01.死ぬはずだった少女
ユイは、自分の不運に名前をつけることを、ずっと前に諦めていた。
悪運。宿命。神様の悪戯。
どれも、それらしい言葉ではあったけれど、どれもしっくりこなかった。名前をつけたところで、次に何が起こるのか分かるわけではない。理由が分からないものに理由を与えても、次の瞬間に降ってくる砲弾を避けられるわけではないのだから。
だからユイは、考えることをやめた。
危険な場所から離れる。逃げ道を確保する。誰かが泣いていたら、声をかける。助けを求める声が聞こえたら、可能な限りそちらへ向かう。
できることを、できる範囲でやる。
それだけを考えて生きてきた。
もっとも、その方針が彼女の生存率を向上させているのかどうかは、甚だ疑わしかった。
「お姉ちゃん、こっち!」
小さな手が、ユイの指を引っ張った。
「分かってる。そんなに急がなくても大丈夫だから」
「でも、後ろから音がするよ!」
「……うん。そうだね」
大丈夫。
口にした言葉が、自分自身に向けた嘘だということくらい、ユイにも分かっていた。
背後から響く音は、地面を揺らし、建物の窓を震わせている。少し離れた場所では黒煙が立ち上り、通りには逃げ遅れた人々の荷物が散乱していた。
戦争が始まってから、こういう景色を何度見ただろう。
数えるのは、とうの昔にやめてしまった。
数えたところで、過去に戻れるわけではない。昨日まで商店を営んでいた人が、翌日には店を失っている。昨日まで一緒に歩いていた家族が、今日には離れ離れになっている。昨日まで当たり前だったことが、今日には当たり前ではなくなっている。
この世界では、未来というものがずいぶん信用ならない。
それでも、人は明日を信じようとする。
朝になれば目が覚める。お腹が空けば食事をする。大切な人がいれば、また会えると思う。
そんなささやかなことを、当たり前だと信じていたいのだ。
ユイも、そうだった。
だからこそ、目の前の子どもを放っておけなかった。
「お母さんは?」
尋ねると、少女は唇を結んだ。
「……分かんない」
「そっか」
ユイは、それ以上聞かなかった。
どこではぐれたのか。最後に見たのはどんな景色だったのか。名前は何というのか。
聞きたいことはいくつもあった。けれど、答えさせることで、この子が思い出したくないことまで思い出してしまうのなら、今は聞かなくてもいい。
「じゃあ、まず安全なところまで行こう。お母さんを探すのは、それからね」
「……会える?」
その声は、あまりにも小さかった。
ユイは一瞬、答えに詰まった。
会えるよ。
そう言ってしまえば、少女は安心するだろう。きっと、少しだけ足取りも軽くなる。
けれど、約束できないことを約束するのは、優しさなのだろうか。
ユイには分からなかった。
自分が何を言っても、戦争が終わるわけではない。はぐれた親子が必ず再会できるわけでもない。
それでも。
「会えるように、一緒に探そう」
ユイは少女の手を握り直した。
「一人で探すより、二人のほうがいいでしょ?」
少女はしばらくユイを見上げていたが、やがて、小さく頷いた。
その顔を見て、ユイはほんの少しだけ安心した。
何かを変えられたわけではない。
何かを解決できたわけでもない。
ただ、ひとりぼっちだった少女が、ほんの一時だけ、ひとりぼっちではなくなった。
それだけだ。
けれど、それだけでも、やる意味はあるのだと思いたかった。
◇
避難所へ向かう道は、すでに瓦礫で塞がれていた。
遠回りをすれば、まだ通れる道がある。そう教えてくれた老人は、途中で別の避難民を手助けするため、ユイたちと別れた。
そのとき、老人はユイに言った。
「無理はするなよ。若いからといっても、何でもできるわけじゃない」
「分かっています」
ユイはそう答えた。
分かっているつもりだった。
