4、旅立ち
「ありがとう、ご令嬢 あなたの魔法のおかげで大きな畑ができました
今年は孤児院の子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられそうです
たくさんの種が必要ですから、私は教区本部と商会と領主の館に行ってきます
それでも種が足りないかもしれませんので、教会本部にお手紙を送るかもしれません 遅蒔きなら間に合いましょう
私が遅くなってもいつも通りに神にお仕えてしてくださいね 皆さん、令嬢を頼みましたよ」
「はーい、まかせて院長先生」
「あらあら商会長様、たくさんの種を用立てていただいてありがとうございます
こちらで商う分は大丈夫でしょうか」
「来週また種が入ってきますので心配はいりません
余った種ばかりで少量多種類になってしまいましたが 王女様のお役にたてるならこれ以上の喜びはございません」
「あらあら、私の名前は王女様ではなくてよ 役職なら院長と呼んでくださいな
たくさんの種類の野菜を少量ずつ育てられるほうがありがたいですわ 孤児院の子供たちは栄養不足ですからね
時期をずらして植えていきたいので、また余った種がありましたらお譲りください
よろしくお願いしますね」
「あらあら領主様、お忙しいところすみませんが、少しお時間をいただけますか
お孫さんは学園生ですよね 学園でいろいろありましたそうで」
「これは王女様、いえ修道院長でしたね いろいろとおっしゃると、かの悪役令嬢の件でしょうか
成績不正を繰り返して婚約者の王子と家族の協議によって院長先生の修道院へ送られたと聞きおよんでおります
院長先生におかれましては、ご指導お疲れ様です」
「あらあら、令嬢の実力は確かですよ 私がこの目で確かめました 令嬢の魔法は宮廷魔導士に匹敵、いえ上回る可能性が高いですわ
成績不正といいますが、どのようなお話だったのか詳しくお聞かせくださいな」
「学園在学中、不動の一位だった院長先生のお墨付きとは 話が違い過ぎますね」
「それに成績不正の糾弾者には婚約者の恋人がいたとか それは不貞ではありませんか
令嬢の婚約者といえば下の弟の孫のはず 13番目とはいえ王位継承権も持つ王族が不貞などと
たったひとりの孫だからと甘やかしてしまったのかしら」
「恐れ多くも殿下の学友である愚息からは、婚約者のいじめにも負けず性別を超えた友情を育んだと聞いたのですが…… 婚約者たる令嬢以外からは不貞という下衆の勘繰りも受けなかったと」
「あらあら領主様、婚約者を持つ王子が特定の異性と特別に仲良くしていたら、友情だと思いますかしら」
「私の目が曇っていたようです
ちょうど姪も学園に通っていますので、あらためて殿下と愚息の言動について聞いてみます
噂が間違いなら淑女の名誉を傷つけた愚息を休学させ我が騎士団にて鍛え直すことにいたします」
「私もまずは弟たちに確かめなければなりません
学園にも成績不正と教師の言動について調査をお願いしなければ
王家と学園にこのお手紙を送ってくださるかしら」
「承りました院長先生」
「あらあらご令嬢、学園と王家とご実家からお手紙が届いておりますよ」
「ありがとうございます院長先生 やけに分厚いのですが……」
「あらあら、今日の畑仕事はお休みにしてゆっくり読んでいらっしゃいな」
「院長先生、落第とされた私の成績が修正されたそうです
私の魔法を不正とした教師は無期限停職となり、父の出した退学届けも兄によって取り消されたと
殿下との婚約も殿下有責での解消となりました
それに父が引退し、兄が襲爵したそうです それで家からと、母、兄、祖父母の個人名義で寄付金を別便で送ったとのことですが本当でしょうか」
「あらあら、お手紙だけ早馬で来たのでわかりにくかったのですね
私宛の手紙には王家からの賠償金と共におうちからの荷を後便で送ると書いてありましたよ
それが二度目の寄付金でしょうね 誤解しているようですが、あなたのお兄さまとお母さまは、知らぬうちにあなたがここへ送られたと気づいて慌てて最初の寄付金と身の回りの品をまとめて送って来られたのですよ
部屋にあるお荷物を開けてごらんなさい きっとお手紙も入っているわ」
「私宛の荷物は学園から私物が送り届けられたのだと思い込んで開封していませんでした
そこに寄付金が入っていたのなら、院長先生や子供たちに苦労させずにすんだのに」
「あらあら、ちょっとした勘違いだったわね お母さま方はあなた自身の手で寄付をしたほうが、あなたの立場がよくなると思って一緒に入れたのでしょう 誰もが急転直下の事態に狼狽していたのだから仕方ないわ あなたも学園の私物は見たくもなかったでしょうしね
でも私は知っていたのだからあなたのせいではありませんよ」
「ありがとうございます すぐに荷物を開きます
その前に、あの、院長先生は殿下の大伯母君でいらっしゃいましたね」
「あらあら、姪孫の婚約者だったというのにご挨拶もしなかったわね ごめんなさい」
「こちらこそ 義理を欠いておりました 申し訳ございません」
「あらあら、姪孫が親族に紹介しなかったのだからあなたのせいではありませんよ
姪孫もあなたの祖父母のごきょうだいには挨拶していないのではなくて?
