞬真っ白になる。それは……、ズタ袋の中身が……、自分の領内に住む【魔種と人間の混血】という意味であり。
――エドは震える手でそのズタ袋の袋の口を開いた。
「……」
その瞬間エドの思考は停止した――。
――クラリスがいた……。
――その身には衣服を纏ってはいなかった。
――それどころか……、
……乱暴された跡すらあった。
そして――、ほんの数日前に結婚の約束と共にあげた……、魔石の首飾りが……、
……なくなっていた。
「……」
黙り込むエドに馬上から騎士が言う。
「領内の丘で狩りをなさっていたご子息様が、領内に無断で侵入して薬草取りをしているそのゴミを見つけてな……。平和的に注意をしたご子息様の……、その頬を叩いたのだ……」
――【魔種と人間の混血】ごときが……我が主の御子息に手を上げるなど……。
「……分かっているな? 必ず謝罪をしてもらうぞ? それが出来ぬと言うならば……」
その高圧的な騎士の目が、側にいる領民を睨んだ。
それでも反応を示さないエドに小さく「フン」と呟いて……、そして騎士たちは去っていった。
エドは……、
……守ると決めたクラリスの無惨な亡骸を前に……、ただ黙りこくっていた。
◆◇◆
そのクラリスの有様は……、ただ注意したなどと言うことはあり得なかった。
明確に――、強姦されていた。
おそらく――、その過程でクラリスは頬を叩いたのだろう。
そして――、魔石のペンダントも……、かのバウアー侯爵の息子が持ち去ったのだ。
許せるわけがない――許せるわけが……。
――でも、そうはいかなかった。ラウントリー伯爵家の圧力がかかったのである。
そして、領地の境界線での諍いが多く、さらには辺境の守護貴族として高い軍事力を誇るバウアー侯爵の威圧に逆らえるはずがなかった。
もしそれをすれば――、領民たちの破滅へと継る。
――だから、エドは……、バウアー侯爵の悪辣な息子、
クライド・バウアーが嘲笑を向ける前で……、
……土下座をする他無かった。――それが全ての手打ちの条件だった。
全ては領民のために……、領地を預かる貴族として、彼らに害が及ぶようなマネは出来なかった。
――クラリスを凌辱して殺害した男【クライド・バウアー】の前で――、エドは色の消えた瞳で土下座した。
そして――、
ある日、村を感情の消えた表情で歩くエドの前にネリィが現れた。
その表情は……、怒りと、悲しみと……、憎悪と、失望にまみれていた。
ネリィは……、首にかけた魔石のペンダントをエドに向かって投げつける。
――音もなくそれは地面に落ちた。
「ねえ兄様」
「……」
「何故、兄様は……、姉様を殺されたのに、……アイツに頭を下げているの?」
「……」
その言葉を静かに聞くエド。
そのネリィの表情が――失望と、憎しみに染まってゆく。
「答えて……、兄様……」
――ああ、そのとおりだ。私は何故……、あのカスに頭を下げた?
何の意味があって……、クラリスを……、愛する女を……、
……玩具にして殺したあの男に……、
……なぜ?
エドの心に闇が満ちてゆく。
ネリィは静かにその場を去って……、そしてそれ以降、二度とエドの前に立つことはなかった。
「……クラリス……」
静かにエドは空を見上げる。
その背後に静かに近づくものがいた。
「……君は、怒りの心に染まっているのかい? 大事な人を殺した者が憎いのかい?」
「ああ……」
「ならば……、力と……、余計なことを考えない心を君に授けよう……」
そうして嘲笑を浮かべるその男こそ――、
――【旅の魔法使い】だった。
――そうして、名領主と言われた若き貴族――、【エドワード・エイムズ子爵】の人生は終わった。
その直後に――、【バウアー侯爵領】が魔種因子保有者――後に【闇紳士レイレノール】と呼ばれる者によって侯爵家全員が惨殺され……、領地も焼き討ちにあって多くの人間が死んだ。
【エドワード・エイムズ子爵】と呼ばれる貴族は同時期に行方不明になって……、そして、グラーベン王国には【旅の魔法使い】とその配下【魔種因子保有者】による災厄が降り掛かったのである。
◆◇◆
レイレノールの心の底。魔種因子に宿る――【アレ】はほくそ笑む。
『……そうだ……、人間はカスだ……』
人間とは――、
――我が玩具。
――我が奴隷。
――我が食料。
『やつらに自由意志など必要ない……』
レイレノールは、あの日から――、魔種因子を埋め込まれたあの日から――、
――人間というものに対する認識が改変されている事実に気がついてはいなかった。
彼が守ろうとした領民たちは、クラリスの不幸を彼と共に嘆き、――そして共に怒っていた。
――そんな領民たちを……、今の彼は――、
――なぜか思い出せない。
――初めから無かった事にされている。
レイレノールは気が付かない。
自らの魔種因子――、それに宿る存在を……。
――そして、【アレ】は――、
――【焦魔帝グラムザグ】は――再び、自らの肉体復活のために、殺戮へ向かおうとするレイレノールを――、
――心底蔑むように嘲笑したのである。




