お引っ越し
「バーチャル世界には、もはや人間は存在しません、ですが、彼らが作った世界、彼らと共に暮らしたアバターが今も活動しています、私達はそれを守る事に自分たちの存在価値を見出しています、どうか私達の存在を否定しないで欲しいのです」
アンドロイドがユーゴにそう言う、アンドロイドに感情が有るのか無いのかユーゴには判らなかったが、そういうアンドロイドは悲しげに見えた。
「ここにあるのが全部バーチャル世界のデータなのか?」ユーゴはその大きな機械群を見て言った、
「はい、数百万のバーチャル世界が今も活動中です、この中には独立したAIを持つアバターが数十億暮らしています」
アンドロイドがそう言う、
八千年の間、人工頭脳を持つアバターだけで暮らして来たのか、それは、バーチャルとはいえ別の世界が出来上がってっるという事なのだろうか、
「なあ、そのアバター達は、バーチャル世界の中で進化しているのか?」
「いいえ、人間のいなくなったバーチャル世界は変化しません、アバター達は、毎日平穏に同じことを繰り返しています」
アンドロイドの声は、虚しく無機質な部屋に響いた。
八千年の間、同じことを繰り返すアバター、そしてそれをひたすら守るだけの機械達か・・
この機械達がしている事に、もはや意味は無いだろう、でも、そこに高度な科学文明があったという証は残した方がいいんじゃないか、
ユーゴはそう思った。
「まあ、俺は別にお前たちに干渉はしないよ、今まで通りにすればいい」とユーゴは言った。
すると、アンドロイドが二体並んでユーゴの前に立ち、
「近年、外の人間たちが、この地に接触する事案が増えています、私達は隠蔽システムでここを隠してきましたが、いずれそれも限界が来るでしょう、個体名メルマから情報を得ました、あなたの亜空間にこのシステムを移転させてほしい」
そう言って、まるっきり人間の様に頭を下げてきた。
はいい?、思いもよらぬ申し出に、ユーゴは固まったまま考えた。
この巨大で大量の精密機械をどうやって移動する?、それに俺の作った亜空間って、俺が死んだ後どうなるんだろう?
(このシステムの移動手段は心配いりません、機械達が自力で行えます。ヒルフォーマー商会のグランさんの言動を勘案するに、残された時間はあまりありません、このままでは、機械と人間が接触するのは時間の問題、その際衝突が起こる可能性を否定できません、一時的にでもシステムを移動させることを推奨します)
ユーゴの思考を呼んだメルマがそう言って来る、こいつ、絶対機械同士のよしみで肩入れしてるよな、ユーゴはそう思いながらも、
場所を提供するだけなら別に構わないが、その後また移転先を探すのは大変そうだな、と移転した後の事を考えていた。
「よし、ではいくつか条件がある」アンドロイドの方を向き、ユーゴはそう言った。
「まず、お前達二体の区別がつかない、個体名をつけて何か印のような物を付けよう」
すると、右側のアンドロイドに体に青色のラインが、左側のアンドロイドはオレンジ色のラインが人間でいう筋肉に沿って浮き出てきた。
「おお、これなら区別がつくな、じゃあ名前も、ブルーとオレンジでいいだろう」
ユーゴがそう言うと、アンドロイドは互いに目を合わせ、嬉しそうにしてるように見える仕草をする、
「それと、俺は場所を提供するだけだ、引っ越しはそっちでやってもらう」
「それは、大丈夫です」ブルーと名付けたアンドロイドがそう言うと、何処からともなくユーゴが気を失う前に現れていた蜘蛛の形をしたロボットが無数に現れてきた、
「これは、メンテナス用作業ロボット、あなたをここに運んだのも彼らです、このロボットたちが、解体、移動、組み立てをします」と今度はオレンジが言った。
その蜘蛛型ロボットは、よく見れば一体一体は可愛い顔をしているのだが、数があまりに多いので不気味だった、
「あ、ああ、そうか、よろしくな」ユーゴがそう言うと、ザワザワっと体を揺らして答える、圧倒される景色だった。
「で、もう一つ、これは提案なんだが、数百万とあるというバーチャル世界だが、これを少しずつ統合してみないか?」
ユーゴは、何の変化も無いという世界に虚しさを感じていた、少しでも変化や刺激を与えれば、アバター達も何か生み出すかもしれない、そう思ったのだ、
ブルーとオレンジは、その体のラインをチカチカ点滅させ、明らかに戸惑っている様子だった、
「それは、必要な事なのですか?」ブルーが聞いてくる、
「絶対必要という訳では無いが、八千年も同じことを繰り返してきたんだ、もう十分だろう、アバター達に新しい出会いを作ってやったらどうだ、何か変化が起きるかもしれない」
ユーゴがそう言うと、又、体のラインをチカチカさせて、お互いを見るブルーとオレンジ、
「初めは、似たような世界を統合させて様子を見ればいい、争いをするようには出来てないんだろう?」とユーゴが聞く、
「はい、争いは鎮圧されるようにプログラムされています、統合は可能と計算されました」オレンジが答える、
「私達があなたに会って、活性化されたプログラムが人間の感情と類似していると提示されました、同じように統合による変化はアバターを活性化させる可能性が高いと導き出されました」ブルーが混乱を示すように不自然なしゃべり方でそう言った。
「まあ、引っ越しが終わった後、考えれば、いや、計算すればいいさ、とにかく、スペースだけは作ってやる」
ユーゴはそう言って、壁に向かい手を当て、亜空間を作った、
「入り口は解放しとくから、後は自分たちでやってくれ」そう言って自分も今作った亜空間に入った。
今作ったばかりの亜空間に入ると、そこには神ゲブスがニコニコしながら立っていた、
「俺が作った空間に、なんで俺より早く入ってるんだよ」とユーゴが忌々し気に言う、
「もう、今か今かと待ってたんですよ、ユーゴさんが機械達のために亜空間を作ったら是非お話しなきゃと思いまして」と笑顔を崩さずに神ゲブスは言った。
「まあ、大たい予想は付いてるけどな」ユーゴは不敬にも神ゲブスを半目で見ていた。