外伝*ウェンディのパン
「ねぇ、ボルト。今度のアランの誕生日プレゼント、何がいいと思う?」
「んあ?何だよ、突然急に」
ボルトは、読んでいた本から目を上げ、キラキラした目で問うウェンディを見た。
「来週は、アランの十六の誕生日でしょ。去年は、毛糸の手袋をあげたから、今年は何が良いかなって」
「『春』に、毛糸の手袋は明らかに季節外れだったがな。アランなら何でもいいと思うぞ。お前が作ったものなら何でも」
ウェンディの手作りと分かると、いつもボルトに自慢してきて、数日ずっと暑くなるのも気にせず、つけ続けていたのを見ていた。それに加え、調子をよくしたウェンディは、城内の兵から下働きまで全員の手袋を仕上げてしまった。その結果、暑くなるなか、しばらくは着けていなくてはいけなくなり、『姫の手袋』として、ある種の恐怖話―――もとい、伝説になっていたのだ。
「あ!!そうだ。何か食べ物とかはどうかな?私も一回作ってみたかったの」
「いいんじゃないか?それじゃ、俺は読書…」
興味なさげに、また元々読んでいた本に目を戻そうとしたが、ボルトの手から抜き取られた。
「ついてきてくれるよ、ね?」
妙な眼圧で、問答無用で厨房に引きずられてしまっていた。
「それで、今はウェンディは何をしているんだ?」
アランは、王都に行っている父親の代わりに、領主代理として、民からの嘆願書らに目を通していた。結局、昨日はウェンディに付きっきりで付き合わされていたボルトを呼んで聞いていた。
「あー…何て言うか…アレは料理と言っていいんだよな?そう、料理、ではあるんだが、どちらかというと工作的要素がいっぱいな気が…」
しどろもどろに目を泳がせていた。嫌な感じの冷や汗まで浮かんでいた。
何を言っているんだ、と嘆願書から目を離したアランの目は、言わんばかりの色をかもし出していた。
「変な目で見るなよ…俺だって居たくて居たんじゃないし、食べさせられやしないか、ヒヤヒヤしてたんだ…」
年上の兄のような存在だったボルトがここまで怯えているのは、見たことがなかった。
もう少し聞こうとしたが、『ドゴーンッ』という衝撃音が城内に響いた。
「…敵襲か?」
アランは、目を険しくして嘆願書を机に置いた。
ボルトは、アランに動かぬように目で合図すると、扉をそっと開いた。
「…何があった?」
扉の外にいた兵に尋ねると、慌ててはいたが、きちんとした敬礼で答えていた。
「連絡は何も来ておりませんが、爆音のようです」
「賊の可能性もある。この爆音原因を探し出せ」
ハッ、という返事があると、走って他に伝えに行ったようだ。
「若は、安全な場所へ…」
ボルトは、抜き身の双剣を鞘から出すと、アランに改まった顔で言ったが、アランは、空色の瞳を曇らせていた。
「いや、それは不味い。ウェンディは、厨房にまだいるだろう。まず、ウェンディを保護してからにした方が、賊に割く兵の数を増やせるだろう。僕とお前と警護とでウェンディの方へ行った方が早い」
壁に掛けていた自分の剣を取った。
「うむ、そうしよう。行くぞ」
さっと扉の外の様子を見ると、近くの兵達に着いてくるよう言うと、厨房に向かった。
厨房の中からは、何やらバタンバタンという音が聞こえた。
「ここ…なのかもしれないぞ、賊は…」
アランは、唇を噛んで剣に手を掛けていた。
兵に厨房の両側につくようにボルトが指示すると、タイミングを見計らっていた。
「落ち着け、アラン。中で何が起こってるか分からないんだ」
ボルトは、落ち着いた声でアランに告げた。
「三、二、一、で扉を開ける。まず、お嬢様を保護して賊がいるか、各々で見渡せ、いいな?」
周りが頷いたのを確認すると、双剣を構え直し、数を唱え始めた。
「…三…」
重心を下げ、動きやすい体勢になった。
「…二…」
張り積めた空気になっていく。
「…一!!」
扉は開かれ、どっと厨房に入った。―――しかし、目の前にあったのは思いもよらぬ光景だった。
「――な、何をしているんだ…ウェンディ…」
丸焦げやら歪な形やらと、様々なパンに埋め尽くされた厨房の中に、粉だらけのウェンディが一人立っていた。
「あら。どうしたの?」
いつも通りの明るい声だった。
まだ辺りを見渡していたアランは、剣から手を離さぬまま、ウェンディをチラリと見た。
「どうしたの、こうしたのじゃない。賊は入っていないな?」
「賊?何のこと?」
きょとんとした表情のウェンディに、ボルトは何かを勘づいたようだ。
「もしや…。ウェンディ、大きな爆発音を聞かなかったか?」
「えっ?もちろん聞いたわよ」
その次の言葉に、ボルトは、やっぱりな、と言いたげな顔になり、それ以外は唖然とした。
「だって、ここから出たんだもの」
そう言って、指差した先は、パンを焼くための竈だった。
そう、『ドゴーンッ』という爆発音は、ウェンディがパンを作っている最中に出した『パンの失敗』を示す爆発音だったのだ。
兵に元の持ち場に戻るようにボルトが指示すると、壁にもたれかかった。アランはウェンディにその場に座るように言った。そして、自分も床に座った。
「ウェンディ。兄にこの惨状を説明しなさい」
「うん。パンを作ってたの」
話が読めず、苦い顔をしていた。
「…それで、どうして爆発音が?」
「パンにトウモロコシをたくさん入れて、焼いてみたのよ。そうしたら、何故か爆発しちゃって…あ、でも、他のパンは結構よくできたと思うの」
そう言って指したのは、何故か魚の顔がチラリと覗く、恐らく魚を丸々使っているだろう、見るもおぞましいパン――のような物体だった。
「…これ…パン…だよな」
「もちろんっ。あ、早いけど、アランには、誕生日プレゼントとしてあげるわ」
そう言って差し出されたのは、今度は見る限り普通のパンだったので、ほっと息をついた。
「じゃあ…いただくよ」
パンを受け取り、食べようとした。
「待て、アラン!早まるな!!」
ボルトは慌てたように止めようとパンに手を伸ばしたが、遅かった。
めきょ
怪しげな音をたて、アランの口に消え―――そして、アランは力なく倒れてしまった。
「ちょっと、アラン!!」
遅かったか、とため息をつくボルトは、チラリとアランが食べたパンを見ると、レモンが丸ごと入っていた。卒倒したアランに同情した。
そのあと、騒ぎの具合を聞いたウェンディは、謝罪の意を込めて、パンを配りに回った。
だが、ボルトから食べぬように釘をさされていたため、興味本意で食べた者以外食べなかった。興味本意で食べた者は、二、三日、医務室にお世話になった。
このことは、『姫のパン』として、伝説として語られるようになり、同時に『ウェンディお嬢様のパンを食べるべからず』という教訓が広まった。
そして、現在。
「ねぇ、アラン。また作ったのよ。食べて?」
セバスチャンに教わって作っていて、怪しげな色合いのパンを差し出していた。
「…すいません。アランさん…今回は、これ以上どうにもなりませんでした」
うっすらセバスチャンの目には、涙が浮かんでいた。
「…ウェンディ。今度は何を入れた…?」
「トマトと茄子とキュウリでしょー…それから――」
「も、もういいっ!頼むからやめてくれーっ!!」
アランの悲痛の叫びが、サファル王都城に響いた。




