エピローグ
――遠い遠い、未来の話である。
◇
太陽が照りつける荒野を、幾台かのトラックが走っていた。
「――この辺りだ。止めろ」
「はい」
先頭の一台が止まると、それに続いていた何台かのトラックも同じように停車した。
彼らは荷物をまとめ、外に出る。
「恐らくは、そこに見える丘を越えた辺りだろう。地形からして、土砂などで入り口が閉ざされ、目視で発見できない可能性が高い。機器のチェックを怠るなよ」
その調査隊の指揮をとっている男がそう言うと、彼らは頷いた。
「知っているだろうが、見つけたとしても不用意に近づくな。旧時代の遺跡の内部には"毒"のようなものが充満していることが多い。繰り返しになるが、機器の数値の変化を見逃すな。……それと、防護服の用意もできているな?」
「はい!」
「よし、なら慎重に行くぞ」
男がそう言い歩き出すと、彼らもそれに続いた。
◇
彼らが調査を始めてから、およそ二時間ほどが経過した頃である。
「見つけました!」
隊員の一人がそう言った。
「あの瓦礫の下付近に大きな反応があります。恐らくは間違いないかと」
「瓦礫か……今の我々の装備で動かせそうか?」
「トラックに積んだ機材を使えば、なんとか」
「よし。急がせろ」
「はい!」
◇
「――完了しました! 中に入れそうです!」
丸々二日かけて、彼らは瓦礫の撤去作業を終えた。
「ただ、やはり"毒"があるようで……防護服の着用は必須のようです」
「なるほど」
隊長である彼は、調査隊の皆の顔を見渡した。
彼らは"毒"という言葉に尻込みしてしまっているようだった。新人ばかりだから仕方ない、と彼は小さくため息をつきながら、言った。
「まずは俺が一人で様子を見てくる。お前たちは待機していろ」
◇
(なるほど。これは確かに、旧時代の遺跡で間違い無さそうだ)
中に入った彼の目に映るのは、天井から床まで全てが金属で作られている通路である。現代の文化とは明らかに違うその様相に、彼はしばし見とれる。
それはただの鉄や鋼ではない。どういう成分で構成されているのか、そしてどうやって加工されたのか、現代の科学ではまだ解明できていない。
明らかなオーバーテクノロジー。彼はその技術に感動を覚えながら、慎重に先へと進んでいく。
ところどころ崩れた通路を迂回し、いくつかの扉を開け、中の様子を確認していく。
そうして進んでいくと、あるところから急に、天井や床の様子が変わった。
いたるところに、太い金属の棒や紐のようなものが表れ始めた。それは無数にあり、まるで機械の腕、あるいは触手のようなものに見えた。
(何だ……? ここから先に、何かあるのか?)
その変化に、何かを守ろうという意志のようなものを感じてしまう。
警戒しながら、恐る恐る彼が進んでいた時である。
『■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■』
「!?」
突然のその声に、彼は思わず飛び上がりそうになった。
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?』
それは彼に語りかけるような声だった。
男は慌てて携帯レコーダーのスイッチを入れる。彼は旧時代の言語を理解することができない。後で専門家に解析してもらうべきだと判断したのだ。
『……■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■?』
何かを尋ねるような声色。そこには敵意のようなものは含まれていなかった。
彼は恐る恐る口を開く。
「――申し訳ありません。貴女の言葉は、私には分かりません」
『――――――――』
その女性の声は僅か沈黙した後、再び言った。
『――解析が完了しました。恐らくこれで通じているはずですが、どうですか?』
「え? あ、ああ。大丈夫です」
『随分と多くの言語が混ざっていますね。今はそれが一般的なのでしょうか?』
「混ざって……? ……失礼ですが、貴女は何者ですか? 姿を見せていただくことはできませんか?」
『私に姿形はありません。――それよりも、あなたがここに来た目的を教えてください。どんな理由があってこちらを訪れたのですか?』
「それは――」
少し迷った末、彼は正直に言った。
「――こちらのような旧時代の遺跡には、今の人間にはない技術が多く眠っています。それらを掘り起こして解析し、現代の生活水準を向上させることが、私達の目的です」
『なるほど。技術が欲しいのですね。了解しました。――人類のためになることであるなら、私も惜しまず協力しましょう』
「……! それは、凄く助かります……!」
彼の声は思わず上ずってしまう。
遺跡の発掘例は世界中にあるが、実際に旧時代の人と接触し、直接何かを教えてもらったなどという事例は存在しない。既に滅亡しているのだから、当たり前である。
彼女がいったいどういう存在なのかは彼にも分からないが、もし彼女がこのまま協力的な態度を取り続けてくれたならば、それにより人類の文化レベルは一気に向上するのは間違いなかった。
『ただし、一つ条件があります』
「……条件とは?」
彼が尋ねると、通路の前方にあった金属製の腕が一斉に動き出した。
彼は思わず身構えるが、危害を加えるような様子ではない。むしろ、男の歩く道を示してくれているようだった。
『進んで下さい』
言われたとおりに通路を歩いて行く。角を曲がり、さらに進み、そして扉を開く。
その部屋には、それまでとは比べ物にならないほど大量の、金属の腕があった。それこそ部屋を埋め尽くさんばかりである。
その無数の腕もまた、ゆっくりと動いていく。内側に隠された何かを、彼に見せようとしている。
『条件というのは――』
まるで繭だ、と男は思った。
部屋の中央にある何かを守るために、無数に編まれた金属の糸。それらが次々に解けていく。
やがて、その中心にあったものは、
『彼の命を保護し、そしてできることなら、幸福な人生を歩ませて欲しいのです』
小さく、無垢で、純粋な命。
赤子が一人、金属の腕に抱かれながら、安らかな寝息を立てていた。
実験作。
生まれて初めてSFっぽい(全然SFじゃないですけど)ものを書いたんですが、色々と自分の未熟さを思い知らされました。
でもまぁ、結構楽しく書けたので良かったです。