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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
攻防

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反撃 前編

ローズは全員を見渡した。

「繰り返す。」

「私たちは子供たちと南へ向かう。」

「戦える者は西の偽装拠点。」

「ロザリアは辺境伯領へ。」

「ターケシ、フィリア。赤牙を見失わないでくれ。」

「マリナ。予定どおり。」

誰も異論は口にしなかった。

「それぞれ、自分の役目を果たせ。」

「以上だ。」

ローズは静かに息を吐く。

「これは、姉として。」

そう言って、ロザリアをまっすぐ見つめた。

「……必ず、また生きて会おう。」

「約束よ。」

ロザリアは小さく頷く。

「はい、お姉様。」

その一言は、指揮官の命令ではない。

離ればなれになる姉妹が交わした、小さな約束だった。

夜の森は静かだった。

しかし、その静けさの中で、北の灯火は三つに分かれて動き始めていた。

西へ向かった者たちは、夜のうちに目的地へ辿り着いた。

そこは以前から用意されていた偽装拠点。

森を切り開いた小さな空き地に、数張りの天幕が建てられる。

「急げ。」

男たちは慣れた手つきで杭を打ち込み、荷を降ろしていく。

やがて焚き火にも火が入った。

乾いた薪だけではない。

湿った枝葉も放り込み、白い煙をゆっくりと空へ昇らせる。

鍋を吊るし、水を沸かす。

食事を作る必要はない。

匂いだけで十分だった。

周囲には荷車の轍。

何十人もの足跡。

折られた枝。

踏み固められた地面。

隠そうとはしない。

いや、あえて残す。

戦場では、情報も武器になる。

敵に何を見せ、何を信じ込ませるか。

それだけで戦況は変わる。

ローズは子供たちの先頭を歩いていた。

誰一人、松明は持たない。

灯りは月だけ。

泣き出しそうになる子供の口を母親がそっと押さえる。

老人を若者が支え、負傷者を交代で背負う。

誰も話さない。

ただ、足音だけが静かに続いていく。

ローズは何度も後ろを振り返った。

追手はいない。

それでも足は止めない。

逃げる者に必要なのは、速さではない。

見つからないことだ。

枝を折らない。

余計な火は焚かない。

川沿いを歩き、足跡を途切れさせる。

疲れても、その場へ座り込まない。

森の歩き方一つで、生き残れるかどうかは変わる。

ローズはそのことを、何度も血で学んできた。

一方、その頃。

さらに北の森では。

ターケシとフィリアは森を進んでいた。

いや。

進んでいるように見えて、その実、一歩一歩を確かめるように歩いていた。

ターケシがしゃがみ込む。

足跡へ静かに指を添えた。

「新しい。」

土はまだ湿っている。

「二十……いや、三十以上。」

フィリアが樹上から囁いた。

「右前方。」

「斥候が二人。」

ターケシは頷くだけだった。

戦わない。

見つからない。

それが今の任務だ。

追跡とは、敵を追うことではない。

敵に、自分を見つけさせないことだ。

ターケシは風向きを確かめる。

かすかに煙の匂いが流れてきた。

西だ。

「始まったか。」

陽動部隊が煙を上げた。

わざと残した焚き火。

わざと残した足跡。

わざと残した生活の痕跡。

敵に誤った情報を与えることも、立派な戦術である。

赤牙の視線は、間もなく西へ向く。

その間にローズたちは南へ離れ、ロザリアは辺境伯領へ走る。

ターケシは静かに立ち上がった。

「行くぞ。」

フィリアは音もなく枝から枝へ飛び移る。

夜の森には赤牙がいる。

だが、そのさらに後ろ。

二つの影が、音もなく赤牙を追っていた。

誰一人、その存在には気づいていない。

反撃は、もう始まっていた。

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