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俺が「勝さん」と呼ぶ男・・・『河西ボクシングジム』を経営する河西勝は、初対面の時から大層な好々爺だった。
土下座というリーサルウェポンを使って脅し半ば強引に入会した・・・そんな俺を邪険にすることなど一切無く、懇切丁寧に指導してくれた。
そんな恩人を、今の俺はもう1人の祖父のようにすら思っている(勿論当人には小っ恥ずかしくて言えたものではないが・・・)。
まさに自分にとって、間違いなく掛け替えのない人。
・・・しかし、そんな彼が過去の俺にした何気ない善意が、今も自身に精神的疾患として残る『金色に対する嫌悪感』を誘発してしまうことになったのであった。
その日、河西ボクシングジムには1つ喜ばしいことがあった。
先日、全国規模の大会で優勝の栄冠を手にした梅津さんという人が凱旋・・・練習合間の短い時間ではあったが、その時ジムにメンバーによって、ささやかな祝勝会が催された。
催したと行っても、背の低いテーブルに並べられているのは近場のコンビニで大量購入してきたと思われる、サラダチキンやプロテインドリンク、魚肉ソーセージやチーズ等、高タンパク低糖質に重点が置かれたものばかり・・・。
色気の欠片も無いそれらのメニューを、これまた飾りっ気の欠片も無い男達が、殆ど半裸の状態で(・・・ある意味色気だらけか?)摘まむ。
傍目からはとても祝い事だと思えない様な光景・・・。
しかしそんな中、梅津さんがようやく取り出したソレ・・・黄金色に輝く優勝トロフィーを前にした瞬間、自分以外の人達の歓喜が大きくなったのを感じた。
「「「オオオッ!!!」」」
周りから上がる歓声。
誰もが一度は欲しいと願う、日本一の証。
それが目の前にあるのだ・・・気持ちが高ぶらない方がおかしい。
「あっ・・・」
そう・・・こんな風に、まるで、何か嫌な物を見たような声を上げてしまう俺が異質だったのだ。
しかし、普段なら人の心の機微に聡い勝さんは、俺が発した声の意味を勘違いした。
「おっ!優、興味持ったか!よーし、持たせてやろう!」
勝さんはそう言い、梅津さんにことわるとトロフィーを手にこちらにやってくる。
この時点で、何か嫌な予感をひしひしと感じていた俺は・・・
「いや・・・いいです」
と遠慮するもお人よしの勝さんが・・・
「いいんだよ、遠慮すんな」
と、その歩を緩めることは無かった。
おそらく、勝さんは俺が何かに興味を持ったことが嬉しかったのだろう。
家族を無くし、祖父母に引き取られてからしばらくは、喜怒哀楽の感情が余り表に出てこない状態が続いた俺に、何か笑顔になれる切っ掛けを与えられたら良いとでも考えたのかも知れない。
駄目で元々・・・結果良ければ全て良し。
その安易な発想が・・・結果的にはこの場を惨事に変えてしまうことになった。
「ほら・・・そおっとだぞ」
半ば強制的にトロフィを持たされた俺・・・。
その瞬間・・・今まで平穏だった自身の心臓…その鼓動が、不規則なリズムを紡ぎ出す。
視界に映るのは、金色に輝く器。
奇しくもこの大会のトロフィは、まるでグラスのような形をしていた。
そう・・・俺が大切にしていた・・・あのグラスの形に!
「あぁ、あぁッ、うわあアアああっ!!!」
「今すぐコレから離れたい!」という拒絶と、「俺の恨みを晴らしたい!」という気持ち・・・それ以外にも自らが気付いていないだけで、胸の奥に沈殿していたと思われる、多種多様な感情が一気に弾けた俺。
我を忘れた自分が最初にとった行動・・・。
それは、トロフィを思いっきり床に叩き付けることだった!




