朝 ーー 食卓の風景
「おはようございます」
キッチンに出向くと、もうユータのお母さんがいて、コンロにお鍋を掛けている。
ベッコウは近くによって訊ねた「手伝うことあります?」
「ありがとう」お母さんは小首を傾げた「そうだね。シノノメちゃんも手伝いたいって言ってたから…、悪いけど、呼んできてくれる?」
「わかりました。コーラルもですか?」
「コーラルちゃんは、出来たら起こしてだって、作るより食べるほうが得意だから、って」
「…そうですか」
子どもたちは子ども部屋にいる。もともと個室を用意する予定だったが、みんないっしょに居れば良いじゃん、ということになったので、30畳ほどの大部屋に、各々ベッドだの机だのを置いて暮らすようになった。食事はリビングで食べる。最初は交代で作ろう、なんて話になったが、食事当番がよくサボるので、てんで勝手に食べるようになる。これは食育によろしくないとお母さんがかってでたわけである。
お母さんがご飯を作っていると聞いた大人も来たりするが、デン、とシリアルの入ったボウルを置かれたりと、待遇があまりよろしくない。大人は大人で食べているみたいだ。
シノノメのベッドは毛布が大きく膨らんでいる。頭まですっぽりかぶって安眠中のようだ。
「起きろー」
ベッコウが勢いよく毛布をはぐと、中からシノノメとユータが出て来た。
ーーん?
目を開けたシノノメは、軽く伸びをするとベッドから降り、昨晩脱ぎ捨てたワンピースを、すぽん、と頭から羽織った。
ーーん? んん?
「起こしてくれてありがとう」シノノメはベッコウに礼を言った。
「…あ、ども」
シノノメは立ち止まってベッコウを見つめている。
「朝ごはん作るんでしょう?」シノノメが言う「早く行かないとすることがなくなってしまいますよ。お母さんは手際が良いから」
すっ、と先にシノノメが進んで、あわてて追おうとしたベッコウだが、ユータのことを思い出した。さすがに裸じゃまずいよね、と毛布を肩までかけてあげる。
ーーまあ、シノノメとユータは幼馴染なんだし、こんなこともあるよね
シノノメを追いかけつつ、ベッコウはそんなことを考えていた。
「おみおつけに味噌落として出来上がり、…と」お母さんはシノノメとベッコウに言った「みんな呼んで、朝ごはんだよ、って」
はーい、と2人は良い返事をして子ども部屋に向かう。
「ほら、おきろー」
ベッコウが毛布を引っぺがすと素っ裸のコーラルが出てきた。
ーーコイツも、か
まあ、部屋は適温に調整されてるから、別に裸だっていいわけだが…。
「ん、何、どうした?」
「ごはんだよ。ごはん。起きろ、こら」
「うー、そうか」
そのままコーラルが、ふらふらとリビングのほうに行こうとするので、ベッコウはベッドの傍に落ちてたシャツと半ズボンを拾って投げつけた。
「服着ろ、服を〜」
ああ、はいはい、などと言いながら、起きてるんだか寝てるんだかよくわからない顔で身支度を始める。
「もっと、シャンとしなよ。いちおう全宇宙の叡智の結晶、デザイナーズチルドレンでしょうが」
えー、コーラルがウンザリ顔で言う「別にいいじゃんよぉ、ユータだって、あんなもんだぞ」
言われてベッコウはユータとシノノメのほうを見た。
「どうして左足だけ靴下が裏返しなんですか」
「え? あ、そう?」
「そうですよ。ほら」
「そう言えばそうかな」ユータはここでうっかり禁句を発してしまう「別に裏でも問題ないと思うんだけど…」
「問題おおあり。ダメなものは、ダメ」
シノノメはユータを両手でベッドに突き飛ばす。ごろんとベッドの上に転げたユータの左足から靴下を抜き取り、裏返して、あっという間に履かせてしまった。
「ボタンも一個ずつズレてるし、ほんとにもう…」
ユータは半身を起こしてベッドに腰掛けている格好だ。その前に立って、シノノメがせわしなくボタンを掛け直している。
「ありゃ、ダメだわー」
「シノノメなー」コーラルは自分でシャツのボタンを止める「手かけすぎ、普通の男なら、あんなんされたら駄目になっちゃうけど、ま、ユータなら、大丈夫だろ」
それからコーラルは辺りを見回す「アイボリーは?」
