辺境伯の晩餐
「さあ、いつまでも城門の前で立ち話というわけにもいくまい。」
エドゥアルト辺境伯が豪快に笑う。
「積もる話もある。まずは腹を満たせ。北部の飯は美味いぞ。」
「ありがとうございます。」
ロザリアは目元を拭い、小さく頭を下げた。
「泣きながら礼を言うものではありませんもの……。」
「まだ泣いてますよ?」
「まだ泣いてますな」
シフォンとクラウスが声をそろえる。
「もう泣き止みました!」
「はっはっは! 変わっておらんな!」
エドゥアルトは上機嫌のまま城門をくぐっていく。
その背中を見ながら、ターケシはクラウスへ小声で尋ねた。
「いつもあんな感じなのか?」
クラウスは苦笑する。
「そうですね。」
フィリアが口を開く。
「北部のおじいちゃんって感じかしら。」
「辺境伯なんだよな?」
「辺境伯ね。」
「……世の中、分からんな。」
◇
晩餐の席は、大広間ではなかった。
落ち着いた食堂だった。
冬には暖炉で火が焚かれていることだろう。
壁には鹿の角。
窓の外には北部の夜。
長い木の卓の上には、森の恵みが所狭しと並べられている。
炭火で焼かれた鹿肉。
香草を添えた川魚。
木苺のジャムと黒パン。
茸と根菜のスープ。
焼きたての木の実入りのパイ。
そして、深い赤色をした果実酒と、木苺のジュース。
シフォンが思わず声を漏らした。
「すごいです。」
「北部の飯は美味いと申したじゃろう。」
「遠慮するな。好きなだけ食べるがよい。」
「本当ですか!?」
ターケシが釘を刺す。
「シフォン。三回までおかわりを許可する。」
「五回じゃ!」
「増えた。」
「やったー!」
シフォンの耳がぴんと立つ。
「いいんですか。」
「若い子は食べるものじゃ。」
一同が笑った。
◇
「覚えておるぞ。」
鹿肉を切り分けながら、エドゥアルトが不意に言った。
「お前は幼い頃、厨房へ忍び込んでな。」
「そ、それはローズ姉様です!」
「二人ともおった。」
「えっ。」
「儂の秘蔵の木苺ジャムを食い尽くした。」
「それも姉様です!」
「半分はお前じゃ。」
「えええっ!?」
シフォンが目を輝かせる。
「ロザリアさん、悪い子だったんですね。」
「違います!」
「あと、庭の池にも落ちた。」
「それこそローズ姉様です!」
「お前も落ちた。」
「……。」
「黙ったな。」
「記憶にございません。」
「水浸しの上に泥だらけになってな。」
「顔を真っ赤にして『お嫁に行けませんわー!』と泣いておった。」
「十歳ですわよ!?」
「十歳にもなって泣いてたのか。」
食堂は笑い声に包まれる。
ロザリアは真っ赤な顔で木苺ジュースを一気に飲み干した。
「くっ……。」
「お前は、昔から隠し事が下手じゃったな。」
「父上にもよく言われましたわ。」
「ガレオスはどうしておる?」
「元気です。」
ターケシが答える。
「今は王都で働いています。」
「そうか。」
エドゥアルトは静かに頷いた。
「ならば、安心じゃ。」
しばし、静寂。
風が窓を揺らした。
「ローズは……まだ見つかっておりません。」
ロザリアが小さく言った。
「……そうか。」
「ですが、生きていると信じています。」
「うむ。」
「父上も。」
「うむ。」
「私も。」
エドゥアルトはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「焦るな。」
「……。」
「たった四年じゃ。」
「お前たちは、まだ若い。」
「ハリントン家も、北部も、逃げはせん。」
ロザリアが顔を上げる。
「ゆっくり帰ってこい。」
「……。」
「胸を張って。」
「ガレオスと。」
「ローズと。」
「お前の思うハリントン家を連れて。」
「はい……。」
「北部は、お前たちの帰りを待っておる。」
ぽたり、と。
一滴。
木の卓へ雫が落ちた。
「ご主人様。」
「何だ。」
「また泣いてます。」
「今日は忙しいな。」
「うるさいですわ!!」
涙声で叫ぶロザリアに、再び笑い声が上がる。
蝋燭の火は、夜遅くまで静かに揺れていた。




