第二話 俺はまだ、何者でもない
目を覚ました瞬間、最初に感じたのは違和感だった。
硬い。
ベッドじゃない。
布団……いや、これは布ですらない。
背中に伝わる冷たい感触に、俺はゆっくりと目を開けた。
「……どこだ、ここ」
見知らぬ天井。
木で組まれた柱。
隙間から差し込む朝日。
そして、鼻を刺激する土と藁の匂い。
昨日まで俺は、自分の部屋で歴史の本を読んでいたはずだ。
豊臣秀吉について調べながら、いつものように眠りについた。
なのに。
「……まさか」
嫌な予感がした。
俺は慌てて立ち上がり、近くにあった水桶を覗き込む。
水面に映った顔。
そこにいたのは、俺が知っている自分ではなかった。
若い。
細い。
そして、見覚えのある顔立ち。
「……猿顔」
思わず呟く。
歴史の教科書で何度も見た。
織田信長にそう呼ばれた男。
後に天下人になる男。
「豊臣秀吉……」
声に出した瞬間、背筋が寒くなった。
冗談だと思いたかった。
夢だと思いたかった。
でも、この空気。
この服。
この時代の建物。
全部が現実だと告げている。
「いやいやいや……」
俺は頭を抱えた。
普通、転生っていうのはもっとこう……あるだろ。
神様が出てきたり。
能力をもらったり。
最強武器を渡されたり。
でも俺には何もない。
あるのは――
「歴史の知識だけ」
俺は歴史オタクだった。
戦国時代の出来事なら、人より詳しい自信はある。
織田信長。
明智光秀。
徳川家康。
誰がいつ何をして、どう天下が動いたのか。
全部知っている。
……はずだった。
「でも」
俺は拳を握る。
「未来を知っていても、今の俺は何者でもない」
そう。
今の俺は天下人じゃない。
大名でもない。
武士ですらない。
ただの一人の人間。
腹は減る。
金はない。
味方もいない。
歴史の教科書に載っている秀吉も、最初から偉かったわけじゃない。
小さな一歩から始まった。
「だったら……」
俺は外を見る。
荒れた土地。
古びた家。
何もない場所。
でも。
「ここから始めるしかない」
歴史を知っているなら、未来を変えられるかもしれない。
いや。
変える。
俺はまだ豊臣秀吉じゃない。
ただの農民だ。
でも――
「天下を取った男が、ここから始まったなら」
俺にもできるはずだ。
まずは、生きる。
そして、人に認められる。
そのために。
「この土地を変える」
俺は近くにあった道具を手に取った。
最初の仕事は――
荒れた庭の手入れだった。




