3:七界神樹
「ところで、どうやってここから出るんだ? 方角は分かるのか?」
ないならないでコンパスくらいは確か腰のポーチに入っていたはずだが。
「うん、私も得意ではないけど羅針盤の魔術くらいなら使えるから大丈夫だよ」
「は? 今何を言った? 魔術だと?」
まさか占いで方角を見るというのか?
確かにオカルトとは言え、いくつかの占いには正確に方角を知る術があるが。
例えば占星術では星の動きを見れば高精度で方角を知ることが出来るだろう。
しかし、そんな手間の掛かる事をするくらいなら手持ちのコンパスがあれば事足りる。
「ならば俺の――」
コンパスを使うか、そう言いかけた所でリーアの手がほのかに輝いていることに気が付いた。
「光の精霊よ、我が行く先を照らし導き給え――ウルズへの道案内」
その瞬間、リーアの手を包んでいた光が輝きを増すと、光は手から離れて空中に漂い始めた。
「な、これは――」
目を疑う現象に思わず驚愕の声が出るが、リーアはさして興味もないように、当たり前のことのように平然としている。
「どうしたの?」
あまつさえ驚いている俺に対して不思議そうな目線を投げかけてきた。
「それ……それは、なんだ?」
「え、これ? これはさっきも言ったけど羅針盤の系統の魔術だよ。あ、確かに本来はただの灯の魔術だけど、ちゃんとウルズを目的地に設定したから、そんな心配しないでも大丈夫だよ」
どうやら俺の驚きを明後日の方向に勘違いしたらしい。
しかし、その勘違いは一つの事実をより強調していた。
リーアが口にした魔術というものは、特に珍しいものではないのだ。
魔術が驚きの原因だと思い当たらないほどに、普通のことなのだ。
「どうしたの? 顔真っ青だよ? もしかして体調が悪いとか?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないが……ちょっと待ってくれ」
待て。
俺はてっきり気を失っている間に見知らぬ場所に運ばれただけだと思っていたのだが、もしかしてここは地球上じゃないのか?
まさか小説や映画で見るような、ファンタジーの世界なのか?
馬鹿な。そんな馬鹿な話があってたまるか。
「ねぇ、本当に大丈夫? もし体調が悪いなら、私が先に街まで行ってお医者様呼んでこようか?」
「街……そうか、街に行こう。行けば何か分かるかもしれない」
今まで世界中を回って色々な経験をしてきた自信はあるが、こればかりは慮外の出来事だ。少なくとも自分の中で判断がつかない。
「いいの? 歩ける?」
「ああ、歩く分には問題ない。気にせずいってくれ」
リーアは不安そうな目を向けながらも、俺に背中を押されるように歩き始めた。
その後ろをついていきながら、俺は信じられない現実を整理しようと試みる。
もしかして夢なんじゃないか、そんな風にも思う。
むしろ、夢であるほうが無理がないんじゃないか。
あの最後の空を見上げながら俺はいつの間にか寝てしまい、いま夢を見てるんじゃないか。
そう思うようになってきた。
「あ、もうすぐ森を抜けるよ」
しかし、俺のその希望的観測はあっけなく打ち砕かれた。
森を抜けた先に広がるのは青々とした草原。
遠くにかすかに見える街並み。
そして、その街の向こうに見える――
雲をも突き抜ける程の大樹
「なんだ、あれは……」
夢やはたまた幻覚なんて考えを跡形もなく消し飛ばすかのような圧倒的存在感。
それがその大樹にはあった。
霞むほど遠くに見えるのに、まるで目の前にそびえ立っているかのように感じるほどの威圧感。
俺の中の全ての感覚が言っている。
あれは現実だと。
決してまやかしや紛い物ではない、本物なのだと。
そして地球上で雲を超える高さの樹など聞いたこともない。
1万メートルあると言われたらそのまま信じてしまいそうなほど高い。
そんなものがあれば見たことはなくても、必ず耳にしたことくらいはあるだろう。
「今日は天気もいいからよく見えるね、七界神樹が」
「ユグドラシル?」
「さっすがにユグドラシル知らないなんてことないでしょ? まぁさすがにこんなに近くで見られるのはウルズくらいだけどね」
「あ、あぁ」
リーアはやはり大樹に驚く様子はない。
これもこの世界に当たり前に存在しているものなのだろう。
ならば、もはや認めるしかないようだった。
ここが、異世界だという事を。