1章1話 添い遂げてやる
「ほう、勇者の小娘が一人で来たか?」
玉座の間にいる魔王は、二メートルのクロウとさほど変わらない大きさだろう。
だが、天井まで続くほど大きな玉座が、なぜか小さく見えた。
長い銀髪をそのまま流し、肘をついてつまらなそうに座っている。
「他の仲間は、逃げたか?」
嘲るように笑われ、私も小さく笑う。
「私一人で十分だから。帰した」
魔王は「ほう?」と顔をあげた。
食いついた。
会話をする余地が生まれた。
「しかし、魔王とは侘しいものだな」
でも、焦らない。
まだ、距離が離れすぎている。
足が恐怖で震えるのを隠すように大股で、魔王の元へ歩いていく。
「幹部が居なければ、このような何もない玉座の間で一人で座っているしかない。
伴侶は?」
その問いかけに魔王は愚問と言わんばかりに、鼻で笑った。
「我より弱き者を伴侶にする道理が解せぬ」
「なるほど。長寿ゆえに『世継ぎ』という発想がないか」
魔王は数百年、いや数千年生きることもあるという。
だから、討伐も厄介なのだ。
数百年という寿命の分だけ、体力も魔力も積み上げられる。
帰還させた四人がいない今、私にできることは剣や魔力を使った一対一の対決ではない。
テイムだ。
魔王のテイムが、私に残された作戦だった。
テイムは魔力量の戦いだ。そのため方法は三つある。
魔力量が圧倒的に低い魔獣に対して術式を展開してテイムする。
魔力量が均衡かそれ以上の魔獣の場合は、攻撃をして体力を削ってテイムをする。
魔力量が圧倒的に多い魔獣――いわゆる聖獣の場合、双方の合意によってテイムする。
魔王の正確な魔力量は分からない。
ただ、王国一の魔力量を誇る私ならば、ゼロ距離で魔力を最大出力にした場合、均衡した相手として魔王をテイムできる可能性がある。
そのために通常地面に描く術式を手のひらに刻んだ。
魔王の前でたらたらと術式を描くわけにはいかないからだ。
矢じりで傷つけるように刻んだので消えることはない。
刻みながら一瞬、成功した時に私の左手は一生このままか――?という懸念が浮かんだ。
もっとも、その心配は無用だった。
なぜなら、この作戦は成功しても失敗しても私の命がないからだ。
成功した場合、ゼロ距離でテイム魔法の術式内にいるため私も同時に封印されてしまう。
失敗した場合、私の魔力量はゼロになり、魔王に殺される。
一晩ではこれ以上の作戦を考えられなかった。
「そなたたち人間は、世襲というシステムを好むな」
「戦が一番起きないからな」
玉座に続く二十段ほどの階段をゆっくりと登る。
「魔族の世界は力が全てだ。実力があれば、子であろうがなかろうが王になる」
足を踏み出しているのに、階段の感触がない。
「魔王の座を巡って争いは、起きないのか?」
だが、着実に魔王との距離が近くなる。
「内紛が起きる程度の実力では、王にはなれん」
「幹部」といわれる魔族を倒した記憶が蘇る。
かなりの魔力量を持っている相手だった。
あの幹部の魔族より桁違いの魔力量をこの魔王は持っているのか――。
喉の奥が乾くのが分かった。
せめてクロウがいてくれたら、体力を削ぐことができただろう。
だが、魔族の幹部も一刀両断にできるほどの大剣使いだ。
宰相の元に帰れば、近衛兵として任用してもらえるかもしれない。
「いつか騎士になる」
それが、クロウの幼い頃からの夢だった。
「何を考えている?」
少し苛立った声に、お前を殺す算段をしていた、と答えるわけにもいかない。
言葉を飲み込む間を稼ぐために、私は口の端だけ持ち上げた。
「だから、お前は孤独なのだな――と思っただけだ」
誤魔化すために口にした言葉だった。
だが、魔王は「黙れ」と顔を歪めた。
光の加減か、少し血色がよくなった気がした。
「して、我と添い遂げるとは?」
魔王は、玉座の前に立った私にそう問いかける。
その問いに答える代わりにゆっくり微笑み、さらに数歩進めた。
魔王の青白い頬に、術式が書かれた左手を添える。
冷たい――と場違いな感想が浮かぶ。
「レガーレ」
その一言で黄色い光が足元に広がり、術式が展開する。
「魔王よ」
震える足を隠すように奥歯を噛みしめた。
「我に従え」
無数の鎖が私と魔王を包み込むようにして地面から浮かび上がる。
金色の鎖に魔獣が捕縛されるのを何百回と見てきた。
それに、自分が絡めとられる日が来るとは思わなかった。
痛みも苦しみもない。
ただ全身から魔力が抜けていくのが分かる。
薄れゆく意識の中、妙に穏やかな魔王の笑顔に自分の死を確信することになった。




