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隣で永遠の忠誠を2

 

  「このッ!クズがッ!」


  「ガフッ!」


  今日は昨日より激しい日だ。良かった、昨日より楽かもなんて考えなくて。考えていたらもっと辛かった。私は運がいい。


  「お前!見たいな!屑を!生かして!やってんだよ!」


  倒れた少女の全身を執拗に蹴り続ける。下手に守ると余計に激しくなるが、生物としての生存本能は急所を咄嗟に守ろうとする。


  「ッ!このッ!」


  「ガハッ!!」


  苦しい、痛い、今日も粗相を犯してしまうかもしれない。嫌だ…嫌だ……と、意識の飛びかけるなか必死に耐える。


  もうすぐなのだ。息が切れ始めた。顔も当初より明るい。今日のはもうすぐ終わる。


  その時、部屋の隅に置いてあった灯火が突如消えた。風が吹いたわけでも無いのに、そもそも窓は開いていない。


  「あっ?なんだい、いいところだっていうのに」


  主人は真っ暗になった空間でどこに何があるか分からないのか、手を彷徨わせる。少女はそれが毎度不思議であった。


  ()()()()()()()()()()()()というのに。


  「おい!お前!早く火をつけな!もっと殴られたくなきゃ早く!」


  「ゴホッ…は…い」


  その時、キイという木の扉が開く音がする。主人はそれが少女が出した音だと思っているが、暗闇の中が良く見える少女はその姿を見た。


  それは、見覚えのある瞳。深い憎悪を覗かせる瞳を宿した男であった。


  「………フフッ…」


  ついに来た。村の終わりが。少女は微笑む。この男はそれを成すだろう。自分も殺されるかもしれないが…それでも。


  「何を勘違いしている?()()()()()()()


  ドスッと男の手から落ちる、調理用のナイフ。身体の小さい少女が使うには少し大きく重い。しかし、何より使い慣れたそれ。


  「誰?男の声がしなかった?ねぇ!」


  主人が騒ぎ出す。移動しようとするが、部屋においてある物にぶつかり転ぶ。主人の無様な姿に笑う少女、だが打ちどころが良いようで怪我ですんだ事に少し落胆する。


  「何を残念そうな顔をしている。ほら、行ってこい」


  「……なに…を?」


  「()()。お前を虐げ続けた女だ。情などないだろ?」


  情…?あぁ、うん。ないです。殺す?あっ、そうか。これがあれば殺せるのか…。


  ナイフを持ち上げて、しかし少し躊躇する。殺す事にではない。己の内から溢れ出る激情に戸惑った為だ。このように感情が溢れる事など今まで初めてだ。


  縋るように、男を見上げる。自分で自分の感情が怖くて手が震えるのだ。奴隷生活は何処までも少女から主体性を奪っていた。ゲードはそれを見て口角を上げ、笑う。


  凶悪だ。しかし、少女に笑いかけた。()()()()()()()()()()()()。それは、はるか昔親が生きていた時の記憶以来。


  「あっ…あぁ…」


  溶けていく、強固に守っていた己の心が。溶けて、溶けて、落ちていく。幸福感など何年ぶりだ。


  涙がとめどなく溢れる。それは止められない、勝手湧き上がる水分。

 

  「やり方が分からないか?なら、教えてやる。一から全てを、お前を俺の無い……いや、()()()右腕になるまでな」


  「…あう…あ…」


  声が出ない。何を喋っていいのか分からない、少女は初めて()()()()()()


