第一戦線 森
夜明け。
森にはまだ白い霧が漂っていた。
高い枝の上で、シフォンが鼻をふんふんと鳴らす。
灰色の耳が忙しなく動く。
「……いました。」
ターケシが視線を上げる。
「何人だ。」
シフォンは目を閉じ、風を吸い込む。
「四人……。」
もう一度、鼻を鳴らした。
「……いえ。」
「五人です。」
さらに風向きが変わる。
シフォンの耳がぴくりと震えた。
「まだいます。」
「向こうにも。」
「いくつも……。」
フィリアが森の奥へ目を細める。
「分散してるのね。」
シフォンはゆっくり頷いた。
「五、六組……でしょうか。」
ターケシは小さく息を吐いた。
「威力偵察か。」
フィリアも頷く。
「敵さんも慎重ね。」
「ああ。」
ターケシは森の奥を見据えた。
「総攻撃じゃない。」
「まず俺たちの居場所を確かめに来た。」
少しだけ考え込む。
「こいつらを西へ引っ張り続ければ、本隊も動かざるを得なくなる。」
フィリアは静かに頷いた。
「敵拠点が手薄になる。」
「その時が勝負だ。」
シフォンが小さく拳を握る。
「時間を稼ぐんですね。」
「そうだ。」
ターケシは静かに答えた。
「今日の俺たちは勝つために戦うんじゃない。」
「勝てる戦場を作るために戦う。」
二人は力強く頷いた。
ターケシはしゃがみ込み、地面へ手を伸ばす。
「フィリア。」
「足跡を消してくれ。」
「任せて。」
フィリアは落ち葉を払い、折れた枝を元へ戻し、踏み荒らした土を均していく。
人が通った痕跡が、森へ溶けるように消えていった。
その横でターケシは反対方向へ歩き始める。
今度は隠さない。
はっきりと足跡を残していく。
シフォンが首を傾げた。
「ご主人様?」
「敵にはこっちを見つけてもらう。」
ターケシは足を止めない。
足跡は岩場へ続き、
倒木を渡り、
浅い流れを踏み、
再び土の上へ戻る。
その先には、視界の開けた川の浅瀬があった。
「ここだ。」
ターケシは足跡をそのまま浅瀬へ導く。
「足跡を追えば、必ずここへ出る。」
フィリアは周囲を見回した。
両岸には大岩と低木。
身を隠す場所はいくらでもある。
「伏兵には悪くない場所ね。」
「ああ。」
ターケシは頷く。
「開けた場所なら、高所から狙撃し草陰から急襲するこちらが有利だ。」
「退く場所も、隠れる場所も、森が味方してくれる。」
三人は川岸の茂みへ身を潜めた。
しばらくして。
ガサッ。
木々の奥から、武装した男たちが姿を現す。
五人。
短槍を持つ男。
弓兵。
盾持ち。
互いに周囲を警戒しながら、一歩ずつ前へ進む。
さらに奥には、別の班らしき人影が木々の間を横切った。
距離を保ちながら進んでいる。
ターケシは小さく呟く。
「やはり五人一組か。」
「互いに支援できる距離を保ってる。」
フィリアが呟く。
「悪くない動き。」
「でも、森では私たちに及ばない。」
先頭の兵士が足を止めた。
しゃがみ込み、地面を指さす。
「足跡だ!」
「西へ向かってる!」
五人は迷うことなく痕跡を追う。
岩場を越え、
倒木を渡り、
そして。
視界の開けた川の浅瀬へ踏み込んだ。
「渡ったぞ!」
水しぶきが静かな森へ響く。
その瞬間だった。
ターケシが低く呟く。
「――今だ。」
ターケシは大盾を構え、茂みから飛び出した。
轟音とともに先頭の槍兵へ体当たりを叩き込み、男は浅瀬へ吹き飛ぶ。
ほぼ同時。
ヒュンッ――。
フィリアの矢が最後尾の弓兵の肩を射抜いた。
「敵襲――!」
叫び声が響くより早く。
シフォンが灰色の尾を翻し、二本の短剣を構えて水面を駆ける。
三人の狙いは、殲滅ではない。
この五人を足止めし、さらに後続を西へ引き寄せること。
反撃は、静かに始まった。