ましてや周囲から不貞をしたと思われている側が婚約破棄をつきつけたのだから、それこそ不義理な婚約者の大伯母に対して姻族への挨拶など必要ありませんよ」
「お心遣い痛み入ります」
「実は弟が孫のしでかした不貞と冤罪に怒り心頭で、孫に直接頭を下げさせるからとこちらに向かっているそうなの
学園長も停職にした教師たちを引き連れて同行しているそうだけど、残念ながらお兄さまは爵位継承手続きでお忙しいようでお母さまがいらっしゃるそうよ
後便と言いつつ、人間が大挙して押しかけてくるわね
でもあなたが会いたくなければ誰にも会わなくてもいいのですよ」
「あらあら、お母さまと一緒に帰らなくてもよろしいの?
爵位継承の雑事がなければもっと滞在したかったと残念がっていましたわ
お兄さまも戻ってきてほしいと手紙に書いてきたそうですね」
「今はまだ気持ちの整理がつかないのです
母や兄は、わたくしを守るためにここに送るよう父に進言したと言うのですが わたくしは母も兄もわたくしを信じてくれなかったのだと」
「あらあら、あなたを守るためにこの修道院が選ばれて光栄ですわ
私の姪孫など、自身が不貞まがいの行動をしておきながら、寄付金なしで誰でも入れると有名な貧しく厳しい修道院で性根を叩き直すべきと言い放ったそうですよ 弟が憤慨して大変でしたわ」
「王弟殿下に謝罪されるとは思いませんでした」
「あらあら、祖父として謝罪は当然よ 言い訳にしかならないからと弟は口にしなかったけれど、母親を早くに亡くしたのが不憫で甘やかしてしまったと後悔していたわ
あの子の狂乱で説明が中断してしまったけれど、休学させて国境警備隊で鍛え直すから首都に戻っても出会う心配はありませんよ」
「国境警備隊には貴族子弟はいないのでは」
「あらあら、恐れ多くも殿下は異性の平民と周囲から恋人と間違われるほどの友情を築ける分け隔てない方なのですよ
同性の平民がいる警備隊での活動くらい何の問題もありませんわ」
「そういわれるとそんな気がしてきました」
「自身の言動がどう見られていたのか聞かされたお相手の女性は自主退学して領地の修道院に入会したというのに、休学と警備隊入隊くらいで取り乱すとは困ったものだわ」
「あの女性が本当に殿下の恋人ではなかったことも驚きました むしろ一番驚いたかもしれません」
「あらあら、無理もないわ 婚約者をさしおいてたびたび昼食を共にしたり、個人的に貴族の礼儀作法を教えたり、誤解されて当然の言動ですよ
当人たちと取り巻き以外の皆が恋人と思っていたのですもの
それに本人たちが気付いていなかっただけで恋人同然だったのも事実でしょう」
「殿下にはせめて人目をはばかるようご忠告したつもりだったのですが、殿下が恋人でないと信じていたなら通じなかったわけですね」
「お父さまは領地でおじいさま、おばあさまに監視され、首都にはお兄さまとお母さまが待っていらっしゃるわ
教師も学園を事実上追放され、婚約者と取り巻き達は休学し、婚約者の恋人もとい異性の友人は自主退学 悪質な噂は学園長直々に訂正され、王子有責での婚約解消も公にされました
あなたが学園に戻るのに何も支障はありませんわ
それでもここにいたいならいつまでだっていてちょうだい あなたがいてくれると嬉しいわ」
「院長先生、私、ここにいたいです
そして出来る事なら、このまま国中の荒地を開墾し、貧しい地域を改善していきたいです」
「あらあら、素晴らしい志ね
でもそれはお家にいても学園を卒業してからでも出来るのではなくて?
あなたはまだ若いわ もっとたくさんのことを経験してからでもいいはずよ」
「いいえ、開墾は一年でもひと月でも早いほうがいいはずです 私の魔法ならすぐに種まきできる状態にできますもの
今飢えている人々に、遊び惚けてから3年後に助けに来るなんて言えるでしょうか」
「おお神よ、この仕事をするために私をここに遣わせたのですね
この人生最後の大仕事を必ずやり遂げてみせます
神よ……」
令嬢と共に全国の貧しい地域を開墾してまわった修道院長は、志半ばで神の元へと召されましたが、国教会によって聖女に列せられました
国を滅ぼし魔王と呼ばれるはずだった悪役令嬢は、聖女の弟子として国中の荒地を畑に変えたあと、元の修道院に戻って院長となりました
令嬢もまた死して後聖女に列せられ、史上初の師弟聖女となったのでした
めでたしめでたし
闇落ちする前に救ってこそ真の聖女