三十章
「調査依頼が来ているから、近隣の村まで一緒に来るか?」
ウェンディは、ジョージアの自室で、お茶をしていた。
ウェンディは、意味もない話を何度も繰り返すので、仕方なしにジョージアが口を開いた。だが、その言葉にウェンディは、驚いたように目を点にしていた。
「――え?」
(始めに驚かされたのは私なのだが・・・・・・)
ジョージアは、自分のカップにやっと口につけると、ぼんやりついさっきのウェンディを思い出した。
『お邪魔をしに来ました。お茶しませんか?』
なかば押しかけたように入ってきたウェンディに目を丸くしながらも、ジョージアは、湯を沸かし出した。
ウェンディは、すぐ近くにあった椅子に座り込むと、膝に乗った黒猫を機械的に撫でながら、宙を見つめていた。
『急にどうした。朝は、フリッツとの魔術練習をしていると聞いていたが』
『――今日は、休みました』
夢を見ているようにボーッとしているウェンディは、譫言のように言葉を漏らしていた。
『おい。昨晩何かあったのか?』
ギクッと肩を上げる姿を見ると、何かあったことはバレバレだった。
『えっと。今日も天気悪いデスネ』
顔をジョージアから背けて、話を逸らそうとしたが、その日は、秋晴れのいい天気だった。
『・・・・・・晴れてるが?やっぱりお前、本当にあのパーティーで何かあったんじゃ―――』
『あぁぁ!!ジョージアさん、天気悪いデスネ』
無理やりジョージアの言葉を遮ったが、また同じ内容を話していた。
(何がしたいんだ。この子は・・・・・・)
呆れ顔になったジョージアは、ふと自分に来ていた依頼を思い出したのだ。
「調査依頼・・・ですか」
「お前は、依頼を受けたことは無いから、気分転換にでもどうだ?いつも魔術を行うときにフリッツだけじゃつまらないだろう」
ウェンディの膝の上で寝ていたジンも、いいんじゃないか、と賛成した。
「じゃあ、準備します」
ジョージアの部屋から出ていったのを眺めながら、ジョージアも自分の出かける準備を始めた。
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ウェンディは、護衛兼調査の依頼者として、国軍の中の一隊の隊長との待ち合わせに指定された城の中庭に着いた。そこに待っていた人物に思わず突っ立ってしまっていた。
「―――な、何で殿下がいるんですか?!」
ウェンディは、肩にジンを乗せたまま、ワナワナとその殿下を指差していた。
黒髪の青年は、ウェンディの声に、腕を組んだまま煩そうに、振り返った。
後ろから着いてきたジョージアは、柄になく申し訳なさげにウェンディに説明しようとしていた。
「何でと言われてもだな・・・・・・殿下の部隊を選んだのは、エレナだし――」
「エレナが?!」
思わず王子の前だということを忘れて、声を上げてしまった。その声に、仕方なしに口をリチャードは開いた。
「そうだ。彼奴はいつも何かと理由をつけて、俺を使いたがるが、今回ばかりは意味が分からん。しかも、副官をいつの間にか奴にすり替えられていたし・・・・・・」
無表情の顔に眉間の皺が、深くなって、いかにも機嫌が悪そうな様子になっていた。
「エレナ・・・・・・さんってそんなに偉い人だったんですか・・・・・・?」
後ろのジョージアに聞こうと、ジンが乗る右肩ではなく、左肩越しに振り返る。だが、最初に目があったのは、ジョージアではなく、息がかかるか、かからないかの距離にある、一つの青年の顔だった。
「エレナが、って言うよりもエレナのお父上が、って言った方が正確だろーね?今はエレナの兄君が継いでいるけど、元サファル国軍司令官だったから、軍内の権力強いしー。どうせエレナは、父君に良い顔して頼んだろーよ」
「・・・・・・そうなんですか」
青年の顔は、にこにこの笑顔が機嫌良さそうに浮かんでいた。
「ほーんと、いつもウェンディはかわい………っ!!」
口説く言葉がウェンディの『手』によって無理矢理遮られた。
何故なら、ウェンディは、あくまで冷静に、近くの顔の頬を両手で挟むと、クイッと顔を逆に向けたからだ。
青年の顔――もとい、ロジャーの顔が、勢いよく離れた。うっすら涙が浮かんでいた。
「あいたたたた。首がおかしくなっちゃうよー。それに、こんな扱いヒドイよー。君ってそんな子だったぁ?」
「あなたに会ってからそんなに経ってませんし、今のはジョージアさんのを真似しました」
いつもジョージアがグリンのアピールを交わすのに使う手の一つだった。
「ジョージアー、変な技教えないでよー。ボクがウェンディにアピ―――って、危なっ!!」
ロジャーがひょいと急に屈み、彼の後頭部があった場所を誰かの手が思いきり空を切った。
「いい加減にしないか、タヒュテイン卿。無駄口なんか叩いてないで、俺の副官なら、副官らしくしないと外してもらうよう、現司令官の従兄殿に頼んでくるが」
先ほどより眉間に皺が深くなっていた。
しかし、リチャードの機嫌を悪くしたことをさほど気にしてない様子で、馬を連れてきまーす、とすたすたと走り去ってしまった。