人間にはできることと、できないことがある。どれだけ手を伸ばしても届かない場所があり、どれだけ願っても間に合わない瞬間がある。
頭では理解している。
けれど、助けを求める人が目の前にいたら。
その人に手が届くかもしれないと思ったら。
自分にはまだ何かができると感じてしまったら。
その瞬間、頭で理解していたはずのことは、どこかへ消えてしまうのだった。
ユイは、何度もそれで失敗してきた。
危険な場所へ近づき、怪我をし、周囲の人に叱られたこともある。間に合わなかったこともある。自分が助けられなかった人のことを、夜になっても思い出してしまうことがあった。
それでも、助けを求める声を無視することには、どうしても慣れなかった。
――慣れたくなかったのかもしれない。
慣れてしまえば、きっと楽になる。
誰かが泣いていても、誰かが倒れていても、誰かが自分に手を伸ばしていても。
それを見なかったことにできれば、もっと上手に生きられるのだろう。
でも、そんなふうに生き延びた自分を、ユイは好きになれそうになかった。
「お姉ちゃん?」
少女の声で、ユイは我に返った。
「ごめんね。もう少しだから」
前方に、小さな広場が見えていた。
そこを抜ければ、避難所へ続く道に出られるはずだった。
二人は走った。
その途中、空気を切り裂くような音がした。
ユイが顔を上げたときには、すでに遅かった。
衝撃が広場を揺らした。
悲鳴が聞こえた。地面に細かな破片が跳ね、視界が砂埃で白く染まった。ユイは少女を抱き寄せるようにして、近くの壁の陰へ飛び込んだ。
耳鳴りがする。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
「……大丈夫?」
腕の中の少女は、震えながら頷いた。
「お姉ちゃんは?」
「私は平気。どこも痛くない?」
「うん……」
「よかった」
そう言ってから、ユイは周囲を見渡した。
先ほどまで通れた道には、崩れた建物の一部が落ちていた。広場の反対側では火の手が上がり、もうもうと煙が立ち込めている。
避難所へ続く道は、完全に塞がれていた。
ユイは唇を噛んだ。
別の道を探さなければならない。
しかし、少女を連れて、この状況をどう切り抜ければいいのか。
考えようとした瞬間、遠くから再び砲撃音が聞こえた。
今度は、さっきより近い。
「走ろう」
ユイは少女の手を引いた。
広場を抜け、建物の隙間を走る。通りに出ようとしたところで、頭上から大きな音が響いた。
建物の一部が崩れ落ち、二人の前に瓦礫の壁ができた。
逃げ道が、なくなった。
ユイは、立ち止まった。
ほんの数秒前まで、避難所へたどり着けると思っていた。少女を母親のもとへ連れていけるかもしれないと思っていた。
それが、たった一度の砲撃で、すべて変わってしまった。
「……お姉ちゃん?」
少女が不安そうに見上げてくる。
ユイは笑おうとした。
大丈夫だよ、と言おうとした。
けれど、その言葉が喉につかえて、出てこなかった。
どうすればいい。
どこへ行けばいい。
誰か、助けて。
心の中で叫んでも、答える人はいなかった。
ユイは、自分が震えていることに気づいた。
怖かった。
今までだって、何度も死にそうな目に遭ってきた。けれど、そのたびに何とか生き延びてきた。きっと今回も大丈夫だと、どこかで思っていたのかもしれない。
自分は、運が悪い。
でも、不思議なことに、いつも最後には何とかなってきた。
その経験が、いつの間にか、根拠のない期待に変わっていた。
今回も、何とかなるのではないか。
誰かが助けに来てくれるのではないか。
そんな自分勝手な期待を、ユイは初めて恨めしく思った。
次の瞬間、爆音が響いた。
建物が揺れた。
ユイは反射的に少女を抱きしめ、崩れ落ちてくるものから庇おうとした。
逃げられない。
そう理解した瞬間、頭の中が不思議なほど静かになった。
ああ。
ここで死ぬんだ。
