冒険者とその先へ・7
翌日にはレスカトールがやってきて、四日後に出発だと伝えられた。
シュウは養い親たちにそのことを伝え、いつものように店の手伝いをしながら荷造りを進めた。
常連客の中でも特に親しい者たちには不在を連絡し、幸運や無事を祈られた。
その中でもダスクは特に心配をし、
「餞別だ」
そう言って青い飾り石のついた指輪を贈られた。
「守護の魔法が込められてるんだと。気休め程度だろうが持ってけ」
黒髪をガシガシとかきながら渡されたそれは、出立の時、シュウの右手の中指にはめられていた。
旅立ちの日は、雲一つない青空に太陽と双つ月が白く輝いていた。
「吉兆だ」
そう言ったのは誰だろうか。
船乗りたちもどこか嬉しそうに、出航の準備に取りかかっていた。
「それじゃあ、行ってきます」
荷物袋を背負い挨拶するシュウの前では、ユリスとカナンの二人は心配そうに眉尻を下げている。
買ってもらった黒いコートに薄茶色の帽子を身につけて、シュウはどこまでも不安そうな二人に笑って、
「心配しすぎだよ」
乗船待ちをしてる仲間たちを指さす。
「あいつらが一緒だったら大丈夫だとは思うが、やっぱり心配なんだよ」
「本当に危ないことはしないで、体には気をつけてね」
「わかってるよ。レスカたちに迷惑かからないようにするし――心配してくれてありがとう。行ってきます」
カナンの首筋に顔を埋めるように抱きしめて、ユリスにも背伸びして抱きついて、
「それじゃあ、行ってきます」
短く別れの挨拶を口にして、駆け出した。
ゆっくり動き出す船の縁から手を振って。
見送る養い親たちの姿が遠く見えなくなっても離れられず、シュウは欄干を握ったままずっと港の方向を見つめていた。
彼らと離れるのはこれが初めてというわけではなかった。今までも何度かあったし、けれど、それは期限の切ってあった小旅行だった。
「やっぱり不安?」
そう問いかけてきたのは、一行の唯一の女性冒険者ユイファンだった。
肩を少し越した、日に透けそうな輝く金髪に赤い瞳。少し日に焼けた白い肌の華奢な女性で、口を閉ざしていれば儚い印象を持つ。実際は快活で明るく振舞える正反対のタイプなのだけれど。
寒さ除けか紺色の外套を体に巻きつけるようにしたユイファンは一層細く見えて、隣に並び立つのにシュウは嘆息した。吹き抜ける海風に、その豊かな金髪は流されるままにしていた。
「んーと、少しだけ、不安です」
言葉を選びながらそう告げる。
船に乗るのは故郷でもこちらでも何度か経験したし、よその町や大陸へ移動することもはじめてではない。
「ユイファンや皆がいるから怖くも不安もないんだけど」
笑って言えば、そうねぇと小首をかしげるようにして呟いた。
「まぁ、ユリスとあんまり離れたこともないしっていうのもあるんじゃないかなあ。気楽に、小旅行程度に考えておけばいいと思う」
いい子いい子と子供にするようにシュウの黒髪を撫でまわし、むっとしたような顔を作ってみせる。
ユイファンは、シュウとは五つしか年は変わらず、身長だってシュウのほうが高いにも関わらず、ひどく大人ぶった振る舞いを見せるのだ。
むくれるシュウにけらけらと声を上げてユイファンは笑って、それから指で空を指示した。
「今日は良い日だ。青空に太陽と双つ月が並んでいるし、結果がどうであれ、得るものはきっとあるはずだよ」
「そういえば、さっき吉兆って聞いたけどそうなんですか?」
「そうそう、そうなの! そっか知らないわよねぇ」
ぱっと顔を輝かせ嬉しそうに微笑んだ彼女は、胸元に下がる正三角形の銀飾りを持ち上げる。
親指と人差し指で作った円と同じくらいの大きさの正三角に成形された薄い銀板には、各頂点を結ぶように円形の輪が二重に刻まれている。
それは世界を生み出した創造神のうちの月神ティアの信者が、己の信仰を示すための象徴として身に着けているものだ。
「えーとね、こちらの創世神話に残っている話では世界を作り上げた六人の神様のうち、太陽神リザーブと月神ティアは楽園にて結ばれて双子を授かったの。それが空に浮かぶ月」
つられて見上げれば、太陽を挟んで大小二つの月が綺麗に並んでいる。
ユイファンは月を示し、大きく少し青みを帯びた方を兄月のエティス、小さく銀色に見える月を妹月のリエスと呼んだ。
「月神たる母月ティアも存在するのだけど、太陽の後ろに常に隠れているから見ることができないの。兄妹月が空を巡る周期はそれぞれ少し違ってて、同じ空に二つ月と太陽の姿が見えるのは珍しいのよ」