  それはなんて、甘美な…感情なんだろう。


  「ほら、ナイフはそう持つと危ないだろ?こうだ」


  ゲードは少女の手に持つナイフの持ち方を手を取って指南し、優しい言葉をかけてくれる。


  「怖いか?大丈夫だ。俺が責任を負う。俺に全部任せろ」


  その全て、優しい言葉の全てが少女にとって初めてで強固に胸に刻まれていく。頭を撫でられ、腰が砕けそうになる頃にはもう、少女の目には男しか移っていない。


  「ほら、行ってこい」


  「はい…」


  ゲードに送り出されナイフを握る手に力が入る。()主人に対する怒りや恨みはもうほとんど無い、今少女を支配しているのは優しく見守る男からどうすれば褒められるか。


  多分、苛烈なのがお好みだ。ならば。


  「早くしろッ!いつまでタラタラやっている!火をつけな!私を起こせ!もっと殴られたいのかい!」


  「うるさい…」


  叫び続ける元主人の胸を目掛けてナイフを刺しこむ。それは骨を避けて見事に肺に届いた。少女の目には骨が何処にあるか、()があった。


  「ぎゃあああッ!」


  「死ね…死ね…死ね…死ね」


  平坦な声で胸を刺し続ける。一度も骨に当てる事無く、サシュっと小気味よい音が少女の耳を打つ。元主人の悲鳴が聞こえなくなる頃、ようやく終わったかと少女は男の方を向く。それは、それは嬉しそうに。


  「どう…でしたか?」


  「素晴らしい…予想以上だ。よくやった、こっちに来い。褒めてやる」


  「ッ!?は、はい!すぐに!」


  飛び込むように全力でゲードの元へ向かう少女。頭を撫でて、甘い言葉を吐く。それにまるで違法薬物を使用しているような恍惚感に溢れる顔の少女。


  「お前…名はなんだ?」


  「名前…すみません…そのようなものは…私には」


  「ふむ…では俺がつけよう。クナイだ。お前はクナイ。確か、暗器にそのような名前の物があったからな。お前にピッタリだろう?」


  「クナイ!クナイ、私はクナイ…あぁ…あぁ…ありがとうございますッ!」


  なんという事だろう。名前までつけて頂いた。これ以上の幸福は…不味い。もう、戻れない。


  ……何処に戻るのだ?


  そこまで考えて少女の頭に主人に受けていた仕打ちの記憶が甦る。恐怖に震えた…戻りたくなどないだろう?感情だけじゃない、理性的にも、もう進むしかないのだ。戻るなど、考えなくて良いことだ。


  そして、少女クナイな盲信する。ゲードに絶対の忠誠を捧げ、そのためには何でもするだろう。文字通り、何でも。


  ―――死ねと言われたら、即座にナイフを逆手に持つ事さえ簡単に。


  「さて…俺の名だが…それは絶対の忠誠を誓わない限り教えることは無い。俺に付いてくることもな」


  「ッ!!な、何をすればいいの!何でもする!何でもするから!お願いします!教えてください」


  少女の全てはもはや目の前の男に依存していた。ゲードはそんな必死なクナイの姿を見て邪悪に笑った。

 

  「よし…なら…禁呪にされているが…奴隷刻印をお前に付ける。これでお前は俺の意思ひとつで死ぬが…それでもいいか?」


  「何でもいいです!早く…早く私に!」


  「そうか…そうか!ハッハッハッ!では、お前に刻むぞ!」


  王国では禁止されている魔術。仕組みは単純で胸の位置にある刻印が刻まれ、仕組んだ術者がそれを発動させればそこが爆発するという物。


  簡易で人を従えさせることができる悪魔の力。元々ノエルにはこれが刻まれていた。それを解く過程で身につけた技術。


  「喜べクナイ!これでお前は俺の右腕となる!」


  「はいッ!とても…幸せです」


  「では、我が名を言おう。我が名はゲード、王国を壊す者だ!」


  「ゲード…様。ゲード様。ゲード様!」


  噛み締める。主人の名を。胸に刻む、実際刻まれた刻印を愛でながら。


  「では…早速お前に命令しよう」


  「はい、何なりと」


  「この村の者を皆殺しだ。先程教えた事を忘れないように、な。殺しの練習だ。できるな?」


  「はい…では、これに腰掛けてお待ちください」


  クナイが家の奥から引っ張り出した、少し上等な椅子。


  「…ほう…?気が利くな。褒めてやる。では、行ってこい」


  「はい…ゲード様にお捧げします。私の全てを」


  闇に光る赤い瞳。その夜、クナイは悪魔に変貌した。


  ゲード様に永遠の忠誠を。変わらぬ全てを。より多くの命を吸う右腕であれ。


  ――――最凶の闇がここに生まれた。


  歴史の秒針、王国の崩壊の秒針がカチリと更に前に進んだのであった。


書いてて思って。即堕ち2コマやね。最近のチョロインでもこうはいかんぞい。

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