そう思った。
死ぬということが、こんなにも簡単に訪れるものだとは思わなかった。
明日、何を食べようかと考えることも。
いつか戦争が終わったら、どこへ行こうかと夢見ることも。
誰かを好きになったり、誰かと喧嘩したり、くだらないことで笑ったりすることも。
まだ、何も終わっていないのに。
まだ、何も始まっていないのに。
ユイは目を閉じた。
少女を抱く腕に、力を込めた。
せめて、この子だけでも。
自分が死んでも、この子だけでも助かってほしい。
それが、最後に浮かんだ願いだった。
◇
衝撃は、来なかった。
代わりに、誰かがユイの身体を強く押した。
「――伏せて!」
聞き覚えのない声だった。
ユイは地面に倒れ込んだ。
抱きしめていた少女が、誰かの腕に抱えられている。視界の端に、見知らぬ少年の姿が見えた。
少年は少女を安全な場所へ押し出すと、今度はユイのほうへ向き直った。
その顔を見た瞬間、ユイはなぜか、時間がゆっくり流れ始めたように感じた。
年齢は、自分と同じくらいだろうか。
黒に近い髪が、砂埃で少し乱れている。瞳は驚くほど落ち着いていた。
こんな状況なのに。
目の前で建物が崩れ、空気が震え、逃げ場もないというのに。
彼の目だけは、まるで穏やかな朝の湖のようだった。
少年はユイに手を伸ばした。
その手を取ろうとした瞬間、再び大きな衝撃が走った。
少年がユイを庇うように覆いかぶさった。
音が、遠のいた。
身体が、地面に沈んだように感じた。
そして。
少年の身体から、力が抜けた。
「……え?」
ユイは、しばらく何が起こったのか分からなかった。
自分の上にいる少年は、動かなかった。
「ねえ……?」
呼びかけても、返事はない。
少年の顔を覗き込む。
目は閉じられていた。
先ほどまで確かにそこにあった、穏やかな瞳は見えない。
「ねえ、ちょっと……」
ユイは彼の肩に手をかけた。
揺らしてみる。
反応はなかった。
何度も名前を呼ぼうとして、名前を知らないことに気づいた。
当たり前だ。
彼とは今、出会ったばかりなのだから。
どこに住んでいるのかも、何をしていたのかも、好きな食べ物が何なのかも知らない。
何一つ知らない。
それなのに。
どうして。
「……なんで、こんなこと……」
声が震えた。
少年が自分を庇ったことは分かっていた。
彼がいなければ、自分はきっと、ここで死んでいた。
だからこそ、理解できなかった。
どうして、会ったばかりの自分のために。
どうして、そんな簡単に。
どうして、自分の命を。
「起きてよ……」
ユイは少年の肩を揺すった。
「ねえ、お願いだから……起きてよ……」
涙が頬を伝った。
戦場で、人が亡くなるところは何度も見てきた。
泣いている人を慰めたこともある。泣くことすらできなくなった人の隣に座ったこともある。
誰かが亡くなるたびに、周囲の人々は言った。
仕方がなかった。
どうしようもなかった。
あの状況では、誰にも助けられなかった。
きっと、どれも間違いではないのだろう。
けれど、ユイは今、そんな言葉を聞きたくなかった。
仕方がなかったなんて、思いたくなかった。
どうしようもなかったなんて、認めたくなかった。
まだ何も伝えていない。
ありがとうも。
助けてくれて嬉しかったということも。
どうして自分を助けてくれたのかということも。
何も。
何も、伝えられていないのに。
「……いやだよ」
自分の声が、ひどく幼く聞こえた。
「お願い……死なないでよ……」
その言葉を口にした瞬間、ユイは自分が何を願っているのかを理解した。
彼に生きていてほしい。
自分を助けたからではない。
自分の命を救ってくれたから、恩返しをしたいということでもない。
ただ、彼に生きていてほしかった。
今、この瞬間に。
自分の目の前で。
知らない誰かとして出会ったまま、二度と会えなくなるのが嫌だった。
