隣で永遠の忠誠を
王国をぶっ壊す。粉々にして跡形もなく、その地を蹂躙し、その血を浴びてやる。
「その為に………」
感覚のない身体。それでも、胸は痛み身体は酷く重い。当然だろう、動くだけで本来は激痛を伴うほどの傷を負っているのだ。絶対安静の状態、それでも動いているのは王国への猛烈な怒りがあるから。
胸からせり上がる狂気、今すぐこの子供にも負けそうな満身創痍の身体で王都へ向けて走り出したくなる衝動がゲードを襲う。それを、左手で傷口が塞がっていない右肩を強く握ることで抑える。
その時だけ、感覚の無い身体に確かな痛みが走るのだ。ノエルに斬られたそこを触る時だけ。
「俺は…愚かな民衆とは違う。獣の如き欲に忠実な者達とは違うのだ」
私利私欲で民の金を使う貴族達、鬱憤を考えなしに晴らす民衆達とは違い己には理性があるとゲードは思っていた。
「………考えろ…王国を崩す為の力を得る方法を。何が必要かを」
考える。大国である王国を本気で壊す方法を、それを理性的に順序だてて考えていくのだ。
そんなことを考える事自体、狂っている事をゲードは気がついていない。一人の人間が大国崩しを成そうとすること自体狂っているのだ、
ゲードが理性的に感情を捨てて、悪魔的な思考を進めていく。
―――それはもっとも恐ろしい狂人の姿。
理性的な狂人ほど厄介なものはいない。目をつぶり、指を彷徨わせる、そして。
「……見えた。崩壊への道が」
目を見開き、口角を凶悪なまでに上げて嗤った。
―――嗤ったのだ。
「…まずは…武力を得る」
夜の暗い森の中を徘徊する。魔獣の森では無いが、近いために危険度はかなり高い。
しかし、必要な危険だ。近くの村を見つける。何を始めるにしてもこれからだ。ここの土地柄、森の幸が豊富だ森の各地に村が点在しているはずである。しかも、農耕を中心にしているわけではないので村の人口が中央に比べ少ない。
従えるにしても、殺すにしてもやりやすく都合がいいのだ。
近くの街に行くことも考えたが、街のような大きな所はゲードの噂が広まっているだろう。それは、非常にやりにくい。
「…フッ…予想通りだな」
夜の森に光が見えた。そこに移動すると、ゲードの考え通り小規模な村が一つ。
「家が…15…かなり小規模…人数は…少なく見積もっても40人以上はいそうか」
一家に3人以上は確実にいるの考えるべきだろう。魔法がある程度使えるゲード右腕が無くとも、村人よりは強い自覚はあった。しかし、それはこれだけの人数差を覆せるものでは無い。
ゲードはあくまでも領主であり、戦闘員では無かったのだ。
「……………」
森の茂みに隠れ、村の様子を観察する事に決めた。まだ、村を攻略する道が見えない。
狂気に染まった瞳はただ村を見つめる。身動きなど一切せずに。全てを見抜こうと。見えるその時を待って。
少女の親は異国の出身で罪人であったらしい。それが少女の知っている自分の出生の全て。忌まわしい褐色の肌が、その証明。
「ねぇ!なにこれ!汚れがまだのこっているでしょう!?貴方!いくら何でも無能すぎるわ!」
「…すみません…すみません。すぐにやり直します…」
「それで許されると思ったの!全く…けがわらしい罪人の子である貴方は生かされているだけでありがたいと思いなさい?全く…クズにも程があるわ…」
「はい…すみません」
生気の無い瞳。頭を機械的に何度も下げる少女に苛立ちを覚えた高齢の女性は激昴する。怒り、いたぶり、日頃のストレスを発散しようとさらに苛烈に。
「今夜は許さないわ。貴方には口で言っても分からないものね、身体で覚えさせないと…感謝しなさい!」
強烈な張り手が栄養不足で小さく細い身体の少女の顔を打つ。倒れる少女に馬乗りになり殴る、殴る……殴り続ける。
苦しく、手で防ごうものなら更に激しく攻撃をしてくる。その顔は愉悦に歪み少女を見下ろす。
「カハッ…」
