第13話『趣味に本気出す大人を甘く見ていた』
司祭屋敷から帰ったあとも、私はなんだか落ち着かなかった。
まるで司祭様が、まだ私たちのことを見ているような。
あのこっちを見ているようで、見ていない目。
人を相手にしていても、何か別のものを見ている目。
思い出すたび、背中に嫌な汗をかく。
怖い大人には慣れたつもりでいた。
でも司祭様の怖さはちょっと異質だ。
「アルさん。なんだか今日は顔がしょっぱいです」
「顔に味はないよコロリ」
「舐めたらたぶん塩味です。そんな顔してます」
そんなに顔に出ていたか。
むしろコロリはなぜ平然としていられるんだろうか。
昨日の今日どころか、今日の昼間の話だよ。
市場で騎士と揉めたことなんか忘れてるんじゃないのか。
「司祭様のこと考えてたんだよ。コロリも気になるでしょ」
「はい。ご飯がおいしかったです。とくにプリンが」
「……聞いた私が悪かったよ」
この町で一番偉い人の機嫌を損ねた自覚あるのかこいつは。
ないんだろうな。
そのとき、門のほうから大きな声が聞こえた。
「おーい! 修道院様、ちょいと荷を運ぶから開けとくれ!」
聞き覚えのある豪快な声だった。
私はコロリと顔を見合わせて門へと向かう。
案の定、そこにいたのは市場の女店主だった。
市場で見たときと同じ、土のついたエプロン姿。
広い肩の上に、大きな袋をドカンと担いでいる。
「よう修道院のちびども。余りもんのおすそ分けだよ」
門を開けるなり、女店主は袋を下ろした。
どすん、という音から察するに大人一人分ぐらいの重さはありそうだ。
袋の中身は野菜だった。
けど余りものにしては量が多い。
カブ、タマネギ、それに山菜まで入っている。
「まあ、なんだ。借りを作りっぱなしにするのは苦手なのさ」
「わぁー! ご親切にありがとうございます!」
「親切ってほどのもんじゃないよ。余らせて捨てるのはもったいないからね」
今朝の市場の様子からして、こんなに余るはずないのにね。
「教団は嫌いだけどね。あんたらは……ちょっとマシだ。ありがとよ」
「いえ、こちらこそ。勝手に口を挟んでごめんなさい」
「なぁに言ってんだい。ガキが大人の顔色うかがうんじゃないよ」
女店主はそう言うと、すこし口元をゆるめた。
彼女なりのお礼ってやつなのだろう。
それから、女店主は私たちの顔をまじまじと見る。
「それにしても、あんたらよく無事だったね。司祭様に連れていかれたときはヒヤヒヤしたよ」
「やっぱりそう思われてたんだ」
「そりゃあそうさね。町の連中はみんな、あいつの前じゃ口を閉じる。賢いやりかたさ」
町の人たちの反応でそれは薄々気づいていた。
だけど私はじつのところ。
司祭様の誘いを断る意味を、まだよくわかってない。
「あの司祭様って、そんなに怖いんですか?」
「うーん、怖いというか……」
女店主は口ごもる。
そして周囲に人がいないことを確認すると。
私たちにだけ聞かせるように言った。
「“厄介”なんだよ」
女店主は少し考えてから、言葉を選ぶように続ける。
「去年、中央から赴任してきた若い司祭でね。領主としては、まあ、悪くないんだ。教団がろくでもないことに変わりはないけど、少なくとも余計な面倒は起こさない」
「余計な面倒?」
「ああ。町が飢えすぎりゃ暴動になるし、治安が荒れりゃ自分の仕事が増える。だから、最低限は回す。良くもしないが、壊しもしないのさ」
それは市場での立ち回りから察するとおりか。
興味はないけど放置もしない。
プルーシィ司祭は、自分の仕事が増えることを嫌ってる感じだった。
「なら、そこまで悪い人ってわけじゃあ……」
「違うよ」
女店主はぴしゃりと言った。
「“魔法のことだけは別”さ。ありゃあ趣味なんてもんじゃない。執着さね」
私は息をのんだ。
コロリも、今度はちゃんと黙って聞いている。
「民が飢えようが笑おうが、司祭は大して興味がない。教会の仕事もそれほど熱心じゃない。だけど魔法の匂いがしたときだけは、別人みたいになる」
「別人?」
「目の色が変わるのさ。騎士も市民も平気で振り回すし、いちど目をつけたらとことん食らいついてくる。町じゃ有名さ。あの司祭に魔法の話は振るな、ってね」
そんなにやばい人だったのかあの司祭。
なんかぞわっとした。
