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遠く聞こえるその声は  作者: 五月伊織
イスターシャ
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冒険者とその先へ・6

 白石造りの店の木製扉は、押し開けると蝶番が悲鳴を上げる古びたものだった。

 大通りに面した入り口には大きく<都合により食堂は臨時休業致します 店主>と張り紙がされ、行き交う冒険者たちは珍しいと口々に言い、空いた腹を満たすために他の店へ向かう。

 洗濯物がよく乾きそうな天気、週末の事だった。


 星の祝福亭に宿泊している者が何組かいるため、彼らの世話を住み込みの従業員に任せ、ユリスはカナンとシュウを連れてエステラの西通りを歩いていた。

 シュウの、旅立ちの道具を揃えるためにだ。


 エステラの町は大陸間を渡る船の寄港地だ。町の西方は港に面しているため、そこを除けば東西に延びた楕円を描くように外壁で囲まれている。東西南北を走る大通りとそれに連なる町の内と外を隔てる大門、大通りに平行して走る小通りで構成される。ちょうど真上から見れば格子状に通りが走っているのだ。

 港から続く通りは、荷物を担いだ商人らしき男や旅行鞄を下げた親子連れ、それから冒険者の姿と、彼らを相手に声を張り上げる地元商人たちの姿をよく目にした。

「ああそうか、明日安息日か」

 シュウが漏らした呟きに、カナンはそうだよと頷いた。

 大通りを挟んである家や店は、通りの空を渡るようにロープが張られ<交流都市エステラへようこそ!>だの<お泊りはハクレイ通りの宿・エステリアへ>といった宣伝文句などが色とりどりの布に染め抜かれ風に吹かれ揺れていた。


「今日は観光目当ての一般人が多いらしくてねぇ」

「それならお店閉めちゃったの大変なんじゃ」

「気にするな。どうせウチは冒険者向けだ、一般人はあんまりこないさ」

 カラカラとユリスは笑いながら、こっちだと手を振り人ごみを避けるように大通りから一本外れた小道へと二人を先導する。

「こっちの通りははじめてくるや」

 そう呟き物珍しそうに周囲を見回すシュウに、ユリスたちはにこりと笑みを浮かべた。

「約束事守ってたのか」

「うん。迷惑かけられないし、一人じゃやっぱりね」

 少し照れたようにはにかみながら、シュウは漆黒の瞳をあちらこちらへ向ける。

 西の大通りは観光者向けで華やかな印象を覚えるが、ひとつ南に下った小通りはどこか埃っぽく薄暗い。通りの建物も古く薄汚れた石造りが多く、表面にはひびさえ走っている。

 武装した、あるいは軽装の冒険者が行き交う通りには、武器や防具を扱ってるシンボルを掲げた店が立ち並んでいた。

 通称・職人通り。

 冒険者の旅の道具が立ち並ぶ、通りだった。

「明るいうちはなんともないんだけど、夜がやっぱりね」

 酔った馬鹿がふらついてるからここに来させなかったんだと続け、カナンは足を止めるとこっちよと、一軒の店を指し示す。

 曇った硝子の向こうにはいくつかの服が展示されている。店の看板に刻まれているのは、ケープと帽子のシンボルだった。


「おーい」

 営業中の札がかかった扉を開け進めれば、がらんがらんと乾いた鐘の音が響き、店内に明かりが灯る。わずかに遅れカナンが、最後にシュウが入り扉をきちんと閉める。

 ユリスの呼びかけに、奥からしわがれた声が聞こえた。

「さあ交渉交渉っと」

 いつも言い負かされているのを棚に上げぽつりと漏らし振り返れば、シュウが珍しそうに通りに面した場所に展示されている人形を眺めていた。

 衣装見せの人形が着せられているのは、寒冷地用の上衣と毛皮の外套だ。

「珍しいか?」

「うん。お客さんが手にしてるのは見たことあるけど、間近でみるのは」

 ユリスの問いかけに頷いたシュウは、くるくると黒目がちな瞳をあちこちに動かし店内を見回す。保護者である二人は顔を見合わせて笑うと、ユリスはやってきた店主の元へ、カナンはシュウを連れて衣装を見て回る。

「朝も言ったけどレクナーはここより寒い地方が多いから、厚着しないといけないわ。服の上下に寒冷地用の外套、とりあえず探しましょう」

 そう言ってシュウが着れそうな服を見繕い始める。

「気に入ったものがあれば、遠慮なく言ってね」

「うん、ありがとう」

 そんなやり取りを経て二人並んで仲良く探し始めた様子を確認すると、ユリスは口元に笑みをたたえながら、目当ての物を指指し店主に向けて口を開いた。



 結局、それから一刻と少ししてようやく会計を終えた。

 ああでもない、こうでもないと言い合いする母と我が子の姿は非常に楽しそうで、店主の老人との交渉を終えたユリスは、母親そっくりの緑の瞳を和ませながら世間話に興じていた。

 とっかえひっかえを繰り返し二人が選んだのは、肘に当て布がついた厚めの生地の上衣を三着。こちらも膝に当て布がついたズボンを二本と、黒い羊毛の上着と、濃緑の雨避け用の外套だった。

 商品をおさめた紙袋を受け取ったのはシュウで、口々に礼を言うと三人の親子は店を後にした。がらんがらんと閉めた扉の向こうで音がするのを聞きながら、ユリスは後ろ手に隠していたそれを、そうっと、前を行くシュウの頭にぽんと乗せる。

「え」

「これは俺からのプレゼントだ」

 驚き振り向いたシュウの黒髪をすっぽり覆うのは、薄茶色の厚手の帽子だった。

 側面部分からは耳当てついていて、不必要な時はベルトで固定してしまえば邪魔にならない。

「店の冒険者が言ってたんだよ、寒くて耳が痛いってな」

 がりがりと金髪をまぜっかえすユリスから、手に取った帽子へと視線を落としたシュウは、顔を上げるとにこりと笑った。

「ありがとう、二人とも」


「僕のわがままを聞いてくれて、本当にありがとう」

 紙袋と帽子をぎゅっと抱きしめるようにして、シュウはそう笑った。

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