5:リーアの魔術講座
「ねぇハジメ」
「ん、なんだ?」
「カガクって、誰にでも使えるの?」
「は?」
その時、俺は余程の間抜け面を晒したに違いない。
鏡はないが、素っ頓狂な声がそれを示していた。
にしても、どういう意味だ?
質問の意図が読めない。
科学を使う?
俺が怪訝な顔をしているのを見て、リーアが質問を重ねてきた。
「えっと、例えばそのウデ時計っていうの、私にも使えるのかなって。一応、私にも魔力はあるしさ」
リーアが指をさす先には腕時計の入った胸ポケットがある。
腕時計を使える……魔力……あぁ、もしかしてそういう事か。
「リーア」
「うん」
「魔術というのは、誰にでも扱えるわけじゃないのか?」
「え? うん、そうだよ」
なるほど、得心がいった。
リーアは科学を『俺の世界での魔術の呼称』だと考えたんだろう。
地球では科学なんてものは使うものではない。
それは知識であり、技術だ。
この世界のように、特殊な魔力が必要というものではない。
「ふむ、科学というのは特に使い手を選ぶものではない。さっきもいったが、これは純粋な小手先の技術のみで作られたものだ。誰が使っても同じように動作する」
「へぇ、そうなんだ」
またも目をキラキラと輝かせている。
「ところで、聞きたいことが出来たんだが」
「え、なにかな?」
胸ポケットに注がれていた視線が上に動き、俺の目で止まる。
「魔術とやらが誰にでも使えない、というのは今しがた聞いたところだが」
「うん」
「それはどれくらいの割合で使えるものだ? 実は極限られた者しか使えないのか?」
森の中でリーアは、私も得意ではないけど羅針盤の魔術くらいなら使える、と言っていたから、てっきり一般的に普及しているものだと思ったのだが。
「ワリアイっていうのが何かは分からないけど、魔術自体はほとんどの人が使えるよ。多分、2人に1人くらいは使えるんじゃないかな?」
割合の概念を知らないというのに、俺の知りたい事を的確に教えてくれる。
やはりリーアは頭がいい。
「魔術についてもう少し詳しく教えてくれないか?」
「うん、いいよ。と言っても、私も簡単な魔術しか知らないから説明できるほどに理解はしてないんだけどね」
てへ、と舌を出す仕草が妙に似合う。
「構わない。俺は魔術に関しての知識は全くないからな。僅少であっても足しにはなる」
「うん、じゃあ私の知ってる範囲で教えるね」
「よろしく頼む」
「えっと、まず魔術っていうのは、遍く世界に存在する根源魔力を、個人の中に存在する生魔力を使って操作する事を言うの」
「ふむ」
なるほど分からん。
「生魔力は誰にでもあるんだけど、生魔力を体外に出せるのは樹に祝福を受けた人だけなの」
「樹に祝福?」
「うん。祝福を受けた人は生まれた時から身体の何処かに紋様があるの。こういう形のやつ」
リーアは指で空中にΨの文字を書く。見ようによっては木の形とも取れるか。
「これは完全に運次第らしくて、生まれた時に魔術の使える人使えない人が決定するの。一応、信仰の篤い人の子どもはなりやすいって言うけど、単なる噂みたいなものかな。ただ、両親が凄く強い魔力持ちだとその子どもは祝福を受けやすくなるんだって。これは確からしいよ」
「なるほど。しかし、そうなると祝福持ちとそうでない奴は差別を受けたりしないのか?」
「うーん、実は魔術を使える人は多いんだけど、力の強い人となると凄く少なくなるんだよね。私とか、ほとんどの人は小さな灯りを点けたりとか、火種を起こしたりするのが精一杯なの。でも、それって別に魔術が使えなくても出来るから微妙なんだよね。魔術って言ってもちょっと便利だなーってくらいなの」
「なるほどな。それなら確かにあまり差別はされないのか」
「うん、そういう事。私もそんなに強い魔力はないんだけど、やたらスタミナはあるみたいで、こういった灯りも普通の人は一刻も保たないの。私は限界は試したこと無いけど、三刻くらいならいけると思う」
「ほう、それは凄いな」
「えへへ、でしょ? だからウルズまでもちゃんと保つからね」
得意そうに胸を張るリーアを褒めつつ、聞いたことを咀嚼して取り込む。
つまり魔術を使うには先天的な才能が不可欠で、それの有無は見た目で分かる。魔術を使える者は多いが、実用性はさほど高くない。せいぜい、目がいいとか足が速いとか、そういうレベルの個性なんだろう。
「まぁ全部お母さんから聞いたことなんだけどね」
「ふむ、母親も祝福持ちなのか?」
「うん、そうだったよ」
「だった?」
「うん、お母さん私が小さい頃に死んじゃったから」
「……そうか、それはすまない事を聞いたな」
「ううん、いいの。もうずっと昔の事だし。今はもう割り切ってるから」
「それでも、だ。すまなかったな」
頭を下げて謝罪する。
知らない事だったとはいえ、無遠慮が過ぎた。
「もう、いいって言ってるのに」
リーアは少し申し訳無さそうに笑った。
* * * * * * * * * *
しばらく歩いて丘を1つ超えた所で、ウルズの街が見えてきた。
大きな湖のほとりに在るその街は、湖を背に扇状に構成されていた。
そして、その街にはここからでも分かるほどの異物があった。
「あれは……根か?」
湖からとてつもなく大きな木が生えて、そして扇の要部分で再び地に潜っている。
湖の遥か向こうに七界神樹が見えている為、なんとなく湖から飛び出ている木が大樹の根なのではと思ったのだ。
「うん、そうだよ。七界神樹の根っこ。ウルズは神樹信仰の厚い街でね、樹に寄り添うように生きてるんだ」
信仰か。
確かにあれ程の大樹なら信仰の対象になってもおかしくあるまい。
「私が住んでるのが、あっち側だよ」
リーアの指差す方――街の北側部分に目を向ける。
「ふむ」
次いで南、東側と見てみる。
西側は湖だから当然何もない。
「区画によってかなり差があるな」
「うん、まぁね」
何が、とは言わなかったが、リーアもさすがに承知のことらしい。
差とはつまり貧富のことだ。
東と南、とりわけ南は非常に豪奢な建物が並んでおり、その中央部には教会らしき大きな建物が鎮座している。
東は特に目立った所はないが、1つだけ目にとまる所がある。
それは北地区と東地区を隔てる大きな石造りの壁だ。
まるで北地区を締め出すように、あるいは隔離するように建てられているそれは、拒絶の意思をそのまま形に表したかのようだった。
用語説明
根源魔力:世界に満ちる大きな魔力のこと。
生魔力:体内に存在する魔力のこと。生命力と同義
紋様:祝福を受けた者の身体に浮かぶ木の形をした印のこと
祝福持ち:魔術を使える者のこと