パーティ結成
ローグたちの宿の食堂は、50人は入れそうな広さだった。
中央には部屋を二分するように長テーブルが2つ、その横には複数の円テーブルがあり壁にもカウンターのようなものが取り付けられていた。
そんな場所の円テーブルの1つをローグたちは囲んでいる。
朝食のメニューは柔らかいパンに生野菜、ベーコンとソーセージに豆のスープだ。
この宿屋は探索者向けに運営されているため、種類こそないが量は多い。
そんな探索者向けの豪快な朝食を前にしながら、ローグはその一言に目を白黒させた。
「俺とパーティを組みたい?」
「はい! 私の事情を知っている探索者はローグさんだけですし、今の私が信用できるのもローグさんだけなので」
「あー、まぁ、それはそうなんだろうけど」
信頼を向けられることに悪い気はしないどころか嬉しい。
しかし、昨日「彼女には別の生き方があるのでは?」と考えを巡らせ、自分の行いに後悔し始めていた時に出された申し出にローグは内心で頭を抱えていた。
ちらりと伺ったユラシルの表情には不安が見えたが、揺るぎない決意のようなものも見える。
彼女も彼女なりに考えて答えを出した、ということがありありと浮かんでいた。
(恐怖はある。しかし譲るつもりはない、と。
なるほど、これは下手に言ってもより意固地になるだけだな)
自分は彼女を助けただけであり、導く存在ではない。
そう自負しているローグができることは最後まで見捨てずに助け続け、考える時間を作るぐらいだ。
そもそも彼女の調査には付き合うつもりだった。その間パーティを自分と組むことになると考えれば良いだろう。
「わかった。俺とパーティを組もう」
ローグが快く頷いたのを見てユラシルは表情をパァっと華やかにさせ、隣にいたメリスを見た。
メリスは「よかったな」と祝福するように笑みを浮かべて背中を優しく叩く。
しかしそんなユラシルへとローグは続けた。
「ただし、条件がある」
「条件、ですか」
ユラシルは先程までの笑顔を消し、表情を真剣なものにする。
どんな条件だろうか。
試験のようなものだろうか。
それとも何か実力を示すようなものだろうか。
どんなものが出されるか絞りきれなかった彼女の全身に力を籠め、ローグの言葉を待つ。
そんな彼女に対して彼は柔らかい笑みを浮かべた。
「まぁ、そんなに難しくない。
ただ俺と連携が取れるかどうかってだけだ」
「連携……?」
「探索者のパーティにとって連携は必須だ。どんなに強くても、1人では限界がある。
だから俺と実際に動いて、それができるか試す。」
どれほど1人が強くとも、基本的にその1人ですべてのことに対処はできない。
ゆえにパーティを組み、連携を磨く。
例え寄せ集めだろうと自分の力を見極め、相手の力を見極め、連携を取ることができれば生存率は格段に上がる。
そのため連携が取れないとあらば探索者と名乗ることはできない。
「たった1つのミスでパーティが全滅しかけたって話は時々聞くな」
「全滅……」
メリスの言葉を復唱するのと同時、ユラシルの顔が青ざめる。
実際の光景はまだ思い出せてはいないだろうが陥っていた状況から想像したのだろう。
そんな彼女を安心させるようにローグは笑みを浮かべた。
「もちろん。わざとユラシルの実力を見ないなんてことはしない。可能な限り俺からも合わせるようにする。
でも、それにも追い付けないならパーティは組めない。ユラシル自身はもちろん、俺も死にかねないからな」
「でも、それが出来れば」
頷いたローグは少し困ったように眉を八の字にして答える。
「正直、俺としても1人だとそろそろ限界でな。
助けはほしいし、むしろこっちからお願いしたいところだ」
「は、はい! 頑張ります!」
「ああ、無理をしない程度でな。何があっても死なせはしない。これは約束、な」
ローグが笑ってユラシルは安心したように頬を緩め、強張っていた体の力を抜くように息をついた。
話が落ち着いたのを見計らってメリスは尋ねる。
「んで、どこでその試験みたいなのをやるんだ?