だから魔法の痕跡をさぐるため、修道院に騎士を派遣した。
いまでも魔法を探知するためだけに、騎士を駐留させている。
そして魔法の効かない孤児に執着して、勧誘した。
なんとなく話が繋がってきた。
「あたしゃてっきり、アンタらがあのまま屋敷で飼われるんじゃないかって思ってたさね」
「あー、えーと、それはこいつが……」
「お断りしちゃいました!」
コロリがいい笑顔で答える。
それを見て女店主はじぶんのおでこに手を当てた。
「あちゃー……」
穏やかじゃない反応するじゃん。
頼むから私をこれ以上不安にさせないでほしい。
「まあ、気をつけな……厄介な大人は怖いよ」
それだけ言うと、女店主はぐるりと腕を回して去っていった。
なんか気の毒なものを見る目してたな。
私も割れたお皿とか見るとき、あんな顔する。
「……アルさん」
「わかるよコロリ。面倒なことになっちゃったね」
「はい。この野菜の袋、とても私たちだけでは運べません」
「そっちかあ」
その日の夕食は具だくさんのスープだった。
他の孤児たちやシスターは盛り上がっていたが。
私はというと、あんまり味がしなかった。
明日いきなり騎士がやってきて。
コロリに難癖をつけ、司祭屋敷へ連れ去ってしまうのではないか。
そんな嫌な未来ばかり考えてしまう。
「アルさん。顔がまたしょっぱくなってます。また司祭様のこと考えてますね」
「よくわかったね。あのさ……コロリはどうしてそう平気な顔していられるの?」
「なるようにしかなりませんから」
達観してるなあ。
たしかに気を揉んだところで。
子供の私たちがどうこうできる話ではないけれども。
「少なくとも、司祭様は私の気持ちを尊重してくださいましたから」
「それはそうだけどさ」
でなければ、今ここにいない。
権力者なら無理やり従わせるぐらいはしてきそうなものだけど。
それをしないってのは。
コロリにそれほど執着してないってことなのかな。
うん。きっとそうなんだろう。
司祭様も、このまま忘れてくれればいい。
うんうん。
……無理あるな。
「……コロリみたいに楽観しようとしたけど、ちょっと真似できないかも」
「どうして真似しようとするんです?」
「だってそりゃあ……そのほうがラクそうだし」
コロリはにこりと笑って私のしょっぱい顔を覗き込む。
「そうですね。アルさんが色々考えてくれるので、私はラクです。いつもお世話になってます」
こいつめ。
「でもアルさんが無理して私と同じことをしても、きっとラクにはなれません。悲観的で猜疑心が強くて心配性なのが、アルさんの自然体だからです」
「ひねくれ者で悪かったね」
「ひとつの物事をそれぞれが違うふうに捉えて。みんな別の答えを見つけ出すのが人間ですから」
コロリの言葉はたまに難解だ。
みんなコロリみたいに能天気に生きられたほうが楽しいと思うんだけどな。
「私は、アルさんのしょっぱい顔、好きです。私と違うから」
「調子のいいこと言って騙そうとしてない?」
「また疑ってます? 酷いですねえ、本心なのに」
「……嘘つけ」
なんか煙にまかれた気分だ。
けれどまあ、少しは軽くなった気がする。
私もしょっぱいなりに、楽観的に生きたほうがいいな。うん。
胃も痛いし。
…………。
翌日。
私の楽観はもろくも砕け散った。
なんなら砕けた破片がまた私の胃にぶっ刺さった。
「やあ、キミたち昨日ぶりだね。ボクだよ」
プルーシィ司祭はたくさんの騎士を連れて、修道院へとやってきた。
昨日と変わらない、あの狂気的な目とうすら寒い笑みを浮かべて。
「あの……司祭様、本日はどういったご用向きで……?」
修道長が額にだらだら汗を流しながら、司祭様に尋ねる。
いきなり町の最高権力者が、大所帯で赴いてきたら、そりゃあ怖い。
ただこの人の場合。
地下に隠した騎士様の石像の件に怯えているのかもしれないけど。
いやその件は私も怖いけど。
「安心してよ。用ってほどのことでもないからさ」
司祭様はコロリをじっと見つめると。
じつに穏やかな口調で言った。
「ちょっとこの修道院を、解体しようと思ってね」
よくない想定はたくさんしていたつもりだ。
だけど私の悲観なんてぜんぜん足りなかった。
私は。
趣味に本気出す大人を甘く見ていた。




