魔法とは何か
魔法とは何か。
この世界にも、科学は存在する。
自然現象の多くは、観察され、研究され、科学によって説明される。
一方で、既知の科学では説明できない現象も存在する。
それらは超自然。
あるいは、より一般的な呼び名で――魔法と呼ばれていた。
科学によって解明された現象は、同じ条件を整えれば、原則として誰にでも再現できる。
だが、魔法はそうではない。
使える者と、使えない者。
使える者の中でも、絶大な力を操れる者と、わずかな力しか扱えない者。
そこには明確な違いがある。
だが、何がその違いを生み出すのか。
長年の――それこそ数千年とも言われる研究によっても、その答えは明らかにされていない。
血統。
環境。
努力。
それらが関係しているとは考えられている。
しかし、どれも決定的な要因ではなかった。
優れた魔法使いの子は、魔法使いとなることが多い。
だが、そうではない者もいる。
魔法の才を持たない者の子も、多くは同じように魔法を使えない。
しかし稀に、強大な魔法を扱う者が現れる。
魔法使いが多い地域と、そうではない地域も存在する。
だが、その差を何が生み出しているのかは分かっていない。
努力によって、それまで表に現れていなかった魔法の才が顕現することもある。
訓練によって、扱える魔法が強くなることもある。
その一方で、いかに努力しても魔法を使えない者も多い。
エルドラシア王国では、古くから王族には魔法使いが多いとされてきた。
北部貴族の中でも、ハリントン家は多くの魔法使いを輩出し、とりわけ風魔法に優れた者が多いことで知られていた。
没落時の当主ガレオスの長女ローズも、風魔法に長けている。
一方、次女ロザリアは、火魔法と水魔法、その双方に非凡な才を有していた。
だが。
なぜ彼女たちには魔法が使えるのか。
なぜ、同じ人間でありながら使えない者がいるのか。
その問いに、誰も答えを持ってはいなかった。
◇
一行は、さらに奥へ進んだ。
薄緑色の光がところどころに浮かぶ、灰色の通路。
松明の炎が揺れるたび、四人の影が壁を行き来する。
先ほどの機械人形が一体だけとは限らない。
ターケシは大盾を前に、慎重に歩いていた。
その後ろで。
「お姉様。」
「はい?」
ユヅカがロザリアに声をかけた。
「さっきの水、どうやって生み出したんですか?」
「……水?」
「さっきの魔法です。あの水、最初はどこにもなかったですよね?」
「ああ……。」
ロザリアが少し困った顔をする。
「どうやって、と言われましても……。」
「魔法を使う時、何をしてるんですか?」
「えっと……。」
ロザリアは歩きながら考え込んだ。
「なんと言えばいいのでしょう。」
右手を前へ出す。
「なんかこう……魔法を使いたいーって念じて……。」
「はい。」
「そうすると、力が集まってくるんですわ。」
ふむふむと、ユヅカが頷きながら聞く。
「集まってくる?」
「ええ。それで、その力に……水に変われ、槍になれ、敵を撃て……そんな感じでしょうか?」
「ちょっと待ってください。」
ユヅカが立ち止まった。
「今の、もう一回いいですか。」
「念じること? 水に……槍に……。」
ロザリア本人はよく分かっていないらしい。
ターケシが振り返る。
「歩きながらにしてくれ。下手に立ち止まると罠が作動するかもしれん。」
「あ、ごめん。」
ユヅカは再び歩き出した。
だが、ロザリアから離れない。
「最初に、何かが集まってくるんですよね?」
「ええ。」
「その時点では水じゃない?」
「違いますわね。」
「それが水に変わる。」
「はい。」
「それを槍の形にして……。」
「撃ち出します。」
ユヅカはしばらく黙った。
頭の中で順番を整理する。
「集める。」
指を一本立てる。
「別のものに変える。」
二本目。
「身体の中か、どこかに一時的に留める。」
三本目。
「外へ出す。」
四本目。
「それで、水とか光とか、実際の現象になる。」
ロザリアも自分の右手を見ながら考える。
「……言われてみれば、そうかもしれませんわ。」
集約。
変換。
貯蔵。
発散。
そして、現象。
少なくとも魔法を使う時、術者の中では、そのような段階が存在しているように見える。
だが。
「……まだ足りないわ。」
ユヅカが呟いた。
「何がだ?」
ターケシが前を向いたまま尋ねる。
「これじゃ、魔法が何なのかは全然分かってない。」
「そうなのか?」
「うん。」
ユヅカは考えながら答える。
「何かを集めて、何かに変えてるところまでは分かる。でも、何を集めて、何に変えてるのかが分からない。」
空気なのか。
熱なのか。
光なのか。
何らかの物質なのか。
あるいは、場やエネルギーと呼ぶべきものなのか。
それとも、そんな分類そのものが間違っているのか。
何も分からない。
ただ、一つだけ。
魔法を使う者自身の感覚を丁寧に分解すれば、少なくとも完全な無秩序ではないことが見えてくる。
何かを集める。
何かへ変える。
一時的に保持する。
外へ放つ。
その結果として、現象が起こる。
「もしかしたら……。」
ユヅカが呟いた。
「魔法も、奇跡じゃないのかもしれない。」
「奇跡ではない?」
ロザリアが聞き返す。
「私たちがまだ知らないだけで、ちゃんと何かの法則に従って起きてる自然現象なのかも。」
何かが存在する。
魔法使いは、それを集めることができる。
別の何かへ変え、留め、そして外へ放つことができる。
だが、その「何か」が何なのかは分からない。
そもそも、本当にこの順番で起きているのかさえ、まだ確かではない。
これは魔法の正体ではない。
今、観察できる現象から組み立てた、一つの仮説に過ぎなかった。
その時。
「止まれ。」
ターケシが片手を上げた。
前方に扉がある。
四人は会話をやめた。
ターケシが近づき、扉を調べる。
罠らしいものは見当たらない。
取っ手をゆっくり動かす。
カチャ。
「鍵だ。」
「どうします?」
シフォンが尋ねる。
「開ける。」
「鍵がかかってるんですよね?」
「ああ。」
当然のように答えると、ターケシは荷物から細い針金を取り出した。
鍵穴へ差し込む。
「……。」
ユヅカが父親を見る。
カリ。
カリカリ。
ターケシは指先だけを細かく動かす。
カチャン。
「開いた。」
「開くの!?」
「普通の鍵だからな。」
「いや、そういう問題じゃないでしょ。」
ターケシは気にせず扉を少し開け、中を確認する。
「シフォン。」
「はい。」
「見てたか?」
「え?」
「今のやり方。」
「ちょっとだけ。」
「じゃあ次はお前がやってみろ。」
「はい!」
シフォンが嬉しそうに頷く。
「まず中の構造を想像する。無理に回すな。感触を指で拾うんだ。」
「なるほど……。」
ユヅカは父親とシフォンを交互に見る。
「そんなヤバい知識、どこで仕入れるの……?」
「経験だよ。」
悪びれる様子もなく、ターケシは答えた。
「……魔法じゃないってことは分かったわ。」
「才能より努力が大事だな。」
「そんな努力が必要な人生じゃ、これまでなかったことに感謝するわ。」
ターケシは大盾を構え、開いた扉の向こうを覗き込む。
「行くぞ。」
部屋があれば調べる。
扉があれば開ける。
そしてまた、次の通路へ。
四人はフィリアを探して、世界樹の地下を進んでいった。