そんな願いが、どうしようもなく胸の奥からあふれてきた。
ユイは少年の手を握った。
冷たくなったわけではない。
けれど、握り返してはくれなかった。
その事実が、何よりも悲しかった。
◇
「……どうして泣いてるの?」
声がした。
ユイは顔を上げた。
少年が、目を開けていた。
何事もなかったかのように。
まばたきをして、少し不思議そうにユイを見つめている。
「……え?」
ユイは、口を開けたまま固まった。
少年は首を傾げた。
「大丈夫? どこか痛い?」
「え……いや……あなた……」
言葉がうまく出てこない。
少年は自分の身体を確かめるように、ゆっくりと起き上がった。
服には砂埃がついていたが、先ほどまでの傷は見当たらない。
彼は少しだけ眉を寄せ、胸元に手を当てた。
「……あれ?」
自分でも、不思議そうだった。
「僕、どうなったんだろう」
「どうなったって……」
ユイの声は、かすれていた。
「あなた、死んでいたよ」
少年は、ユイを見つめた。
「そうなの?」
「そうなの、じゃないよ……!」
思わず声が大きくなった。
少年は驚いたように肩をすくめた。
ユイは、彼の顔を何度も確かめた。
本当に生きている。
目を開けて、呼吸をして、こちらを見ている。
さっきまで動かなかった人が。
もう二度と目を覚まさないと思った人が。
ユイは少年の頬に手を伸ばした。
温かい。
恐る恐る、もう片方の手でも触れてみる。
少年はされるがままになっていたが、やがて少し困ったように笑った。
「……くすぐったいんだけど」
「だって……」
声が震えた。
「だって、あなた……本当に……」
その先を言おうとしたのに、また涙がこぼれた。
少年は、どうしたらいいのか分からないという顔をした。
それから、少し考えて。
ユイの頭に、そっと手を置いた。
「……よかった」
小さな声だった。
「君が無事で、本当によかった」
ユイは、何も言えなかった。
自分を庇って死んだ少年が、再び目を覚ました。
そして、彼は自分のことよりも、ユイが無事だったことを喜んでいる。
その事実が、胸の奥を強く締めつけた。
「……どうして?」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
「どうして、私を助けたの?」
少年は、困ったように笑った。
「どうしてって……」
少しだけ考えてから、当たり前のことを尋ねられたかのように答えた。
「君が、助けを必要としていたから」
ユイは息を止めた。
たった、それだけ。
彼は自分の命を失うかもしれない状況で、ただ目の前に助けを必要とする人がいたから、手を伸ばした。
そこに特別な理由はなかったのかもしれない。
立派な信念も、誰かに褒められたいという気持ちも、あったわけではないのかもしれない。
ただ、助けを求める人がいた。
だから助けた。
それだけのことだった。
それだけのことが、ユイにはひどく眩しく見えた。
「……名前」
「え?」
「あなたの名前、何ていうの?」
少年は、少しだけ目を伏せた。
やがて、申し訳なさそうに首を横に振った。
「……分からない」
「分からないって?」
「自分の名前も、どこから来たのかも。何も覚えていないんだ」
ユイは言葉を失った。
少年は、自分の胸元を見つめている。
「気がついたときには、一人だった。どうしてこんな場所にいるのかも、どうして死んで生き返えったのかも、僕には分からない」
彼は自分の手を開き、閉じた。
それが本当に自分の手なのか、確かめるように。
「僕は……人間とは違う、何かなのかな」
その声には、恐怖があった。
けれど、それは自分が死ぬことへの恐怖とは少し違っていた。
自分が何者なのか分からない。
自分の命が何のために存在しているのか分からない。
自分がここにいてもいいのかさえ、分からない。
そういう種類の、名前のない恐怖だった。
ユイは、少年の手を見つめた。