「だから吉兆?」
「そう。空にきれいに三つ並びになるのはだいたい五十年に一度かな? 空にあるだけなら、ひと月近くは見れるのだけど。人生で一度は見れるけど、二度目はそうないことだから」
私も見るのははじめてと笑いながらユイファンはそう言って、船内への入り口を指し示す。
「そろそろ寒くなるし中に入ろう。レスカトールたちも打ち合わせしたいって言ってたから」
「ん、そうだね」
腕を取られたシュウははにかんで、そのあとに続いた。
* * *
客船といっても、シュウたちのいたストラル大陸から西隣のレクナー大陸までは海路で一刻足らずで到着する。
レスカトールが入手した乗船券は冒険者向けの比較的安価な船のもので、等級は二等のもので六人が入れる小部屋を割り当てられていた。てっきり三等級の乗船券で大部屋で過ごすものだと思っていたシュウは驚いたが、それは彼の仲間たちも同様だったようで、乗船前、無駄遣いをするなとレスカトールが叱られていた光景を見ていた。
「転移でも使えれば楽なんだけど――や、おかえり」
「たっだいまー。無駄遣いした甲斐あって気を使わなくっていいか」
「ゴメンナサイそれは本当に俺が悪かった」
「落ち着いてられるからこれはこれで」
何やら相談していたらしい備え付けの机の上を見て口々に言葉を交わすと、二人ずつ机を挟むように適当に腰を下ろした。
それなりに上等の椅子は座り心地が良く、無駄遣いに立腹していたはずのユイファンはにこにことお茶を入れそれぞれに配る。ちゃっかり机の隅にお菓子が用意されているのはご愛嬌だ。
「とりあえず、今後の説明を軽く」
銀髪の魔術師シアネドはそういって、広げられた地図を見るように促す。皆の目が集まったことを確認すると、シアネドの細い指先がエステラから海を挟んだ対岸を動き指示した。
「僕らはエステラを出て、まずは港町ユイフに向かう。まぁ、あと半刻足らずで着くよ」
とんとんと示すのがユイフの町なのだろう。シュウを気にするようにそう言って、さらに指を地図上で南へと動かす。
「許可証を貰ってるから転移魔法を使用して交易都市キーダルフへ一気に南下する」
「許可証?」
「うん。えーとどこそこ支部所属の冒険者とか、そんな口上、聞いたことない?」
「ああ、そういえば」
宿にやってくる冒険者は、受付の時に自身の所属を明らかにしている。
それが例えばストラル支部所属であったり、レクナー支部所属であったり、だ。
思いあたったシュウは肯定し、それに満足そうにシアネドは口角を上げた。
「覚えがあるみたいだね。まぁそんな感じで、僕らは各大陸の冒険者組合に登録される。登録した大陸内に関しては、細かい規定に基づいて本来必要な入出国手続きが免除された上で、冒険者組合あるいは魔術師組合の敷地内を指定してすることに関しては自由に行き来ができるんだ」
「戦争状態で国交断絶とかなら別だけどな」
「それもそうそうないことだから、今は特に気にしなくても平気。シアネドのいう許可証っていうのは、簡単に言うと異なる大陸において指定された範囲内での魔術での移動許可が出るっていうこと」
「ああ、わかった! ユイフからキーダルフだっけ、その間は移動していいってことか」
「そういうこと。僕らに与えられたのは正確には両都市のあるアクナス国内での使用許可だけど。――で、レスカ。キーダルフで宿泊が今日の一応の予定、でいいよね?」
「ああ」
振られたレスカは頷き、キーダルフを示す。
「一応ヒューとはここで合流する手筈になっている。宿の手配込でだけど」
「じゃあ明日から聖域入りってことかしら?」
「一応は。そのあたりは、合流してから相談になると思う」
答えてレスカは首をかしげるようにして、シュウを見る。ユイファンとシアネドの視線も向けられるのを感じた。
「どうかした?」
「だいたい知ってると思うけど俺たちはいつもこんな感じだ。わからないことがあれば、遠慮なく言ってくれよ」
「うん、わかってる」
どこか不安そうな旅の同行者たちのその表情に、シュウはくすりと笑う。
シュウ自身も先の見えない旅に不安もあるけれど、それ以上に彼らも不安なのだろうと、想像する。
皆がいるから大丈夫。
短いその言葉だけを口にすると、シュウは地図を指さしあれこれと質問を始めた。
今後歩むであろう異大陸にまつわることを。
『まもなく、ユイフ港へ到着いたします。お乗りのお客様は――』
少しひび割れた音で、船内に案内放送が響き渡った。




