161 ダンジョンINダンジョン
別の作品が完結したところで、再開します。
お待たせしていれば、嬉しいです。
それと、初レビューありがとうございました。大変光栄です。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
俺は、祠のように見える積み上がった石を前に、周囲を伺った。
この世界で、見通しがいいのは初めての経験かもしれない。
いつも木々に覆われ、あるいは巨木に圧倒されてきた。
現在、何もない荒野で、目の前に積み上がった石がある。
俺は魔法の石板を取り出し、生命魔法をタップする。
耳を澄ます。シルフに言われていたが、魔法を使用すると、長い耳を持つシルフや、ウサギそのもののアリスに負けない聴力を得られるようだ。
風の音、蠅のような小さな虫の羽音までが聞き取れるが、俺を食べようとするような生物が近くにいるとは思えない。
俺が知る世界とは、すでに生態系が大きく変わっているのだろう。
ドラゴンと、ドラゴンと敵対する存在が支配する世界だ。
ドラゴンと敵対するというのが、ドラゴンロードの言葉を真に受ければ、自我を持った植物らしい。
身の危険がないことを確認すると、俺はダンジョンを攻略する度に日課になっていた、石板の魔法画面を確認することにした。
ダンジョンを攻略した後、ダンジョンでの使用回数によってレベルがあがり、ダンジョン内での経験に応じて新たな魔法を習得する。
たぶん、そういう仕様だ。誰も説明してくれないので、自分で分析するしかない。
確認すると、生命魔法がレベル6、精神魔法がレベル4になっていた。
連打していた死霊魔法がレベル3、同化魔法がレベル3に上がり、あまり使用しなかった爆発魔法はレベル3から変わらず、一度しか使用しなかったゴリラ魔法がレベル2になっていた。
新しい魔法は習得していない。
それでも、かなりの成果だと思えた。
俺は、魔物画面からアリスとシルフを呼び出した。
「わぁ……美味しそうな世界ですね」
ウサギのアリスは、呼び出すとすぐに食べられる草を求める。
魔法の石板に入っている間は時間が停止しているはずなので、常に腹を空かせているということだろう。
「ソウジ、ここは……戻ってきたのか?」
シルフが尋ねながら、荒野に生えている草をむしってアリスに差し出した。
アリスは、シルフに差し出された草を、もむもむと喰む。
この世界では、植物はドラゴンと敵対しているということだったが、全ての植物が敵対するわけではないのだろう。
荒野に、草は生えている。
シルフに抜かれた草が、抗議の声を上げるということもない。
シルフが草をむしるのは、アリスのためではない。草のしたに隠れている虫を探すためだ。
むしった草をアリスに食べさせているのは、ついでのはずだ。
「ああ。五つ目のダンジョンを破壊した。ここは、次のダンジョンの入り口だ」
俺が祠のような積み上がった石を叩く。
シルフが耳をぱたぱたと動かした。ウサギのアリスほどではないが、シルフもよく耳が動く。
「……次のダンジョンに行くために、地下洞窟に入るのか。もっと、楽に入れるダンジョンはないのか?」
俺も生命魔法で聴覚を強化して探ったが、シルフはもっと別のものを聞き取っているようだ。
聴覚で探ることに対する経験値の差かもしれない。
「ああ。前回のダンジョンで、3万年以上が経過してしまったらしい。オーブがある異世界のうち、かなりの異世界が滅んだ後で、入ってもオーブを見つけることは無理だそうだ。残ったダンジョンには、時間を遡る方法が必ずある。時間を遡って、過去を修正することができなければ、知能のある生物が、何万年も世界を維持することはできないそうだ」
「……じゃあ、ソウジは3万歳なんですか?」
アリスが、頬を草でいっぱいにしながら尋ねた。
荒野である。生えている草の量は多くはない。
だが、ゴリラと戦った異世界のように、世界が文明で汚染されたわけではない。
草はそれなりに生え、アリスにとっては美味しい草であるようだ。
「ほとんどの時間、俺は凍ったままだった。人間は、数十年しか生きられない。凍っていると、そうでもないが」
「凍るってのは……あたしたちがソウジの魂の結晶に入るようなものか?」
シルフは、指先にオケラを見つけて嬉しそうに尋ねた。
見つけたオケラは、食べるのだ。
「ああ。俺は、魔法の石板に入ったことはないが、感覚としては同じようなものだろうな」
「ずっと凍っていたって……あの世界、そんなに寒かったか?」
アリスもシルフも、さっきまで俺がいた世界を知っている。
だが2人には、俺が凍っているところは見せていない。俺は答えた。
「新しい仲間の能力だ」
「新しい仲間? すごいな。また増やしたのか」
「新しい仲間って、雪だるまですか?」