先ほど、自分を庇った手。
自分を守るために伸ばされた手。
そして、今は、自分が何者なのか分からずに戸惑っている手。
ユイには、彼が何者なのか分からなかった。
彼が本当に人間なのか、それとも違う存在なのか、答えられるはずもなかった。
それでも。
「……少なくとも」
ユイは、涙を拭った。
「私を助けてくれたのは、あなたでしょ」
少年が顔を上げた。
「それじゃ、駄目なのかな」
彼は、しばらくユイを見つめていた。
やがて、張りつめていた何かが緩んだように、小さく笑った。
「……ううん」
その笑顔を見て、ユイは思った。
この人を、一人にしたくない。
どうしてそう思うのか、自分でも分からなかった。
彼が自分を助けてくれたからだろうか。
自分の命を顧みずに行動した彼の優しさに、心を動かされたからだろうか。
それとも、自分と同じように、彼もまた、この世界で居場所を見つけられずにいる気がしたからだろうか。
きっと、全部なのだろう。
ユイは立ち上がり、少年へ手を差し伸べた。
「……じゃあ、行こう」
「どこへ?」
「安全な場所。ここにいたら、また危ない目に遭うから」
少年は差し出された手を見つめた。
「でも、僕は……」
「あなたがどこから来たのか、どうして生き返るのか。それは、あとで考えよう」
ユイは自分でも驚くほど、はっきりと言った。
「今は、とりあえず生きていてよ」
少年は目を見開いた。
そして、ゆっくりとユイの手を取った。
「……うん」
その手は、温かかった。
ユイは少年の手を握りながら、ようやく自分も立ち上がった。
まだ、戦争は終わっていない。
世界は何も変わっていない。
明日、何が起こるのかも分からない。
それでも。
今、自分の隣には一人の少年がいる。
自分の名前も、過去も、帰る場所も知らない少年。
死んだはずなのに、生き返った少年。
そして、自分を助けてくれた少年。
ユイは、彼の手を少しだけ強く握った。
「ねえ」
「うん?」
「……あなた、これからどうするの?」
少年は足を止めた。
そして、困ったように笑った。
「分からない」
その答えを聞いて、ユイは思わずため息をついた。
「もう……」
どうして、自分の周りには、こんなにも放っておけない人ばかり現れるのだろう。
自分だって、今にも泣き出しそうなくらい怖かったのに。
それでも。
ユイは、少年の手を離さなかった。
「じゃあ、私と一緒に来てよ」
それは、勢いで口にした言葉だった。
言ってから、ユイは自分の顔が熱くなるのを感じた。
まるで、ずっと前から彼を待っていたかのような言い方ではないか。
ただ、放っておけなかっただけ。
記憶がなくて、自分が何者なのかも分からない彼が心配だっただけ。
それ以上の意味なんて――。
「いいの?」
少年が尋ねた。
あまりにも素直な声だった。
ユイは、少しだけ笑った。
「……うん」
少年も笑った。
「ありがとう」
その言葉を聞いたとき、ユイは不思議なことを思った。
ああ。
この人が、明日も生きていますように。
これからも、笑っていますように。
そして、いつか。
自分の名前を、彼が自分自身のものとして、誇らしく口にできる日が来ますように。
そんなことを、願っていた。
まだ名前も知らない少年に。
つい先ほど、死んだはずの少年に。
何度でも生き返るという、奇妙な秘密を持った少年に。
このときのユイは、まだ知らなかった。
彼が何度でも生き返ることのできる命を持っていることも。
その命には、いつか終わりが来ることも。
そして、自分がいつの日か、彼に向かって『死んでもいいなんて、絶対に思わないで』と泣きながら訴えることになるのも。
何一つ、知らなかった。
ただ、彼と一緒に歩き始めた。
戦争の続く、壊れかけた街の中を。
帰る場所の分からない二人が、帰る場所を探すために。
――それが、すべての始まりだった。