やっぱユグドラシルか? それとも適当な仕事か?」
「いいや。ちょうどいいから波で試す」
答えを聞いたメリスは目を見開き驚きをあらわにしたが、すぐに合点がいったのか「なるほど」と頷く。
ユラシルが首を傾げるのを見て彼女は口を開いた。
「波っていうのは半年に1回ダンジョンから溢れ出す魔獣の群れのことだ。
軍はもちろん探索者も結構参加してな。向かっているのを見たことがあるぐらいだけど結構な規模だよ」
「魔獣の数は多いけど、対応するヒトも多い。たしかにぴったりかもしれませんね」
納得できた様子のユラシルからローグに視線を戻したメリスは安心したように背もたれに体重を預けた。
「ローグは何回か参加してるんだし、心配はいらないな」
「怪我はさせるかもしれないけどな」
「それくらい大丈夫です! 少しの怪我なら魔術で治せますし!」
自信あり気に言うがそこにはすでに緊張の色が見える。
ユラシルを襲ったモラシュルの群れとは比べものにならないほどの大群を相手にするのだ。
緊張は無論、恐れを抱くのは当然のこと。
ローグ自身も初めて波を体験した時には恐怖心が勝っていた。
それでもなお戦えたのはハルシュを始めとしてパーティがあったからである。
ならば今のローグがすることは1つ。
「頼もしいな。なら、ユラシルが実力を存分に発揮できるよう俺も頑張ろう。
だから、俺のことも守ってくれると嬉しい」
(恐怖心を煽る必要はない。ただ自分に任されている仕事があると認識させて、その背中を支えて周りの景色を見せればいい)
「っ、はい! 任せて下さい!」
緊張よりも頼られる喜びの方が優ったようでユラシルはいつもより数段明るい声で答えた。
彼女の喜びの色を見て小さく笑みを浮かべたメリスだったが、ふと疑問に感じた様子で問いかける。
「でも2人で大丈夫か?」
「大丈夫。すごく頼れる奴らがいる。
実力もよくわかってるし、動きの癖も知ってる」
「……お前、それって」
「ああ、ハルシュたちだ」
ユラシルは目を見開き、メリスは歯を食いしばったかと思えば身を乗り出してローグに詰め寄る勢いで言葉を浴びせる。
「ふざけるな! お前を追放したのは、そいつらの都合だろ!?
なのに、またそいつらと組むって……馬鹿なのか!?」
「みんなだって好きで俺を追放したわけじゃない、と思う。
ただ構成が悪かったんだ。金もなかったし」
「でも……!」
「メリスだってわかってるだろ?
パーティを維持できなきゃ、下手すりゃギルドで仕事が受けられない。
ギルド外で受けられる仕事なんてどんなものがあると思ってる?」
ローグの冷静な反論にメリスは怒りをそのままに椅子に座り直し、重い息を吐いた。
「わかってる。わかってるけど……でもさ。私は、お前が1人で苦労してるのを見てたんだ。
あんな目に遭わせた奴らと……」
「ありがとう。メリスは本当に優しいな」
「っ!? う、うるさい!」
気恥ずかしさと照れを覆い隠すようにメリスはパンを齧り、スープで流し込むと未だふつふつと煮だっている感情を押し込める。
「ったく……本当に頼れるのか?」
「言ったろ? 実力はたしかだ。それに昨日シルトに会ってな。波に参加するなら臨時パーティを組みたいって言われたんだ」
「なら好きにすればいい。お前が信用するなら私も信用する。
……追放したって事実は許さないけど」
少しぶっきらぼうに返し、食事を再開させるメリスに心の中で感謝しながらローグはユラシルへと視線を戻して確認を取る。
「と、言うわけで。俺だけじゃなくて前に言ったパーティの4人がいる。
2人は魔術師だから彼女たちから色々学ぶといい」
「は、はい……」
戦闘とはまた別の緊張を覚えながらユラシルは頷いた。
ローグが元々いたパーティ。先日出会ったトラスロッドとはその話をする時間はなかったが彼を追放した理由、それを今度は聞けるかもしれない。
(よし、やるしかない。うん、頑張ろう!)
決意を新たにしたユラシルは自分を鼓舞しながらベーコンを口に運んだ。
第一部前篇が完結しました!
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