感心するシルフとは別に、アリスが奇妙なことを口にした。
「雪だるまが動くのか?」
「動きますよ」
俺が尋ねると、口をもっしゃもっしゃと動かしながらアリスが応える。
アリスはシルフの方を見ていた。シルフが頷く。
「冷たくて丸い魔物だ」
「そ、そうか……そういう奴もいるんだな。だが、それじゃない」
俺は魔法の石板の画面をめくり、魔物画面を表示させた。
確かに、1人増えている。
前の世界で仲間になった、金色の小ドラゴンは、ウーとベティアは会っているが、シルフとアリスは会っていないはずだ。
俺は、新しく増えた仲間のアイコンをタップした。
その場に、金色の小ドラゴンが出現する。
「わっ、眩しいです」
「えっ? ド、ドラゴン? ソウジ、こんな魔物を入れて、魂が爆発しないのか?」
単純に驚いたアリスに比べて、シルフは細い目を大きく見開いた。
大きく目を開けたと判断できるほど、俺はシルフとは付き合いが長い。それほど、シルフは普段目が細いのだ。
「ここは……どこだ?」
小ドラゴンが、体のサイズにしては長い首を巡らせた。
「俺がいた世界だ。オーブを壊して、別の世界に移動した」
「……ほう。突然だな。突然環境が変わるのだな」
「ああ。俺の魔法の石板に入っている間、時間が止まっているらしい。だからこうして、時々仲間になった魔物を、外に出すんだ」
小ドラゴンは首を回らし、シルフとアリスを見つけた。
「……では、あれも餌ではなく仲間ということか?」
「ひっ!」
「アリス、落ち着け。食われないみたいだ」
飛び上がるウサギのアリスを、シルフが抱きしめる。
「は、はい。でも……恐ろしい。私より小さいのに……」
シルフに抱きしめられながら、アリスはがたがたと震えていた。
元々ドラゴンに憧れていたウーとは違い、アリスもシルフも、ドラゴンを恐れていた。
怖がるのは仕方がない。
だが、小ドラゴンはすぐに2人を仲間だと認識した。俺にも意外だった。
「凄いな。よく仲間だったわかったな」
「魂が、ソウジと繋がっているからな」
小ドラゴンは当たり前のことのように言った。
「『魂が繋がっている』?」
「さっきの世界では、死霊を捕まえていただろう。霊を見られるなら、見えるだろう」
「……本当だ」
俺は、魔法画面を表示させて死霊魔法をタップした。
その結果、目を凝らすと、俺の左手に持つ魔法の石板から、アリスやシルフ、小ドラゴンにまで、うっすらと繋がる糸のようなものが伸びているのに気がついた。
右手を伸ばしても、触れることができない。
何もないように素通りし、撹拌されるわけでもない。俺の所作に、呆れたようにドラゴンが言った。
「魂に触れられるなら、世界は死人で溢れかえるだろう」
「ああ……そうだな。アリス、シルフ、これがさっき言った新しい仲間だ。ドラゴンの……名前は?」
「あの世界で唯一無二の存在だったおいらに、名があるはずないと、前の世界で言ったはずだ」
小ドラゴンは、気に入っているのか、俺の頭の上で体を丸めた。
アリスが言った通り、丸まるとウサギより小さくなる。
ただし、重い。おそらく、鉄製の兜ぐらいの重さはあるだろう。
鋼鉄よりはるかに頑丈なはずなので、不思議はないが、俺の首の鍛錬になるだろう。
「そうだったな。前の世界でも、名前を聞いていた」
「だが……この世界にはドラゴンが大勢いて、区別するために必要なら、ソウジがつければいい」
「……ああ。そういえば、俺をここに運んでくれたドラゴン卿は、キリシアンという名前だ。ドラゴンロードは……俺が会った3万年前は1人しかいないから名前の必要がないと言っていた。俺の頭に乗るほど小さなドラゴンは、他にいない。だけど……ドラゴン自身は複数いる。他の世界にもいるだろう。紛らわしい時もあるだろうから、名前は欲しいな……ガルシスはどうだい?」
俺は、かつて元々の世界にいた時にはまったことのあるゲームのドラゴンキングの名を提案した。
俺の頭に乗っている金色の小ドラゴンは、前の世界でオーブが意思を持ち、変化したものだった。
オーブは、この世界の竜王の魂が、ドラゴンの秘術によって異世界に飛び散ったものらしい。
なら、小ドラゴンと竜王から生まれた、その小さな一部ということになる。
オーブの部分を取り出して破壊したので、もはや竜王とは関係ない可能性が高いが、名前ぐらいは俺の知るドラゴンキングと一緒でもいいだろう。
俺の頭の上で、小ドラゴンが首を上げた。
「そんな大層な名をつけられても、力の大部分はオーブと一緒に切り離された。あまり期待はするな」
「あ、ああ……」
俺がつけた名前の意味を、原生生物が知恵を持つ世界のオーブが知るはずがない。
まるで、俺の思考を読んだかのような小ドラゴン、ガルシスの言葉に、俺は息を呑んだ。