それが十分ほど続いた後、抵抗が殆ど無くなった少女が失禁する。限界を越えたのだ。
「ッチ!部屋を汚したわね!これだけ優しくしているというのに!!恩を仇で返すなんて!」
「す…み…せん…」
「臭っさいわね。けがわらしい貴方のけがわらしい水を拭くものは家には無いわ。舐めて綺麗にしなさい!!わかった?」
「ゴホッ…ゴホッッ…は…」
「返事が遅いッ!!」
倒れる少女の柔い腹を蹴り上げる。壁際まで吹き飛ばされた少女は息も出来ずに悶える苦しむ。
「ッ!?ハッ…!?」
「ったく、明日はご飯抜きね。反省しなさい」
その部屋から高齢の女性はスッキリとした表情で出ていく。
「……ママッ……パパッ…辛い…よぉ…痛い…よぉ……助けてよッ…」
少女は声を抑えて咽び泣く。地獄であった。毎日、毎日、毎日、殴られ、暴言を吐かれる。心休まる日など皆無。
「……誰か…助けてッ」
そんな届くはずもない願いを願う。毎日、毎日、毎日。
少し泣いて、そして立ち上がる。強いのではない、壊れかけているだけ。感情が溢れるのは先程の様な時。それももう最近は少ない。
村の皆が寝静まった時間帯。篝火も消えて、暗闇が外に広がる。部屋に篭った自身の醜態の臭いを外に出すために木の窓を押し上げた。
「ッ!?」
その時、何かと目が合った気がした。もう一度、その瞳を探し、そして見つけた。暗闇に光っている訳では無い、ただ少女にはわかったのだ深い増悪を秘めた瞳の場所が。
「誰か…いる?」
もしかしたら…盗賊かもしれない。この村を襲う為に観察している。だとしたら…だとしたら。
「なんて…いいこと…」
少女の夢だ。この地獄を破壊してくれる者が現れること。嗤う少女はその希望に満ち溢れた未来に夢想する。
「…………気のせいよ……」
喜びの感情が溢れたの一瞬。それは、すぐに消えてありえない未来を消す。希望は、持てば持つほど辛くなることを少女は知っていた。
なにかの魔獣か動物の瞳だろう。と、そう結論づけて掃除を始める。
少女の家からその瞳までの距離、およそ1キロ以上離れている。そして目の前すら見えない暗闇にその身体は完全に隠れている。
それに気がついた少女の異常性。それに見つめる瞳は気がついていた。
朝、痛みで眠れない少女は僅かな睡眠をとり目を覚ます。昨日見た瞳があった位置をもう一度確認するが、どうも朝は見えずらい。
「…気のせい…気のせい…」
少女は仕事を始める。朝食を作り、掃除を行い、洗濯を遠くの川辺まで移動してこなす。
朝食は不味いと熱湯をかけられ、掃除をした手前から汚され、少しでも残ったら殴られる。そして、近くで同じような洗濯をしていたほかの村人に再度暴言と暴力を受けた。
褐色の肌をしているのは自分だけだ。まだ、暴力を振るうのは良い方だと少女は思っていた。何より辛いのは少女が触ったものにけっして触れようとしない、近寄っただけでヒステリックに叫ぶ人もいるのだ。
「……いつもの事…」
暗示をかける。そう、いつもの事だ。希望を抱かず、毎日を過ごせば余計に傷つく事は無い。両親と暮らしていた幸せな時間の事など思い出せば、多分生きてはいけない。
そして、もうすぐ夜が訪れる。
主人である、あの高齢の女性はいつも少女で鬱憤を発散していた。それは今日もだろう。
「…いつもの事…」
昨日はいつもり酷かった。今日はどうだろう?考えるのは辞めた。やめなきゃ生きてられない。
「……見えた」
一切の身動きをせずに村を観察し続けたゲードが、突如口角を上げ笑った。村の攻略法、そして戦力を得る方法が見えたのだ。
「合格者は一名、後は全員皆殺しだ。実に素晴らしいな…」
呟き、夜の帳が訪れるのを待つ。崩壊の序章、地獄からの解放、それは歴史にとっても深い意味を持つ出来事。
歴史を刻む秒針は進む。カチリ、カチリ。
―――カチリ、と。
「時間だ…進めよう、復讐を成す為に」




