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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
北部の英雄

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辺境伯の晩餐

「さあ、いつまでも城門の前で立ち話というわけにもいくまい。」

エドゥアルト辺境伯が豪快に笑う。

「積もる話もある。まずは腹を満たせ。北部の飯は美味いぞ。」

「ありがとうございます。」

ロザリアは目元を拭い、小さく頭を下げた。

「泣きながら礼を言うものではありませんもの……。」

「まだ泣いてますよ?」

「まだ泣いてますな」

シフォンとクラウスが声をそろえる。

「もう泣き止みました!」

「はっはっは! 変わっておらんな!」

エドゥアルトは上機嫌のまま城門をくぐっていく。

その背中を見ながら、ターケシはクラウスへ小声で尋ねた。

「いつもあんな感じなのか?」

クラウスは苦笑する。

「そうですね。」

フィリアが口を開く。

「北部のおじいちゃんって感じかしら。」

「辺境伯なんだよな?」

「辺境伯ね。」

「……世の中、分からんな。」

晩餐の席は、大広間ではなかった。

落ち着いた食堂だった。

冬には暖炉で火が焚かれていることだろう。

壁には鹿の角。

窓の外には北部の夜。

長い木の卓の上には、森の恵みが所狭しと並べられている。

炭火で焼かれた鹿肉。

香草を添えた川魚。

木苺のジャムと黒パン。

茸と根菜のスープ。

焼きたての木の実入りのパイ。

そして、深い赤色をした果実酒と、木苺のジュース。

シフォンが思わず声を漏らした。

「すごいです。」

「北部の飯は美味いと申したじゃろう。」

「遠慮するな。好きなだけ食べるがよい。」

「本当ですか!?」

ターケシが釘を刺す。

「シフォン。三回までおかわりを許可する。」

「五回じゃ!」

「増えた。」

「やったー!」

シフォンの耳がぴんと立つ。

「いいんですか。」

「若い子は食べるものじゃ。」

一同が笑った。

「覚えておるぞ。」

鹿肉を切り分けながら、エドゥアルトが不意に言った。

「お前は幼い頃、厨房へ忍び込んでな。」

「そ、それはローズ姉様です!」

「二人ともおった。」

「えっ。」

「儂の秘蔵の木苺ジャムを食い尽くした。」

「それも姉様です!」

「半分はお前じゃ。」

「えええっ!?」

シフォンが目を輝かせる。

「ロザリアさん、悪い子だったんですね。」

「違います!」

「あと、庭の池にも落ちた。」

「それこそローズ姉様です!」

「お前も落ちた。」

「……。」

「黙ったな。」

「記憶にございません。」

「水浸しの上に泥だらけになってな。」

「顔を真っ赤にして『お嫁に行けませんわー!』と泣いておった。」

「十歳ですわよ!?」

「十歳にもなって泣いてたのか。」

食堂は笑い声に包まれる。

ロザリアは真っ赤な顔で木苺ジュースを一気に飲み干した。

「くっ……。」

「お前は、昔から隠し事が下手じゃったな。」

「父上にもよく言われましたわ。」

「ガレオスはどうしておる?」

「元気です。」

ターケシが答える。

「今は王都で働いています。」

「そうか。」

エドゥアルトは静かに頷いた。

「ならば、安心じゃ。」

しばし、静寂。

風が窓を揺らした。

「ローズは……まだ見つかっておりません。」

ロザリアが小さく言った。

「……そうか。」

「ですが、生きていると信じています。」

「うむ。」

「父上も。」

「うむ。」

「私も。」

エドゥアルトはしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「焦るな。」

「……。」

「たった四年じゃ。」

「お前たちは、まだ若い。」

「ハリントン家も、北部も、逃げはせん。」

ロザリアが顔を上げる。

「ゆっくり帰ってこい。」

「……。」

「胸を張って。」

「ガレオスと。」

「ローズと。」

「お前の思うハリントン家を連れて。」

「はい……。」

「北部は、お前たちの帰りを待っておる。」

ぽたり、と。

一滴。

木の卓へ雫が落ちた。

「ご主人様。」

「何だ。」

「また泣いてます。」

「今日は忙しいな。」

「うるさいですわ!!」

涙声で叫ぶロザリアに、再び笑い声が上がる。

蝋燭の火は、夜遅くまで静かに揺れていた。

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