惣火ゆまの実情
主人公についての補足説明的な何か。
「塀の傍の友人」の後書きに関連。
延々と説明しているだけですので、お暇があればどうぞ。
惣火ゆまの立場は複雑である。
彼女は、旧家であるが故に教会とは相容れない。
一方で、彼女は人間であるが故に、獣人とは相容れない。
しかし、実質、調和学園は教会側と獣人側で真っ二つに分かれている状態である。
どちらがよりマシかという議論は起きたものの、学園は獣人サイドの方がまだマシであろうという結論に至った。教会側なら最悪排除だが、獣人側なら最悪でも孤立だ。命まで奪われることはなかろう、と。
だが、いずれにせよ惣火ゆまには気を抜くことは許されなかった。
獣人側である普通科に所属することとなった惣火ゆまは、人間であるというただそれだけの理由で、しばらくの間、普通科に所属する生徒たち皆から避けられる日々を送った。
根源的な恐怖故の拒絶を、一体どうやって乗り越えろと言うのか。
彼女はその良識故にその距離を詰められずにいた。
怖がられている理由がどうしようもない事柄なのだから改善することさえできず、彼女は現実から逃げるように、現状の学園で唯一絶対の味方と言えるであろう特別科所属のある生徒と中庭で戯れる日々を送っていた。
とあるきっかけから普通科の生徒から彼女への怯えは払拭されたが、その事態を喜ぶ半面、彼女はその態度の変化を納得できずにいた。
何故普通科の生徒が彼女への怯えを払拭できたか。
それは彼女が他の人間と違い、自分たち獣人に怯えなかったからだった。
人間にしてみれば異形である自分たちの獣化後の姿を、彼女は怖がらなかった。
だから、自分たちに向けられる否定的な目を―差別的な目を怖れていた普通科の生徒たちは彼女に近づくことができるようになった。
だが、彼女は彼らの心理を慮ることができなかった。
元より彼女に「獣人だから」「人間だから」といった感覚はない。獣人を醜いと糾弾する人間についても知識としては知っていたが、実際に相対したこともないのだ。世間がそういった考えで動いているのだと言う実感には欠ける。
だから彼女の中の、耳が生えようが尾が生えようが大きな獣になろうが小さな獣になろうが別にその人はその人だ、という考えが、この世界では異常と呼ばれるくらい突飛な価値観であると、気づけなかった。
目の前で獣化されたところで顔色一つさえ変わらないのも、特異な反応だなんて思ってすらいなかった。
そんな風に、「人間ではないこと」なんて全く気にせずに接してくれる存在に獣人たちがこの上ない心地よさを感じ、むしろ崇拝する勢いで彼女に対する好感度がガンガン上がっているなんて、彼女が知り得るはずもなく。
自分の行動のどこが琴線に触れたのかが分からず、ただ「もう怖がられてはいないようだ」という事実だけをどうにか受け入れ、それなりに取り繕ってはみたものの得体のしれない好意をそうやすやすと信用できるはずもなく。
彼女の中では依然、幼少期から行動を共にし家族同然に育ってきた「郡」以外は信頼できる対象ではなかった。
さて、そんな状況で、果たして恋愛なんぞに現を抜かしていられるだろうか。
普段生活している普通科は今のところ彼女に好意的であるが、得体のしれない好意なんて何が原因でいつまた拒絶に反転するとも限らない。敵ではないが味方には成り得ない。
他方、教会側は彼女が旧家出身である以上敵対からは逃れられないと考えられるため、なにがあろうと敵以外には成り得ない。
外に出れば獣人蔑視の人間たち。獣人である祖父や父、学園での唯一の味方の郡などを持つ彼女にとって、彼らを傷つけかねない人間たちもやはり敵である。
そんなわけで、彼女に絶対の自信を以て味方と言えるような存在は、家族を含めた一握りの存在しかいなかったわけである。
そのため、彼女的には恋愛やら友情やら以前に、「敵か味方か」。
大切な存在ならば守らなければいけないし、こちらに害を為すような輩ならば被害を出さないようそれなりに対応する必要がある。
つまり、一見ほのぼのした毎日を送っていても、彼女は水面下では常に相手の出方を窺っては「コイツは信用できるか否か」と言ったことを頭の片隅で考えていたのである。
彼女は元来信じたがり屋なのだが、取り巻く環境が環境なので、郡を守るためには仕方がないと割り切っているところもある。事実、彼女は多少は信じられると思っているものの決定打に欠けるためにクラスでつるんでいる夏樹や春日井との付き合いは学校内に留めていたし、会話のときだって弱みに繋がるような言動は避けていた。
が、高坂の場合は、初対面にかなりやらかしてしまった。
春日井の場合はクラスで避けられ続け、逆ギレからの八つ当たりだった。しかし高坂の場合は見知らぬ他人相手への唐突な突撃である。正直そのままぶっ飛ばされても文句なんて言えなかった。
だが高坂は彼女の愚痴に付き合い、なんだかんだと助言を与え、無理をするなと休息を促した。
惣火ゆまは、すぐさま彼を「味方」と認識した。
いくら味方とはいえ近すぎるが故に言えない愚痴もある。彼女はそんな愚痴を高坂に吐き出した。「味方」だからこそできることだった。
そして、惣火ゆまには「味方」が少なかった。
故に甘えも好意も分散されることなくその少数にがっつりと与えられることとなる。一心に向けられる純粋な感情は、色めいたものを感じられなくとも、穿った見方をすれば恋慕と捉えることも難しくは無いほどに強力だった。
しかし、当の彼女的にはじゃれているだけである。
元々懐っこい性格なのだ。甘える対象が少ないからついつい触れ合いが濃密になってしまうだけで、その対象が増えさえすれば自然とその濃さも薄まるはずである。が、立場故に甘える対象の激増、という可能性は限りなく低いわけで。
そんなわけで、惣火ゆまは端的に言えば「友達があまりいないからスキンシップが過多になってしまい、相手を勘違いさせかねない行動をとってしまっている」という状態に陥ってしまっているのだ。
改善の見込みは、今のところ、ない。