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天宮家の大広間には、床の間に家紋が描かれた掛け軸が飾られ、中央には銀の兜の甲冑が堂々とした姿で威厳を放っている。
太い黒檀の柱が空間を支え、床には最高級の本畳が一面に敷かれている。
天井には精巧な木彫りの梁が交差し、それらは時代を超えて受け継がれてきた歴史の重みを感じさせる。
重厚かつ荘厳な雰囲気が漂うその大広間は、現在、なんとも言えない重々しい空気に包まれている。
集まっているのは、天宮家当主である父とその妻である母。家臣三家当主たちとその妻たち。そして、その子供たちである、俺、華、輝、翔、蒼。さらに、三家に仕える家臣たち。
上座には正装姿の父が座り、その威厳ある姿が一同を圧倒している。その隣には同じく正装姿の母が座り、静かに場を見守っている。
中央を挟んで、左側には雪原家、霧月家、風谷家の当主たちが整然と並び、その後ろに妻たちが座っている。
右側には俺たち次期当主と華が並び、その後ろには三家の家臣が控えている。
皆一様に緊張した表情を浮かべている。
霧月家当主と風谷家当主はそれぞれの家紋が刺繍された正装を身にまとっているが、ただ一人、雪原家当主だけが白装束だ……。手にした色紙は、まさか辞世の句を詠むためだろうか……。
まだ何も伝えていないはずなのに……。
雪原家当主は眉間に皺をよせ、かたく目を閉じている。皆、彼の一挙手一投足に注意を払いながら、その様子を固唾をのんで見守っている。
雪原家当主は目を開けて、重々しく口を開いた。
「殿、今なんと申されましたかな?」
「豊、家臣としてではなく、父親として聞いてやってほしい」
雪原家当主の言葉に父がそう言い、俺は雪原家当主……、いや、華の父親の前で頭を下げた。
「豊おじさん、俺は華が好きだ。ずっと子供の頃から。必ず華を今以上に幸せにします。だから、華を俺にください!!」
「父様、お願いします。私も蓮が好きなの! 蓮と結婚したい!」
華も俺の横で頭を下げた。華の父親はゆっくりと息を吐いて言った。
「家臣の身でありながら、主君の心を掠めるなど前代未聞!」
やはりそう来たか、と思い俺は顔を上げた。華の父親は再び目を瞑り、深く考え込んでいた。
「詰め腹を切り、ご先祖様へ詫びねばならん」
彼がそう言い、周囲に緊張が走った。
そのとき、俺の母が立ち上がり、手にした古い文書を雪原家当主に差し出して言った。
「詫びる必要など何処にもありません。これをご覧なさい」
雪原家当主は渡された文書を見て驚愕の表情を浮かべた。
「何と……これは……!」
それは、天宮家の家系図だった。
「これは天宮家だけが持つ真の家系図であり、家臣三家が持つ家系図は対外的なものに過ぎません。天宮家の歴史を紐解けば、過去にも家臣三家から姫を娶っている事例が存在します。家臣の姫を娶ることで腹を切ると言うことは、今の天宮家の存在そのものを否定することに他なりません。つまり、家臣の姫を娶ることは天宮家の伝統と歴史に則った行為であり、それを否定することは天宮家の誇りと名誉を傷つけることになるのです。したがって、家臣の姫を娶ることに対して腹を切るなどという行為は、到底受け入れられるものではありません」
母は雪原家当主に向けて、つらつらと言葉を述べた。
「豊、痛くもない腹を切る必要はないぞ」
父がそう言ったあと、その場に沈黙が流れた。誰もが次の言葉を待ちわびていると、しばらくして豊おじさんは俺に顔を向けて言った。
「若、どこに出しても恥ずかしくないどころか、手塩にかけた、どこにでも自慢できる娘です。末永くよろしくお願いいたします」
その瞬間、大広間にはほっとした空気が広がり、緊張が一気に解けた。皆の表情が和らぎ、安堵の息が漏れた。
「あ、ありがとうございます……! こちらこそよろしくお願いします!!」
「父様、ありがとう!」
俺と華は向かい合って笑顔を交わした。その瞬間、二人の絆がさらに深まったことを感じた。穏やかな雰囲気の中、皆が俺たちを温かく見守っていた。
***
「あんな家系図があるとは知らなかったな」
俺は、自室で輝と翔とグラスを傾けている。ワインの香りが部屋に漂い、緊張から解放され、ようやく肩の力を抜くことができた。
「ああ、あれは偽物だ」
「ゲホッ……」
輝の言葉に俺は驚いてワインを吹き出した。
「母さんたちが面白がって作ってたんだよ。なかなかの出来だっただろ?」
翔が笑いながら話を続けた。母親たちは、天宮家だけが持つとされる真の家系図を偽造し、過去にも家臣三家の姫が天宮家に嫁いだように見せかけたというのだ。
「奥方様凄ぇよな。さすが元国民的大女優」
翔は感心した様子で言った。そう、母は元女優である。
「昔から、殿も奥方様も華を嫁に!って言ってたしな」
「華が蓮を好きな事なんて、蓮以外、皆知ってたしな」
何だって……? 俺は驚きのあまり、言葉を失った。
「まあ、結果よしってことで!」
「カンパーイ!」
俺たちは笑いながらグラスを合わせた。部屋には笑い声が響き、和やかな時間が流れていった。
***
天宮ホールディングス最上階にある役員会議室。そこには、社長である父と、天宮一門の家臣団が集まっていた。
雪原家当主、霧月家当主、風谷家当主、俺、華、輝、翔、それぞれの家に仕える家臣。そして華の弟の蒼。皆、会議室の長いテーブルについており、考え込んでいた。
「やはり、恩情をかけるべきではなかったな」
父はそう言い、雪原家当主は深く息をついた。俺はどうしたものかと考えを巡らせていた。
今日の会議は新たな問題の解決について開かれた。
影崎悠の事件は、影崎家に大きな恩を売って穏便に処理した。しかし、そうしたにも関わらず影崎悠は、運命の相手だと言って蒼につき纏ってる。
「大学も碌に行けない……。俺にそんな趣味ないし……!! 何とかしてください……!!」
蒼は泣きそうな顔をしてそう言った。華、輝、翔は下を向いて笑いを堪えている。
父は真剣な顔をして言った。
「これより第一回不審な影(崎)撃退会議を始める」
「「「ブッ……」」」
「仕事しろよ……」
——おわり——
多くの作品の中から、この作品を読んでいただき、ありがとうございました。