「さっき廊下ですれ違った」ベッコウが言う「コロッケ、コロッケ、て、ブツブツ言ってた」
「匂いで起きたか」コーラルは鼻をフンフンさせた「あいつコロッケ好きだからなあ」
今朝の献立はコロッケではない。ベーコンエッグにサラダとヨーグルトである。主食はご飯かトースト、好きなほうを選ぶ、子供たちのリクエストでスープではなく、みそ汁が添えられていた。
「これなあに?」みそ汁の具を指してベッコウが訊ねる。
「麩だよ。麩」コーラルが教えてあげる「ふにゃふにゃしてて、けっこう美味い。オレは好きだな」
「クルトンみたいなもの?」
「ちょっと違うな。あんなに硬くないし」
テーブルの向かいでは、アイボリーが嬉しそうに醤油をかけながら、コロッケに向かって話しかけていた。
「コロッケはいいねぇ。朝ごはんに一個、昼ごはんに一個、晩御飯に一個食べても、10年かけても一万個しかしか食べられないんだ。寂しいねぇ」
とにかく毎食コロッケを出せとアイボリーがうるさいので、お母さんが折れた。どうせ、そのうち飽きるだろうと、アイボリーにだけコロッケを一個ずつ足してある。アイボリーだけズルい、という声は、まったく上がらなかった。
毎食、コロッケ、それを1万個、いくら好きでもベッコウには何かの拷問だとしか思えなかったのである。
トッペンとコイントスは同じ皿から仲良くごはんを食べている。最初、コイントスには鳥用のペレット、トッペンは乾燥肉だったのだが、トッペンはもう少しカリカリしたのがいいというし、コイントスは味がタンパクとかで、なかなか食べなかった。いろいろ試したところ、ドライフルーツと細切れのソーセージをオートミールに合わせたものが、何故か2人の好みにバッチリあったらしく、最近仲良く一緒に食べている。
オールインワンは食卓にでんと居座っている。普通なら苦情が来そうなものだが、見た目はぬいぐるみのゾウだから、誰も何も言わない。ストロー付きのボトルから、じゅうじゅう、何か飲んでいる。
「何飲んでるんだ?」コーラルは気になったので訊いてみた。
「流動パラフィン」
「え?」
「稼働モーターを液浸サーボにしたんだ」ドヤ顔のガネーシャになったオールインワンはストローから口を外して続ける「快適だぞ。熱もこもりにくいし、なにより音が静かだ。こうやって時々、作動流体の流動パラフィンを補充するのが手間だけど、なれればたいしたことない」
ロボットがオイル飲むようなもんか、とコーラルは思ったのだが、よく考えたらそのものズバリだ。必要成分を補充してるんだから食事と言えなくもないのか、とコーラルは妙なところで感心した。
ユータは、メロゴールドが大きなグレープフルーツにかぶりつくのを見ていた。
ユータの視線に気づいたメロゴールドは、グレープフルーツを口から退けると、ユータのほうを向いてにっこり微笑んだ。
「珍しいかい? ゴリラなのになんでバナナ食べないのかな? って思った?」
メロゴールドはバナナスタンドに吊るされた大きなバナナを指して言う。
「そうじゃないけど」ユータは、メロゴールドの手にある、大きくかじり取られたグレープフルーツの歯形を見つめる「皮ごと食べて美味しいのかなあ、って」
「なるほど」メロゴールドは笑った「こいつはただのグレープフルーツじゃない。メロゴールドっていうんだ。グレープフルーツと文旦を掛け合わせて作られた。皮も美味しいんだ。好物なんだよ」
「そうか、メロゴールドが好きだから、メロゴールドなんだね」
「そういうこと」
テーブルの後片付けをし、食べ残しをかき集めてディスポーザーに入れる。食洗機にお皿を突っ込んでスイッチをオン。ここまでがユータの役割。
リビングに戻ってダイニングテーブルを拭いているアイボリーを手伝う。
「今日は何するの?」テーブルを拭きながらアイボリーが訊ねる。
「金星探査ポッドの最終調整だな」
「それ、乗れるヤツ?」
「乗れないヤツ、リモート探査用」
「降りようよ」
「やだよ、熱いし」
「それもそうだねぇ」
テーブルを拭き終わったアイボリーはハンドマフを収納ボックスに戻した。




